日本列島は不気味な沈黙に覆われている。岸田文雄政権による権力乱用に対する抵抗権行使を巡る日本人の無力さ、アパシーがさらけ出されている。「明日のウクライナ」を脅し文句に敵基地攻撃能力保有、防衛費倍増という軍事大転換が決定される中、激増する光熱費を筆頭に40年ぶりの7000品目を超える食料品値上げラッシュで深刻なインフレに襲われる2023年の日本。大幅賃上げは望めず可処分所得は伸びない。それでもここでは民衆による大規模なデモやストライキの発生は皆無。一方、西欧各国ではウクライナ戦争に伴うエネルギー価格高騰をはじめ急激なインフレや年金改革などに怒りと抗議を表明する150万ー200万人規模の大規模な市民デモやストが頻発している。日本では2022年12月に市民団体が主催した国会周辺での軍拡反対デモは800人(主催者発表)、共産党系のデモは1100人(同)という散々な状況だ。近年では例外的に最多で10万人(同)に達したとされる2015年新安保法制反対デモの一過性とその後の日本社会の翼賛化の進行が浮き彫りになっている。
<参考記事:2022年5月掲載論考「選挙権、労働基本権…民主主義かなぐり捨てる日本 米管理下の新翼賛体制」>
■抵抗権への信念の差
ウクライナ戦争を停戦へと向かわせるには、政府間交渉だけでは足りない。その背中を押す、欧州連合(EU)加盟国とほぼ重なる北大西洋条約機構(NATO)加盟国政府の戦争加担への市民による抗議、停戦・和平要求活動が不可欠だ。市民団体、労働組合はもとより戦争の理不尽さに怒りの声を上げる個々の市民の自由な連帯と政治参加が各国政府の政策決定に少なからぬ影響を与えている。
フランスを例にとる。ドイツ左翼党をモデルに2016年2月に結党され、フランス左翼再編の中核として存在感を増す政党「不服従のフランス」。2022年大統領選に立候補した党首メランションは第一回投票で全体の22%の票を獲得し3位に食い込んだ。メランションの選対本部長を務めたマニュエル・ボンパール欧州議会議員は選挙期間中に次のようなSNSを発信した。
「フランス国民の大半がプーチンがウクライナ戦争の責任者だと考える一方、NATOにも責任があると考えている人が68%いる。特に、『不服従のフランス』党に近い人たちでは82%、緑の党支持者では78%、社会党支持者では66%がそのように考えている」。
実際、メランション候補は大統領選で北大西洋条約機構(NATO)からの離脱を訴えて、現職のマクロンとの対立軸を鮮明にした。元々、フランスには米英主導で大陸欧州を管理しようとするNATOを忌避する志向があり、周知のようにドゴール政権時代の1966年にNATOの軍事部門から脱退し、完全復帰したのは2009年である。また1960年代に二度にわたって英国の欧州共同体(EC)加盟を拒否したことにフランスの米英アングロサクソン同盟に対する強い不信、警戒感が示されていた。
【写真】「不服従のフランス」を率いるジャン=リュック・メランション。メディアの中には同党を極左、左翼ポピュリスト扱いする向きも多い。だが欧州各国の左派政党による国際組織として2004年に結成された欧州左翼党をリードし、EUの政治動向に大きな影響を与える可能性がある。
マクロン大統領は2022年12月、仏テレビ局のインタビューで「ロシアがウクライナ戦争終結に向けた協議に合意した場合、西側諸国はロシアの安全保障の必要性を考慮すべき」「欧州は将来の安全保障構造を準備し、ロシアが交渉のテーブルに戻る際、どのように保証を与えるかを考える必要がある」とコメントした。ウクライナやバルト三国などは猛反発している。
欧州連合(EU)結成の中核である独仏両国は東西冷戦終結後、長期的視野で米国抜きのロシアを含めた全欧州安全保障体制の構築を志向している。1月7日掲載論考「ロシア巡る独米の攻防 全欧安保体制とブレジンスキー構想」で詳述した。これを踏まえれば上記マクロン発言の真意が理解できる。2014年・15年の独仏仲介による二度のロシア・ウクライナ合意(ミンスク協定)の背景も同様だ。
