ウクライナ危機に際会、3月28日からワシントンで開催を予定していた米国と東南アジア諸国連合(ASEAN)との特別首脳会合が延期された。「延期」は米政府の言い分で、実際は「キャンセル」である。2020年3月、トランプ前政権もASEAN との特別サミットをシカゴで開催しようとしたが、これも中止となった。前回のキャンセルはコロナ禍を理由に言い逃れた。連続キャンセルとなった今回は言い逃れが難しく、米国の東南アジア諸国への影響力の低下が白日の下にさらされた。日本の岸田首相は3月24日にベルギー・ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部で開かれたG7緊急サミットの直前に今年のASEAN議長国カンボジアを訪問、バイデン米政権のメッセンジャーとして米国での特別首脳会合開催を促したが空振りに終わった。他方、中国・ASEANの包括的戦略的パートナーシップの始動に伴いインドネシア、タイ、フィリピン、ミャンマーのASEAN4カ国外相が3月31日から4月3日にかけ相次ぎ北京を訪れた。
■幻と化した米覇権の誇示
ロシアのウクライナ侵攻後、米政府はASEAN首脳をワシントンに結集して特別会合を開催すると発表した。ウクライナ危機に乗じてロシアのプーチン体制の転覆を図ると同時に、長年の懸案である中国包囲網へとASEANを取り込むことはバイデン政権の最重要課題の一つである。ASEAN加盟10カ国の内、インドネシア、フィリピン、ブルネイといった島嶼国のみならずインドシナ半島の加盟国を出来るだけ多く米国サイドに取り込み「日本を長」とみたてたアジア版NATOを結成するのがワシントンのアジア太平洋軍事政策の目玉とされてきた。
ASEAN諸国はウクライナ危機を受けてのロシア批判に消極的である。ロシアとの連携を強める中国のASEAN総貿易額に占める割合はここ10年で倍増して2020年には約2割を占めた。中国がASEAN最大の経済パートナーとなる一方で、年々減少する米国のそれは1割を下回ってしまった。ASEANはロシア、中国の主導する「ユーラシア連合」となった上海協力機構(SCO)にもオブザーバーとして参加しており、近隣の中露との絆の強化に尽力している。
なによりASEAN自体が2020年の世界貿易総額に占めるシェアを日本の約2.1倍の8.1%とした。EU(29.4%)には及ばないものの、中国(12.4%)や米国(10.7%)に比肩する勢いだ。経済統合を進めるASEANはかつての先進国からの援助や投資に過剰に依存する途上地域から脱しつつある。(注:貿易関連データはJETRO)
こんな中、親米だったシンガポールのリー・シェンロン首相が「米国か中国かの二者択一を迫るな」と路線の転換を打ち出し、ASEAN各国を代表する形で自立を宣言した。米政府が試みたASEAN10カ国首脳を一人残らずワシントンに呼びつけて内外に米国覇権の揺るぎなさを見せつけることはもはや夢、幻と化したのだ。
【写真】バイデン米大統領は3月29日、ホワイトハウスで「インド太平洋の未来に向けて、ASEANを中核に据えることを確約する」とASEANの重要性を強調した。ASEAN10カ国の全首脳を一堂に会させて共同記者会見するはずだったが、横にいたのはシンガポールのリー・シェンロン首相だけ。かつて親米の旗を高く掲げたシンガポールは米国をなだめるかのように唯一対ロシア制裁に踏み切った。バイデンの渋い表情が際立つ。AP
■日本に失望して「ASEAN+インド」
ASEAN加盟国にはベトナム、ラオス、カンボジアをはじめ東西冷戦時代に分断されたり、悲惨な内戦に苦しんだ歴史がある。バイデン政権が中露をにらんで「専制主義を選ぶのか民主主義を選ぶのか」と迫っても今や笛吹けども踊らずである。中国に近い議長国のカンボジアは訪問した岸田首相の米ASEANサミット・ワシントン会合実現の呼び掛けに「体調の優れない首脳もいて全員参加は不能」(フン・セン首相)と木で鼻を括る返答で一蹴されている。非同盟運動のリーダーであるマレーシア、親中露路線へと外交政策を大転換したフィリピンは米国とメッセンジャー役の日本の呼び掛けには一顧だにしなかったはずだ。
アジアの大国インドも米欧日首脳らとの会談や声明などでは対ロシア批判に決して踏み込まない。冷戦時代以来貫く非同盟主義をおいそれと放棄するはずがない。日米豪印の枠組み「Quad」(クアッド)は3月3日にオンライン首脳会談を実施、バイデン米大統領がインドのモディ首相に「足並みをそろえ対ロ非難を」と呼びかけても決して動かなかった。ましてや3月19日にインド入りしてモディ首相と会談した岸田首相、3月31日に訪印したエリザベス・トラス英外相の呼び掛けには微動だにしなかったはずだ。
インドは2000年代初期、マレーシアに学ぶ「新ルックイースト」構想を打ち出しASEANに接近した。その20年前の1980年代に日本に学ぼうと「ルックイースト」政策を打ち出したマハティール首相率いたマレーシアはその後米国に追随するばかりの日本に失望し、今はASEAN+インドで「非同盟・自立のアジア」を目指している。隣接し米国を凌ぎつつある経済大国・中国との深まるばかりの経済連携がそれに拍車を掛けている。
■アジア軽視を再考せよ
日本からの政府開発援助(ODA)や大型民間投資を頼みとしてきたASEAN諸国は今や日本を冷ややかに見つめている。日本の民衆もメディアも総じて「韓国は蔑視、中国、北朝鮮、ロシアは敵視、ベトナム、フィリピン、インドネシアなど東南アジア諸国には無関心」という風潮に飲み込まれ続けてきた。
明治期に続き、1945年8月の第二次大戦敗戦以降、アジア軽視、西欧重視、米国絶対視はイデオロギーと化した。否、信仰と化したとさえ言える。このような日本の社会風潮はそれから利益を得る米英によって生み出された面もある。幕末・明治維新以来、先の大戦期を例外として、「寄らば大樹」としてきた米英アングロサクソン同盟への偏った傾きを是正すべき時期に際会している。ウクライナ危機とASEANの自立はそれを黙示しているのではないか。