「米国のための国葬」浮き彫り ダレスの呪い、安倍偉人化で日本を縛る 10月1日差替

圧倒的な反対の声を遮り、9月27日に安倍元首相の国葬儀が強行された。主要国(G7)の首脳が一人も参列しなかったが、それは大きな問題ではなかった。ハリス副大統領率いる米代表団12人にそろい踏みする形で、インドのモディ首相とオーストラリアのアルバニージー首相が参列した。日米豪印がそろい踏みし、安倍晋三元首相は4カ国で構成する安全保障協力枠組・クワッドを生んだインド太平洋構想を提唱した偉人として称えられた。言い出しっぺの日本は国葬儀での弔問外交を通じて中国封じ込め、台湾防衛の先頭に立つと改めて誓約させられた。米国は安倍国葬を「偉人の弔い」と見せかけながら日本を縛りつけたのである。この国葬儀は米国の、米国による、米国のためのイベントであったことが浮き彫りになった。

■「偉大な」の連発

ワシントンの言い分は米高官筋の「(国葬をめぐる)日本の内政にはコメントするつもりはない。安倍氏は米国の偉大な友人、日本の偉大な指導者」との発言に集約されている。インドのモディ首相は岸田首相に「安倍氏は日印関係では偉大な人物」と伝え、岸田は「(安倍の提唱した)「自由で開かれたインド太平洋」構想を受け継ぐ」と誓った。アルバニージー豪首相は「『クアッド』の対話も安倍氏のリーダーシップなくして開始できなかった」と持ち上げ、「インド太平洋構想」の実現に向けた日本との連携を確認した。

国葬儀での弔辞で岸田は「インドの国会に立ったあなたは、『二つの海の交わり』を説いて、『インド太平洋』という概念を、初めて打ち出した。」「さらに考えを深め、『自由で開かれたインド太平洋』という枠組みへと育てた。 米国との関係を格段に強化し、インド、オーストラリアとの連携を充実させて『クアッド』の枠組みを作った。」と述べたうえで、「あなたが敷いた土台のうえに、日本を、地域を、世界をつくっていく」と誓った。この宣誓はそのまま受け取れるものでない。それは「土台を敷いた米国が、そのうえに、日本を、地域を、世界をつくっていく」と言い換えて初めて現実味を帯びる。

■アジアで孤立する日本

本ブログは一貫して「インド太平洋構想はワシントンがお膳立てし、日本を中国封じの尖兵として操り利用するもの」とみてその危険性を訴えてきた。韓国、東南アジア諸国連合(ASEAN)は米国の圧力に屈せず、インド太平洋構想やクワッドとは一線を画している。中国牽制色を帯びたインド太平洋ではないとする独自の「インド太平洋」構想を打ち出したASEANは米国に追随するばかりの日本への失望を深めている。

モディ首相は2021年末にインドを訪問したプーチン露大統領との首脳会談で、インドが海軍基地をロシアの艦艇の燃料補給や補修に利用させる協定締結へ向けた協議開始で合意するなど両国は軍事・エネルギー面での関係を強化した。インドは、日米豪との枠組み「クアッド」に参加したものの、ロシアとはソ連時代からの深い軍事関係を維持しており、この動きは「クアッド」の空洞化を意味する。

日本は足元のアジアで完全に孤立している。岸田は弔辞で「たくさんの国、多くの人々を包摂するインド太平洋構想」と述べた。だがこの構想は「たくさんの国、多くの人々」どころか「極めて限られた数の国」で構成されているにすぎない。

北大西洋条約機構(NATO)加盟の欧州主要国フランス、ドイツまでが海軍のみならず陸軍、空軍を西太平洋に派遣して日米豪プラス英という「限られた数」を補っている。2022年9月20日には1週間後に迫る安倍国葬を見計らったかのようにドイツ空軍の戦闘機ユーロファイター3機が初めて日本に飛来、トップのゲアハルツ総監が自ら操縦して茨城・百里基地に降りたった。9月28日には自衛隊のF2と共同訓練した。ドイツは8月以降、インド太平洋地域に戦闘機を派遣し豪、米と訓練中だった。

■ダレスの呪いに縛られて

ワシントンは世界をリードする米英エリートクラブの重要な一員として迎えられているとの幻想を日本人に抱かせてこれを利用してきた。これは明治維新以降の近代日本の宿命である。安倍国葬は日本人の米英アングロサクソン同盟への屈折した想いに付け込んだ一大イベントであった。日米安保条約締結後の日本はダレスの呪いに縛られている。今回の国葬を機にその呪縛は一層強固となった。

【写真】1953年1月に就任したアイゼンハワー大統領(当時)とホワイトハウスで話し合うダレス国務長官(同)。

 

ダレスの呪いとは1951年サンフランシスコ講和条約・日米安保条約締結に国務省顧問として暗躍した後に国務長官となるジョン・フォスター・ダレスの以下のあからさまな言葉だ。改めて引用する。

共産主義国に対抗している、エリート・アングロサクソン・クラブのアメリカやイギリスなどの西側陣営に入るという憧れを満たすことを利用して、西側陣営に対する忠誠心を繋ぎ止めさせるべきだ。日本人を信頼し切れないジレンマは日本を再軍備させ、自分たち西側陣営に組み入れ、日米安保条約を通じて永続的に日本をアメリカに軍事従属させることで解決した」

