クィーンエリザベス・極東へ 中国包囲超える視点を

英国の最新鋭空母「クイーンエリザベス」がヘリコプターから艦上に降り立ったエリザベス女王の激励を受けて5月22日に英ポーツマスを出港し、インド洋、太平洋に向けた7カ月の遠征に旅立った。空母は18機の最新鋭戦闘機F35Bを搭載し、打撃群には英国の水上機艦や潜水艦のほか、米海軍の駆逐艦やオランダのフリゲート艦も加わる。南シナ海や東シナ海ではフランスの駆逐艦なども加わる。英国政府は派遣の目的についてインド太平洋地域や国際秩序への脅威に立ち向かう我々の意思を示す」(ベン・ウォーレス国防相)と中国との対決を示唆し、メディアも「海洋進出など覇権主義を強める中国をけん制する狙いがある」などと異口同音に中国封じを挙げている。だがこのコメントや報道はあまりに一面的、表層的である。米英両国が共同して日本をハンドルしていこうとする視点は不可欠である。

拡大NATOVS中露主導SCO

この動きは、英国海軍の砲艦が中国に向かい、イギリス、フランス、オランダ、米国といった欧米列強と称された帝国主義国が東アジアを相次いで植民地化した19世紀へと時計の針を逆転したような感覚を人々に与えかねない。確かに、欧州連合(EU)を離脱した英国は「グローバル・ブリテン」を掲げ、衰退する米国の一国覇権を支えようとしている。フランス、オランダ、そしてドイツもグローバルNATO、つまり米国の主導する北大西洋条約機構(NATO)の地球規模への拡大に協調している。

米欧・NATOが非大西洋地域へと軍事力をシフトするのは、西太平洋、東アジア地域が中国を先頭に世界経済をけん引し、上海協力機構(SCO)を手始めに中露主導の新らたな国際秩序が形成されているためだ。

SCOは今日、インド、パキスタンの加盟により正規加盟国9カ国、オブザーバー3カ国、対話パートナー国9カ国を数える。そのカバー面積はユーラシア大陸の6割、加盟国の総人口は30億人を超えて世界人口の半分近くを占め、GDPベースでの経済規模は世界全体の2割を超える。

言葉を換えれば、SCOはかつての第三世界の結集体であり、アフリカ諸国や反米志向の強い中南米諸国の多くはSCOがNATOに対抗する勢力として発展するのを期待しているようだ。

■「エリザベス」主演の大戦劇

むき出しの富の簒奪と搾取をほしいままにした19世紀型帝国主義の時代はとっくに去った。再興は不可能である。ただ米国は第二次大戦後のパクスアメリカーナそのものであるブレトンウッズ体制(IMF、世銀体制)に象徴される、自らの手で築いた国際秩序を手放す気はさらさらない。先の大戦の敗戦から76年経て今や不動のEUの盟主となったドイツに加え、英、仏を中核とする西欧諸国が米国とともに切り拓いた近代世界とその民主主義、人権の尊重、法の支配、自由市場といった政治経済理念に基づく国際秩序を維持すると主張するのが今日の西側の建前である。

上記SCOの拡大・発展やユーラシア大陸のみならずアフリカ、南アメリカ大陸へと伸長する中国主導の経済協力圏構想「一帯一路」は習近平政権の唱える「中華民族の偉大な復興」という中国の大国化宣言と重なっている。この動きを米欧諸国はいわゆる西欧近代が築き上げた「普遍的価値」や国際秩序への挑戦とみなし、バイデン米大統領は対中冷戦を「民主主義と専制主義との闘い」と宣言した。一方、表に出すことは稀だが、中国共産党は1955年バンドン会議の精神を継承して、アジア・アフリカ・南米の第三世界を米欧の新らたな帝国主義による暴虐と搾取から解放し、ともに発展したいと志向しているのは疑いの余地がない。

今年後半の西太平洋は中国軍を仮想敵とした多国間戦闘訓練の「絢爛豪華な劇場」と化す。これに対抗し、中国が空前の規模で軍事演習を同一地域で繰り返し行うのは必至。メディアは「一触即発の危機」と煽り立てよう。世界史的な視座でみれば、東京五輪などまったく比較にならない今年のビッグイベントとなる。世界の耳目を集める戦争劇の主演は「クイーンエリザベス」だ。

