ハンバーガー午餐が示すバイデン、菅の不協和 台湾巡り軋む日米

4月16日にワシントンで開かれた日米首脳会談。日本、米国、そして中国で会談や共同声明を巡る論評が溢れている。日米のメディアの論調には180度評価を異にするものもあり、当事者以外はよほどのリテラシーを持ち合わせてないかぎり真相は読み取れない。こんな中、バイデン米政権の菅政権に対する不快感をはっきりとに示したものがある。それは1対1の会談を昼食を兼ねて行い、テーブルの上には菅義偉氏の口には明らかに大きすぎるハンバーガーが「口をつけるな」とばかりに1つ置かれたことだ。さらに前回の首相訪米では、外交儀礼上当然のことではあるが、トランプ前大統領はホワイトハウスに到着した安倍前首相を玄関で出迎えた。だがバイデンはそれも拒んだ。この露骨すぎる非礼と冷遇は日米首脳会談の事前協議が不調に終わった証拠であろう。菅政権が中国最大の核心的利益である台湾問題で習政権への配慮姿勢を崩さなかったため、バイデン政権は首脳会談でかつてない不遜で傲慢な態度に出たようだ。

■菅首相への徹底冷遇

極東から遠路はるばるやってきた一国の首脳との昼食に日本人にはお握りに相当するハンバーガーを供することがどれほど非礼な処遇か。よほどのことがなければあり得ないことだ。就任後初の対面方式での今回の首脳会談を「日本最重視」の証であるかのように持ち上げておきながら、いざホワイトハウス入りしたら手のひらを返すような振る舞いに及んだ。

いくらコロナ禍只中とはいえ、両首脳ともワクチンは2回摂取済み。菅氏はワシントン入りする直前にPCR検査を済ませていたという。にもかかわらず、分厚いマスク2枚で口を覆わせたのだから「食うな」と言うに等しい。しかもバイデンは自分のツイッターで左の写真を公開した。戦後訪米した日本の歴代首相でこれほどの侮辱を受けた者はいない。

バイデンは共同記者会見を済ますと、就任後初となる友人とのゴルフにそそくさと出掛けたいう。アイゼンハワー大統領が戦犯から釈放後首相になった岸信介が訪米した際に会談後即興でゴルフに誘ったことを考えるとバイデンの振る舞いの異様さが分かる。

■因縁の比大統領と同じ扱い

2000年7月に訪米したフィリピンのエストラーダ大統領(当時)にクリントン大統領(同)が会談の際、昼食としてハンバーガーを1つ差し出し冷たくあしらったとフィリピンの英字紙は報道した。人気俳優上がりのこのフィリピン大統領を冷遇したのには明らかな理由があった。エストラーダは上院議員時代の1991年9月に在比米軍基地存続に関わる条約の批准に否決投票。結局、否認多数で条約は批准されず米軍は1992年末までにフィリピンから完全撤収することになる。

南シナ海に生まれた軍事空白を衝き、中国は1992年に領海法を制定し、南シナ海のほぼ全域を自国の領海と主張した。以降、ベトナム、フィリピン、マレーシア、インドネシア、ブルネイ、台湾と領有権を争い、ベトナムとは戦火を交えた。それから20年経て習近平の時代になるとフィリピンが領有権を主張するスプラトリー諸島の岩礁に3つの軍事用人工島を造成してしまった。今日、米国の呼びかけに英国、フランス、ドイツ、オランダまでが応じて、各国艦船が中国包囲網形成のため西太平洋へ進出。中国との軍事緊張はにわかに高まっている。

これに加え、大統領就任以来2年に及びフィリピン側が訪米を要請していたこと考慮すれば、クリントンがエストラーダを渋々受け入れ冷たく扱ったのは理解できた。菅氏の政治パフォーマンスはエストラーダに匹敵するものなのか。

■「中国配慮」に拘る菅政権

会談後、記者会見のためホワイトハウスの庭に現れたバイデン大統領は冒頭「ヨシと私はランチとお茶を共にしプライベートな時間を過ごした。このような親密で良いパートナーを歓迎することを本当に嬉しく思う」と述べている。ジョー(大統領)に向けたヨシ(菅首相)=写真=の顔はこわばり畏縮して見えた。冷遇への不満は微塵だに顔に出さず、険しいまなざしの中には一抹の安堵感さえのぞかせた。

何に安堵したのか。それは中国との関係悪化を決定的にする台湾問題で曲がりにも日本側の主張を貫けたからだ。

菅政権は「日中関係が最悪の事態になれば米国が本気で日本を防衛する」とは思い込んでいないようだ。ある論評は「衰退した米国は余裕がなくなっている。自国のことで精一杯。中国を責め立てる限りでは『リーダーシップをとる』と威勢が良いが、中国がまなじりを決した場合、すなわち台湾海峡あるいは尖閣をめぐる軍事衝突を正面に見据えた場合には『腰砕け』になる」と断じている。菅政権は「米国への過度なのめり込みは危険。とりわけ、中国との共存、協調なしに立ちいかなくなったている日本の経済界の立場と利益をできるだけ守る」と決意したようだ。