2022年5月掲載論考「選挙権、労働基本権…民主主義かなぐり捨てる日本 米管理下の新翼賛体制」で論じたように政権与党・自民党と一体化するナショナルセンター労組「連合」の支配により、賃上げ要求ストが消滅。日本では本来の労働運動は事実上消滅した。同時に連合の徹底した共産党排除で小党分立し弱体化した野党間の選挙での共闘、候補者一本化が不可能になり自民党の永続支配を後押ししている。
フランスには主流とされるナショナルセンター労組が5つあり、最古の「労働総同盟(CGT)」は1895年の結成以来、職能別全国組織として存続している。2015年OECD統計によると、フランスの労組組織率は7.7%にすぎず日本の17.7%よりも低い。しかし、企業別組合である日本の労働協約適用率は16%であるのに対し、産業別組合のフランスは92%である。産業別組合は組織率に関係なく労働条件の取り決めである労働協約が大半の労働者をカバーする。ドイツも組織率は日本並みだが、労働協約適用率は60%を超えている。
産別組合加入組合員は労働者保護のために産業資本・経営者(経団連や中小企業総同盟など)と渡り合い、そこで勝ち取った労働条件は大半の労働者に恩恵を与える。したがって、労組のデモやストライキの呼びかけに多くの労働者が応える。労組と市民団体との共闘も力強い。ストライキ権を放棄して久しい日本の連合の主流をなす自動車総連、電機連合、UAゼンセンなど六産別傘下の日本のトップ企業御用組合とは対極的な差がある。
■立ち上がる欧州市民
フランスでは年明けの1月19日、マクロン政権の打ち出した年金改革案に抗議する大規模なデモが発生した。CGT(労働総同盟)の発表によると、全国約200カ所で150万人以上が抗議デモにくり出し、一斉に約200万人がストライキをおこなった抗議の波は首都パリで近年最大規模の40万人超に膨れあがり、政府による年金改革案の撤回を求めた。21日には若者グループもこれに参加し、法案の撤回を目指し行動を続けるとしている。CGTなど8つのナショナルセンター労組は、1月31日にさらに大規模なデモやストの決行した。
フランスでは2018年5月にオンラインで開始され、燃料課税に反対して2018年11月17日に街頭に出て、毎週土曜日に行なわれている「黄色いベスト」運動が注目される。第二次大戦以降、フランスで起きた最も長い期間にわたるデモ活動となっており、2019年には年金改革法案に反対し47日間の長期ストに踏み切ったフランス国鉄・パリ交通公団と共闘している。
フランスの主要労働組合は、組合員を代表するだけでなく、全産業部門の労働者を代表する。そのため共通の利益のためには、産業や職場の違いをこえて共同行動を形作るという歴史的な特徴がある。今回の反政府運動も産業労働者だけでなく、国家公務員、地方公務員、医療従事者、ソーシャルワーカー、小売業者、教師、学生、農民など幅広い分野でストや抗議行動が起きており、国民運動となっている。
主要産別労組は要旨次のような声明を出した。
「私たちは毎日、マクロン大統領および使用者団体、特にフランス経団連の反社会的政策による影響を受けている。
インフレ率は2023年初頭に7%超にのぼり、食料価格は現在12%以上にまで高騰。一方、賃金、年金、最低社会保障は低迷している。雇用主から賃上げを引き出すために、闘い、衝突し、ストライキをしなければならない。
政府はさらに、65歳定年制の導入、年金受給に必要な勤続年数の延長、いわゆる「特別」制度の廃止を目論んでいる。私たちは、大多数のフランス国民や労働者と同様にそれに反対する。生涯をかけて懸命に働いた後、健康的に休息する権利は、労働運動とその組織の社会的成果だ。
