バイデン米大統領は4月28日に米上下両院合同会議で就任後初の施政方針演説を行った。この中で、「中国との衝突は望まない」、「紛争を始めるのではなく防ぐ」と述べ、中国との覇権争いでの武力不行使を繰り返し強調した。一方、4月16日の日米首脳会談後の記者会見で菅義偉首相は「日米同盟の抑止力、対処力を強化する必要がある。防衛力強化への決意を(大統領に)述べた」と語った。中国にとって最大の核心的利益である台湾問題を巡って日米関係は軋んでいる。台湾は米中軍事衝突の火薬庫。米国は中台緊張と尖閣諸島を巡る日中領有権紛争を東シナ海の問題として一括して扱うよう日本を強いている。つまり、「中国にとって尖閣諸島は台湾の一部。台湾有事は日本有事となる」。したがって「日本は抑止力、防衛力を強化し、尖閣を台湾と一体化して中国を封じ込めよ。米同盟国グループの主力として働け」。中国との衝突を決して望まない米政権はこう日本をハンドルしているようだ。日米安保条約5条の尖閣適用、「日本の安全を鉄壁で守る」とのバイデン発言はリップサービスではないのか。米国は最重視する台湾に隣接する沖縄諸島や奄美本島にすでに自衛隊駐屯とミサイル配備を行わせ日本・沖縄を米国に代わる台湾防衛の盾に仕上げている。
■米台は事実上国交を回復
施政方針演説における外交政策でバイデン米大統領は「中国の習近平国家主席との電話会談で『紛争を始めるのではなく防ぐために、インド太平洋で強力な軍事プレゼンスを維持する』と伝えた」と明らかにした。さらに、米中の覇権争いにおいて「競争は歓迎するが衝突は望まない。(習氏に対し)米国の利益はあまねく守ると表明した」と語った。
このように米政府の至上命題は中国との軍事衝突回避である。ところが一方で、台湾を「中華民国」と呼び始め、事実上「1つの中国」合意を捨てて、米国の対中政策は時計の針を逆転させ1979年の米中国交正常化・米台国交断絶前に戻しつつある。意図的な対中挑発だ。
現にバイデン大統領は2021年1月20日の就任式に台湾の実質的な駐米大使・簫美琴を米台国交断絶以来初めて招待して中国を激怒させた。さらに菅首相訪米に合わせるタイミングで台湾にドッド元上院議員やアーミテージ元国務副長官ら非公式の代表3人を派遣して、台湾の蔡英文総統と会談させた。
台湾、尖閣への軍事圧力を強める中国は、当然にも、米政府の動きに「火遊びはするな」と猛烈に反発。ロイター通信によると、これに対し、米政府当局者は「バイデン氏と個人的に親しく、台湾の長年の友人である3人は、台湾とその民主主義に対する米国の関与を示す重要なサインだ」と述べたという。
バイデン氏の言葉をもじれば、「台湾は専制主義と闘う民主主義体制の要塞」であり、バイデン政権が台湾を支えるのは当然の流れとなる。
■米は緊張高め自衛隊を配置
台湾問題を巡り米中関係は断絶寸前にある。「軍事衝突は望まない」と言いながら、米政権は米中間の軍事的緊張を意図的に高めているように見える。
地図をみても、台湾本島、台湾海峡にある台湾領の金門島、馬祖列島、そして沖縄県の尖閣諸島、与那国島、尖閣諸島、石垣島、宮古島は一体視しても何ら違和感はない。与那国島は日中が領有権を争う直線距離では尖閣諸島より近い。
日本政府は尖閣問題の棚上げ合意を破棄し、この10年ほどで中国との関係を決定的に悪化させた。そして与那国、石垣、宮古、奄美群島に陸上自衛隊を駐屯させ、中国本土に向けた地対空ミサイルや地対艦ミサイルなどを配置、有事に備えて臨戦態勢を敷いている。これに米軍は直接関与していない。この一連の動きはワシントンからの指示とみる他ない。「台湾有事は日本有事」は着々と仕立て上げられてきたのだ。
■翻弄される日本政府
米インド太平洋軍のデービッドソン司令官は4月9日の上院公聴会で、インド太平洋での米国および同盟諸国と中国の軍事バランスは中国有利に急激に変化しており、「中国が一方的な現状変更を目指すリスクが高まっている」と強く警告。米国防総省は、中国軍が有事に際して米軍の作戦行動を阻害することを狙った接近阻止・領域拒否(A2/AD)戦略について、2025年には西太平洋のほぼ全域に拡大すると予想している。
同省はまた、日本やグアムなどに前方展開する米軍の戦闘機部隊の機数について、現行の約250機から増加が見込めない一方、中国は現在の約1250機を25年には最新鋭の第5世代約150機を含めた約1950機に拡充させ、米軍を圧倒すると指摘した。
【写真】2020年12月に台湾海峡を北から南に向かって通過する中国初の国産空母「山東」 中国は現在空母を3隻保有
このような背景の下、菅首相は日米首脳会談後の共同記者会見で「(厳しさを増す東アジアの安全保障環境に関し)「日米同盟の抑止力、対処力を強化する必要がある。防衛力強化への決意を(大統領に)述べた」と語ったのだ。実態は日本は米国の代行をすべく追い込まれている。当然、米国は日本に大量の「最新鋭兵器」を購入させることになる。
ここ10年ほど、尖閣列島周辺で中国の海警局と背後に控える人民解放軍と一触即発の危機を思わせる対峙を続けているのは日本の海上保安庁と背後でにらみを利かせる自衛隊である。報道を見る限り、台湾海峡も東シナ海もともに危機的な緊張状態が続く。今や日本の菅政権は米政府の思うつぼに嵌り、翻弄されている。