太平洋版NATOと日本

日本の立場もかわった。19世紀半ばの幕末に来航したペリーの黒船によって決定的になった攘夷の矛先が向かうのは欧米列強から共産中国へと変わった。日本の保守政権は尖閣諸島の領有を主張し、南シナ海を事実上領有、台湾を併合して西太平洋、南太平洋への海洋進出を加速しようとする中国を夷(い)とみなし、これを米国主導の同盟国グループとともに追い攘(はら)おうとする動きの先頭に立たされつつある。

明らかなのは「攘夷連合の先頭に立つよう強いられ、『盟主』としておだてられている」ことだ。なぜ日本政府が受動的であるかをきちんと見定めなければならない。これがもう一つの視点とつながる。

かつての欧米列強に後押しされて中国に矛を向ける東アジアの国は日本だけである。アジア諸国の日本への視線は総じて冷たい。韓国も東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国も日本の動きに背を向けている。安倍、菅両政権はワシントンに促されASEANの説得に努めているもののかえって反感すら生んでいる。

こんな中、今日の日本では戦前期の1920~30年代に政界、論壇の一部で論議され有力者が動いたアジア主義を再考する動きはほとんどみられない。だが正面から中国と対峙することの危うさを多くの人が肌で感じ、不安に駆られていると思える。

実際のところ、米日豪印・4カ国連携(クアッド)の主力はアングロサクソン支配の米国と豪州なのだ。米豪両政府は「太平洋版NATOの盟主は日本」「台湾有事は日本有事」と日本を追い込んでいる。そのためバイデンは菅を対面首脳会談の一番手に選んだが、思い通りにことは運ばず、菅はメンツを潰された。日本の支配層は大勢として政財官ともに困惑している。シンガポールのリー・シェンロン首相らと同様、「『安保か、経済か』『米国か、中国か』と二者択一を迫るな」と叫びたいのが本音であろう。

■依然脅威の日本を封じる

「失われた30年」に日本の国力は衰退した。30年前には一人当たりGDPが先進国クラブ・OECD加盟国のトップクラスだったのが今日では最下位レベルにまで転落したのがその決定的な証である。未曽有の財政赤字を抱えるポストコロナの日本経済の先行きは限りなく闇に覆われている。その日本に対し、防衛費を2倍以上にし、軍備を大幅拡大するよう求める米・NATOの思惑はどこにあるのか。

「クイーンエリザベス」派遣で西太平洋で起きる19世紀的軍事現象とその劇場化は中国にのみ向けられたものではない。100年前には米欧の軍事的脅威として台頭し対米戦争の敗戦で灰燼に帰した日本。戦後30年も経ると奇跡の経済成長で主要先進国(G7)に加わり、今度は経済力で米欧の重大な脅威となった。その経済戦争における敗戦がバブル経済崩壊と「失われた30年」である。

日本の政・官・財・報はいずれも戦前日本の清算と戦後日本の民主化が不徹底にされたのを最も深刻な根本問題として顧みようとしない。戦勝国グループは第一次安倍政権で噴出した戦前日本の美化、アジア侵略と東京裁判の否定、戦前回帰への情念への警戒の紐を緩めていない。

■餌食となる日本

さらに重要なのは経済的な蜜を吸おうと虎視眈々としていることだ。

英国は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)参入を手始めに成長のアジア太平洋に経済権益を求めようとしているのだ。バブル経済崩壊以来30年余りの米国への度重なる「朝貢」によって衰退した日本の経済は脱中国が進行すればさらに力が弱まるのは明々白々。東芝が英系投資ファンドに買収提案されたように、高度な技術を持ちながら経営破たんに追い込まれる日本企業は米英ハゲタカの格好の餌食となる。

「100年ぶりに日英同盟が復活し、ようやく日本は、戦後長期間にわたり続いてきた米国のくびきから解放され、戦略的自立へと進むことになる」などと耳に心地の良い言葉で米英支配層の代弁を行う輩がいる。実態は逆だ。新日英同盟でくびきは二重になる。

日本人のアングロサクソンコンプレックスを逆手に取って、米英で日本を二重に縛るのが狙いである。敗戦の軛はさらに強固となり、東アジアで孤立するこの国は以前にもまして彼らの意のままに調教されよう。それはGHQによる対日占領政策・戦後レジュームの最終的完成となる。

現状のまま米、英、仏、独、蘭といった戦勝国グループにおだてられ、日本が「太平洋版NATOの盟主」に祭り上げられてしまえば、遅からず御輿の上から転がり落ちて、財政・金融・経済力はさらに衰退、雇用をはじめとする社会不安が著しく増大しよう。それは一層の社会の右傾化と偏頗なナショナリズムの高揚を促し、取り返しのつかない事態を招く恐れがある。