閣僚経験なしに自民党幹事長、内閣官房長官へと前例のない抜擢の末に2006年に戦後最年少の52歳で内閣総理大臣となった安倍晋三。その教育係の一人に外務官僚上りの故岡崎久彦がいる。岡崎の安倍に対する遺訓は「アングロサクソン(米英)には決して逆らうな」であった。対日司令塔でジャパンハンドラーの巣窟である米国際戦略研究所(CSIS)と深く繋がった岡崎らの後ろ盾なくして「米国にとっての偉人安倍晋三」は生まれなかった。

■英国の「褒め殺し」

安倍が首相を退陣して間もない2020年11月末。安倍応援団の一角日本の産経新聞は「安倍前首相が英国の有力シンクタンク『ポリシー・エクスチェンジ』のまとめた「自由で開かれたインド太平洋に関する報告書寄稿し『英国の加入を歓迎したい』と訴えた」と伝えている。

同紙によれば、カナダのハーパー元首相を座長に、オーストラリアのダウナー元外相、英国のファロン元国防相、ニュージーランドのマッカリー元外相、鶴岡公二前駐英大使ら各国の有識者が参加した委員会で議論して英政府に提言したとされる報告書は日本の安倍前首相をこう称えた。

「インド・太平洋構想を提唱した父親的存在で、日英関係を歴史的に進展させた安倍氏の支持は英政府に究極の説得力を持ち、国際社会へ影響力を発揮する」

この安倍賛辞は、褒め殺しであることが間もなく判明する。英国の加入を歓迎する究極の説得力を持つ「偉大な安倍提言」はコケにされた。

日本の準軍事同盟国となった英国は1956年のスエズ動乱以来初めてインド太平洋へと海軍力を展開し始めた。2021年5月に最新鋭空母「クイーンエリザベス」がインド太平洋へと赴き、日本や米国、豪州、インド、東アジア諸国との二国間、多国間合同軍事演習を展開したことはその象徴となった。

ところが英政府は米豪日印の4カ国枠組み・クワッドをスルーし、2021年9月に米英豪アングロサクソン3カ国による三カ国間安全保障連携・AUKUSを創設した。日本政府関係者は「青天の霹靂」と絶句したという。この時期、日本は英国から「米英豪にカナダとニュージーランドを加えたアングロサクソン諜報同盟・ファイブアイズへ日本を加入させることも検討している」とささやかれ有頂天になった挙句、これも足蹴にされている。

■すぐにはがれる化けの皮

【写真】2007年1月。安倍は日本の首相として初めて北大西洋条約機構(NATO)本部を訪問。自由と民主主義という価値観を共有するグローバルパートナーとして連携を強化すると演説した。これが日本が日豪、日印の安保共同宣言締結、インド太平洋構想提唱、クワッドへと続く米国の世界戦略のコマとして動く嚆矢となった。

 

冷戦終結後に唯一の超大国となった米国の単独覇権戦略を念頭に置けば、「安倍氏が提唱したインド太平洋構想」という化けの皮はすぐにはがれる。

中国、ロシアを封じ込めるためにユーラシア大陸を東側、南側から包囲する「アジア版NATO」の構築を目指した米ネオコンは2007年3月に日豪両国に安保共同宣言を締結させた。当時、ワシントンは米国を自転車の軸(ハブ)、同盟国との2国間相互防衛条約・安保条約をスポークとみる「ハブ・アンド・スポークス」型の安保体制を脱却し、より広範な米国の同盟国間同士の安保協力を推進させようと動いた。日豪安保協力はその第一弾だった。

2008年には日本にインドと安保協力を宣言させた。したがって、「米国は2007年8月、翌年の日印安保共同宣言締結を見据え、安倍にインド議会での演説でインド太平洋構想のひな型を提唱させた」と見るのが自然である。日本が米国の意向を踏まえず自発的に安保・防衛戦略構想を提唱することなど万に一つもあり得ない。ただし、「中国を東から囲む形で隣接するASEAN諸国はアジアの主要国日本の首相が提唱したことにすればこの動きについてくる」との米国の思惑は外れてしまった。クワッドへのインドの参加も形だけである。

■敗戦の軛をどう解くのか

米英の戦後対日政策の核心が「日本を再び脅威としない」にあることは改めて強調するまでもない。「信頼できない日本を米国に永久に軍事従属させて縛り続けよ」とのダレスの遺した呪文は最も露骨にそれを示したものだ。それは「日本を自立させず利用し尽くせ」とも換言可能だ

敗戦から77年。日本は自立し対等にアジア諸国と連携する道を阻まれ、いつまでアングロサクソンにすがりつき続けるのか。このままでは戦後蓄積した富はアングロサクソンに食い尽くされ国力は衰退するばかりである。中国の対日不信は日米安保体制だけでなく、皇国日本という明治体制の未精算にある。後者は韓国の日本への不信と嫌悪の根源をなしている。

安倍国葬の深部をもっと掘り下げて、敗戦の軛からの解放を真剣に模索すべきである。