「中国にウクライナ停戦関与求める」との米発言は策略か 「ロシアの侵略容認」との中国批判を誘導

本ブログは4月8日付で「『ウクライナ戦争の終結加速に中国の関与求める』?マクロン訪中前の米仏電話会談の真相は」を掲載した。その結論部分で、「『戦争終結加速のため中国の関与を求める立場でフランスと米国は一致した』と仏大統領府に明かされたバイデン米大統領のその後の沈黙は何を意味するのか。米政権内の意見対立とネオコンの強硬姿勢が圧倒していることを示唆しただけではないのか」と推察した。その後の動きを観察した結果、「中国の関与を求める」との米政府の発言は中国をウクライナ戦争の停戦仲介に本格的に動かせて、「中国はロシアのウクライナ占領=国際法違反を是認する侵略国家」と糾弾。台湾有事、尖閣、南シナ海紛争を巡る中国の脅威を一層煽るためだった、との結論に達した。

5月26日に米ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)が、5月16日から10日間ウクライナ、ポーランド、フランス、ドイツ、ロシアの5か国と欧州連合(EU)本部を歴訪した中国の李輝ウクライナ問題特別代表が、「ウクライナの領土をロシアが占領した状態での停戦を各国に提案した」と報じた。さらに「中国はウクライナの停戦を促すことで、西側世界を分断しようと努めている。欧州当局は、北京が公正な仲介者となる能力に疑問を呈し、その提案を拒否した」と伝えた。中国政府は「ウクライナ外相が他国の当事者と連絡を取った結果、捏造されたものと判明した」と記事内容を全面否定したが、中国特使が5カ国に提案した和平提案の内容は明らかにしていない。

【写真】ウクライナはクレバ外相が出席して中国側と協議した(2023年5月17日、キーウ)

しかし、日本のメディアをみても、「中国は、欧州に対してウクライナ戦争はプーチン大統領が昨年2月24日、ロシア軍を侵攻させたことから始まったという事実を完全に無視し、ウクライナにロシアの占領領土を容認せよと求めているのだ。本末転倒だ。駐モスクワ中国大使を務めたことがある李輝特別代表が提示した和平案はロシア軍の侵略を容認する内容だ。」(中国の和平案は「ウクライナ領土分割」 | アゴラ 言論プラットフォーム (agora-web.jp))のようなWSJ記事を丸呑みし、中国に停戦・和平仲介の資格なしとの対中攻撃が始まった。

「ウクライナ戦争はプーチン大統領が昨年2月24日、ロシア軍を侵攻させたことから始まった」との上記主張は米英が仕掛けた罠にまったく留意していない。西側メディアが「ロシアが占領した」と報じているウクライナ東部2州の事実上の独立を住民投票で決定することで合意した2015年ミンスク合意のウクライナ政府による不履行がロシアの軍事行動を誘引したともいえる。ウクライナ紛争は少なくとも2014年の親ロシアのヤヌコビッチ政権を転覆し、親米のポロシエンコ政権を樹立した米国主導のクーデターにまで遡って考察しないと全体像は見えてこない。

中国政府が「欧米の主張に味方するのではなく、国際法に基づいてロシアとウクライナの和平交渉を推進している」と強調しているのは、国連安保理決議を経て国際法となっていたミンスク合意を改めて履行するようウクライナ政府に求めたに過ぎない。ゼレンスキー政権の合意不履行を踏まえ、ロシアは2014年に独立を宣言したドネツク、ルガンスク2州を2022年2月の侵攻直前に独立共和国として承認、2つの共和国との集団自衛権の発動としてウクライナへの軍事行動に踏み切った。その後、2つの共和国は住民投票を経てロシアに併合された。中国はこの事態を黙認している。注:関連記事を末尾に掲載する

フランスとドイツは2度のミンスク合意を仲介しており、表には出さないが中国のスタンスを頭ごなしには批判しなかったはずだ。実際、欧州5カ国を歴訪した中国代表団の交渉結果について環球時報は「フランスやドイツなど主要なヨーロッパの大国は自主外交を維持しようとした。これと異なりEUは、バイデン政権からの厳しい管理の下で欧州地域の利益を無視しながら米国と連携する」と伝えた。

2023年2月、中国はウクライナ戦争終結のための12項目の和平案を提案したが、米国は明確に反対した。しかし、4月になると、ワシントンの態度は変わった。ブリンケン米国務長官はメディアの取材に対し「我々は中国の和平提案を歓迎する」と述べた。この延長線上にマクロン訪中直前に仏大統領府が発表した「マクロン大統領はバイデン米大統領と電話協議し、ウクライナでの戦争終結加速に向けて中国の関与を求める立場で一致した」との声明がある。

この信じがたい米政府の「態度豹変」には裏があった。「停戦案でウクライナにロシアの占領領土を容認せよと求めている」中国は東アジアでも法とルールを無視した力による現状変更を必ず強化するとのキャンペーンに利用できる。今後の注目点は、WSJが恣意的に報じた「ウクライナ停戦案」を引き合いにした台湾や尖閣問題を巡る米国の中国攻撃となる。WSJのモスクワ駐在記者がスパイ容疑で逮捕された事件を巡る米政府の「ロシア当局のでっち上げ」との冤罪主張にも疑問符がつく。

米ニューズウィーク日本語版は最新号で「中国は「停戦仲介」で、ウクライナに領土放棄を迫っていた─ロシアに撤退を求めない停戦案は「仲介」ではなく「ロシアの手先」だ」との記事を掲載。コメント欄には「中国も台湾を侵略して混乱させ、占領地域を中国に残す形で停戦にもっていきたい、というのが本音」、「中国は武力で台湾を統一したいと思っているだろうし、それに有利な前例を作りたいという下心がみえみえ」など台湾絡みでの中国批判が相次いでいる。

 

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