■「台湾有事は日本有事」
日本には明らかに米政権の意向に沿って動いている有力な表組織が幾つかあり、米国の意向をあからさまに代弁する多数の論者がいる。
代表的なものの1つは複数の元自衛隊幹部が親米右派の論客として有力経済紙傘下の保守系ネットメディアに登場。中には、「中国の脅威にさらされ、国が存亡の危機にある今、社会保障とか緊縮財政などと言っている場合ではない。防衛費を大幅に増加せよ」とエキセントリックに叫ぶ輩さえ出て来た。
この”過激な”OBは自衛隊の某方面隊総監を最後に退職、今は日本最大の軍需企業の顧問を務める。戦後民主主義と憲法9条が形骸化する中、このような幹部自衛官がモンスターとなってきた自衛隊から続々と生み出されている。彼らが軍事専門家を装い日本の世論を確実に引っ張り始めて久しい。
この国家主義的色彩の濃い右派メディアは米国、日本、台湾が一体となることで初めて日米同盟は双務的となるとして例えば次のように主張する。
「日本や台湾が中国の太平洋進出を止めているから、米国は安心していられる。
日本や台湾が中国に占拠されてその勢力圏内に入ってしまえば、中国軍は、北太平洋のど真ん中にあるハワイ、それを越えて、東太平洋、米国西海岸沖を自由に遊弋することになるであろう。
これまで、日米は、中国軍を南西諸島と中国本土の中間線よりも中国側に抑え込んでいるが、もし米国が要塞の役割を果たしている日本や台湾を守らなかったら、中国を東シナ海の範囲に抑え込めず、中国の脅威は自国の近くまで迫ってくるということだ。
つまり、グローバルな観点で領域を守るための中心的な本城と多数の支城と考えると、米国は本城であり、日本や台湾は最前線の支城(要塞)である。
本城と支城の関係となる米国・日本・台湾は運命共同体といってよい。」
【図解】2007年5月に訪中した米太平洋軍のキーティング司令官(当時)は翌年米議会で「中国海軍高官から『冗談だが』と前置きされて、『ハワイから西の太平洋は中国が管理するのはどうか』と尋ねられた」と証言した。
櫻井よしこ氏が理事長を務め、日本会議と一体の日本基本問題研究所は「台湾有事は日本有事だ」をテーマに4月の月例会を開いた。櫻井氏は会合をこう総括している。
「バイデン米大統領と菅首相との対面での日米首脳会談が行われ、共同声明で台湾のことが明記され、あるいは、米国の元政府高官が台湾を訪問し、中国共産党が過激な反応を示す様は、『台湾海峡波高し』と言っても過言ではない。
実際、台湾周辺での中国戦闘機による挑発的な演習は活発化し、同時に、尖閣諸島への執着は、海警法の改正にも見られ、三戦を駆使して外堀を埋めようとしている。現実味が増す台湾有事と我が国の防衛とが一衣帯水であるという観点は、今まさに議論すべきテーマだろう。
今回のパネリストは、蔡明耀台北駐日経済文化代表処副代表、鈴木馨祐・前外務副大臣、太田文雄・国基研企画委員兼評議員という論客を揃え、櫻井よしこ理事長司会で進行した。
まず、櫻井理事長から、一党独裁の中国の野心が表れている現状、わが国は何をすべきか、それぞれのパネリストからの所見を促した。
最初に、蔡明耀副代表が「新冷戦時代におかれた台湾の対応」と題するプレゼン資料を投影しつつ台湾の現状を説明した。特に、現在の台湾の若者の多くが親日的で、各分野での日台の交流の深化に期待を寄せた。
鈴木衆議院議員は、台湾西端の金門島からは2キロという距離にあるのが中国で、少し前までは台湾侵攻は先だと思われていたのだが、今では現実の問題として考えなければならないと危機感を表明した。さらに、太田企画委員から軍事的側面の将来予測に基づき、地政学的に重要拠点である台湾を守ることは、わが国の生命線である旨の発表があった。
その後、フロアーの国基研役員を務める有識者から意見と質問があり、最後に櫻井理事長は、わが国には「台湾有事は日本有事だ」という気概が必要だと締めくくった。」
米政権とその背後に控える金融、軍需、IT産業を主体とする巨大資本で構成する米支配層及びディープステイトは日本の代理人たちを介してあからさまに「台湾を守るのは日本だ」と圧力を掛けている。
ここ10年、防衛白書などで「中国の脅威」とともに繰り返され使われる「厳しさを増す東アジアの安全保障環境」という決まり文句。米政権の台湾との国交回復の動きは「東アジアの安全保障環境」を決定的に破壊した。それは意図的になされた。この付けは日本が払えというのがバイデン政権の魂胆である。
「尖閣をはじめ日本の防衛義務をアメリカに押し付け、台湾有事を傍観しようとするのは不公平」。長年使い古した安保ただ乗り論で日本政府を追い詰め、「台湾有事は日本有事と覚悟せよ」と恫喝している。
歴代政権が「両岸(中台)問題はあくまで話し合いにより平和的に解決されことを期待する」と主張してきた日本政府は土俵際に追い詰められた。
続編は虚構と言える「厳しさを増す東アジアの安全保障環境」の内実を点検する。
注:「日米関係さらに歪める‟日本最重視” 菅訪米に際して1」、「日本は「暗闇の30年」に突入も 菅訪米に際して2」、「ハンバーガー午餐が示すバイデンの不遜 軋む日米関係」、「ワクチン追加供給は米国の思惑次第 対中姿勢強化迫られる日韓」などの前掲記事を参照されたい。