当初の訪米が1週間延期になったのも「台湾の安定(=台湾防衛)」でもっと突っ込んだ姿勢を求める米側の要求に日本が屈しなかったためと思われる。事前協議が不調に終わったものの、一端公表した訪米日程をキャンセルするわけには行かず、米側は渋々菅氏をホワイトハウスに招いた。こう見れば、バイデン側の非礼極まりない菅処遇の背景が理解できる。

4月16日掲載のニューヨークタイムズ電子版記事はこの経緯を短いながらこう伝えた。

「日米首脳会談の狙いはインド太平洋及びそれを超えた地域での中国の影響力とその攻撃的な行動に対応することだった。バイデン氏はそれを彼の政権の最重要課題の1つとみなしている。それ(日米協議)は慎重なダンスだった。日本の政府高官たちは台湾を巡る北京との対立、緊張に引き込まれることを警戒した。南シナ海などを巡る緊張にも用心深かった」

また以下のようなずばり核心を突いた記事がある。

「中国問題を日本に任せたいのがバイデン氏の本音である。 バイデン氏は、事前に国務長官、国防長官を日本に送り、事務レベルで日本とすり合わせをした。『尖閣防衛は日米安保の課題だ』といったリップサービスで日本国民の信任を得て、実質的には東シナ海の問題は日本に丸投げするのがアメリカの戦略だ。日米外交筋を取材すると、そのあたりに関してはかなり突っ込んだ事前協議があったようで、しかも難航したという。

この見方は的を射ていると思う。バイデンが「米国は日本を鉄壁で守る」とリップサービスしたもののその背後には、「尖閣列島は台湾の一部」と主張する中国に従い、台湾と尖閣を一体化させ、「ともに東シナ海問題なのだから日本の問題、つまり自衛隊マター」として日本に押し付け、米軍は退き、泥をかぶらないというシナリオが隠されていたのではなかろうか。これに菅政権は事前協議で強く抵抗したようだ。

■虎の尾を踏む

帰国後、4月20日の衆院本会議で、菅首相は日本の立場をさらに鮮明にした。

立憲民主党の緑川貴士氏に「共同声明は、52年ぶりに台湾に言及し『両岸問題の平和的解決を促す』とまで明記されたが、これまでと何が違ってくるのか」と質された菅首相はこう答えた。

台湾をめぐる問題が、当事者間の直接の対話によって平和的に解決されることを期待するとのわが国の従来からの立場を、日米共通の立場としてより明確にするものであり、台湾海峡の平和と安定にとって意義がある」。

また自民党の鬼木誠議員が「バイデン大統領は、中国を『最も深刻な競争相手』とみなし厳しい姿勢を表明している。どのようなやり取りが行われたのか」との質問にも、「中国との率直な対話の必要性」を強調した。

国会答弁に粉飾がなければ、菅政権は「わが国は従来から中国、台湾当事者間の直接の対話によって平和的に解決されることを期待するとの立場を取ってきた。この立場は崩せない」との主張を貫いたことになる。これが米側との摩擦、軋轢の核心であろう。

直接の対話による平和的解決を期待」とは「中台に武力紛争を回避して欲しい」ということだ。もっと深読みすれば、「日本は対話以外望まない。台湾を巡る武力紛争には関与できない」との決意表明とも受け取れる。しかも「これを日米共通の立場としてより明確にした」とまで踏み込んだ。米国政府担当者はこの菅氏の帰国後国会答弁に怒り狂っているのではなかろうか。

菅政権は虎の尾を踏んでしまったのだ。

ワシントン滞在中に政権浮揚のカギとなる新型コロナ対策で早速「報復」された。遅れに遅れている日本のワクチン接種率は4月半ば現在、全人口の1%未満。アフリカ諸国の平均0.65%と同水準である。イスラエルの61.35%、米国の35.03%に遠く及ばない。そこで菅首相周辺が賭けたのが、米ファイザー社との追加供給交渉だった。

アルバート・ブーラCEOとワシントンで対面会談しようとしたが、袖にされた。首脳会談終了後にワシントンの菅首相はニューヨークのブーラと電話したものの、ワクチン追加供給の確約はとれず、追加の供給に向けた協議を迅速に進める」とお茶を濁された。

米国は今後どう「菅、二階ライン」の中国配慮路線を潰しにかかるのだろうか。

 

:前掲の「日米関係さらに歪める‟日本最重視” 菅訪米に際して1」、「日本は『暗闇の30年』に突入も 菅訪米に際して2」などを参照されたい。