社会運動団体、労組、政党が、長期にわたって団結して大規模な運動をおこなうことだけが、この不当な制度改悪を打ち破り、新しい道を開くことができる。60歳定年制、社会保障の再制定、最低賃金・給与・年金・社会保障の引き上げ、家賃引き下げ、生活必需品の価格凍結、生態系の保護、交通・医療・教育への投資、超過利潤への課税、若者の自治権の保証、すべての失業者に対する有効かつ高度な失業保険への権利を構築することが必要だ。」
英国でも2月1日、10万人の学校教師をはじめ様々な部門の公務員が結集し50万人規模のストライキが行われた。学校のほぼ半数が休校となった。デモ参加者が官庁街を埋め、大英博物館もスタッフのストライキで休館となった。
ウクライナ戦争の始まった2022年から英国各地で、年率二ケタとなる物価高騰に見舞われ、大幅賃上げを求めたストライキやピケが相次いでいる。地下鉄などの交通機関、郵便局、港湾、ゴミ収集などの現業公務員、病院や大学の若手スタッフが立ち上がった。22年12月半ばには公営医療機関の看護師たちの初の大規模ストライキが実施された。
ドイツではウクライナ戦争勃発を受け各地で2022年3月13日、全国で13万人規模の反戦デモが行われた。対ロシア経済制裁参加に伴う、ロシアからの天然ガス供給停止を端緒に始まった物価高騰に対しても各職場、各地でデモ、ストが相次いでいる。今年3月17日にはドイツの主要7空港の地上職員らが労働条件の改善を求め24時間のストライキを決行している。
西欧諸国の市民には「労働者である自分たちの生活を守るためには詰まるところストライキしかない」という民主主義・抵抗権と労働基本権に対する断固たる信念が根付いている。
■「永遠の服従」という日本病
日本は世界的に見ても非常にストライキの少ない国となってしまっている。2021年のストライキ件数は前年よりも2件少ないわずか55件。しかもニュースになったのはほんのわずかだ。
2022年3月に北海道の牧場で働くベトナム人労働者40人がストライキを行った。7000円だった寮の水道光熱費を会社が倍以上の15000円に引き上げたことがきっかけで起こった労働争議である。ストライキの結果、会社側は解雇された労働者を復職させたという。
同年12月には東海大学の非常勤講師3人が雇い止めに反対してストライキに突入した。非常勤講師の一人は18年間勤務しており有期雇用から無期雇用への契約変更を求める権利が生じていたが、学校側はそれを認めず雇い止めを断行した。ストは無視され雇止めは撤回されなかった。
ILO統計では、2010年から2019年まで世界で約4万4000件のストが起きた。近年の国別ストライキ件数をみると、日本は31件(2013年)。主な国別ではブラジル873件(2012年)、韓国134件(2018年)、ドイツ1526件(2018年)、オーストラリア256件(2018年)、フランス128件(2010年―2019年の年平均)など。
【写真:戦後の代表的な労働争議となった1960年三池争議】
日本の厚生労働省統計で戦後の労働争議件数の年次推移をみると、1946年から1959年までは700~800件で推移。1960年以降1000件を超えてピークは1974年の5127件。以降1981年に1000件を割り、年ごとに減少し、2001年は89件と二けたに落ち込み、最近は50件を割り込んでいる。1960年代から70年代には恒例となっていた春闘の交通ゼネストなどは忘れ去られた感がある。
日本人の労働基本権放棄の背景については「2022年5月掲載論考「選挙権、労働基本権…民主主義かなぐり捨てる日本 米管理下の新翼賛体制」でこう書いた。
- 「戦後復興、高度経済成長と1980年代にピークを迎えた日本の経済力は1990年代に始まり2000年以降顕著となる衰退過程に入った。長期経済衰退という新たな敗戦によって総力体制は権利はく奪への総動員にかわった。選挙権、団結権、スト権の放棄、既成メディアの権力者への忖度と委縮に絡む表現の自由の抑制と放棄、 集会デモへの無関心ー。民主主義の諸権利はないがしろにされてしまった。政治や社会への批判と怒りは抑制され、集団的うつ病が発症、社会全体に蔓延している。
- そこには1986年労働者派遣法を嚆矢に、日本社会党の解体につながる、国鉄、電電公社、専売公社をはじめとする公営企業民営化とこれに並行した労働戦線統一という名の「連合」の誕生、裁量労働制導入、非正規労働の増大、労組組織率低下とストライキの激減といった新自由主義政策の導入結果があり、新たな翼賛体制を下準備した。中曽根内閣(1982-1987)の唱えた「戦後政治の総決算」とは復古型保守主義への回帰と米国発新自由主義の導入というアマルガム(混合物)によって自社二大政党制のいわゆる1955年体制の解体を図るものであった。」
- また2021年11月掲載論考「日米安保破棄と対米自立を再び争点に(その1) 近代日本第三期考2」で戦後政治の総決算の名の下、戦後民主主義の解体過程についてこう記した。
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「ソ連崩壊を受け、アメリカは「もう一つの敵として封じ込めるべき」日本の独特な経済システムの破壊に乗り出す。狙いは野口悠紀雄・一橋大名誉教授らが1990年代に唱えた1940年戦時総力体制を受け継ぐ日本型経営システムの解体だった。終身雇用、年功序列、企業内組合、官僚主導で各業界を丸ごと保護する護送船団方式、膨大な下請け系列企業を傘下に収め収奪し圧倒的な価格競争力を獲得した巨大企業、6大企業集団を頂点とする、メインバンクを核とした企業集団の存在等によって構成される日本型システムである。
戦時総力体制論に加え、数多の過労死を招来した企業戦士マインドに象徴されるように戦後の日本企業の従業員にとって会社は仕える家であったことを強調せねばならない。彼らの姿は「家=会社に一身を捧げる家臣」を彷彿させた。生産性でみれば非効率極まりない、この集団主義的な、「うちの会社」をあたかも主君・藩主とみなすかのような疑似封建システムは米欧をはじめ戦勝国にとって異様、異質であり、再び脅威となった。日本社会は十分に個々人の自由な生き方を尊重する開かれたシステムとは程遠かった。これが敗戦から40年を経た1980年代日本の「戦後民主主義の実態」だったのである。
「民主主義を守り、国民の知る権利に応え、権力の監視を使命とする」と謳った日本の大手メディア企業と「うちの社」意識に凝り固まったのその記者たちもまた企業戦士であった。彼らのメンタリティーの芯は上記日本型システムのエートスそのものだった。「夜討ち朝駆け」に代表され、私生活犠牲を尊ぶ「常在戦場」との妄想にとりつかれたワーカホリック患者こそ彼らの実像であった。
こんな中、1980年代の派遣労働法成立を嚆矢とする非正規派遣労働者の大量創出による日本的雇用慣行の破壊を進め、官公労を中心とする労働組合勢力を国鉄、電電公社などの民営化で弱体化し、労働戦線統一の名の下、日本の保守政権を事実上支える「連合」を結成させて日本の反米抵抗勢力を一掃、解体して行った。」
- 数百年のスパンでみると、日本の歴史における第二次大戦敗戦から1970年代まで30年あまり続いた九条憲法下の不戦の誓いと反戦平和運動の高揚期は戦前の1910年代から20年代にかけての「大正デモクラシー」という短期のささやかな民本主義、自由主義的風潮と似たものだったとされるかもしれない。1930年代以降は治安維持法が猛威を振るい軍部ファシズムの時代が台頭した。憲法9条を完全に骨抜きにし米国管理下の軍事大国となった2020年代の日本には民主主義の自発的放棄と中国、ロシア、北朝鮮と対峙する準戦時の時代が待ち受けている。
- 戦前の近代天皇制への絶対服従の後に待っていたのは戦争国家アメリカへの絶対隷属であった。日本人は「永遠の服従」の下に生きていくのであろうか。