プーチン追い詰めたブレジンスキー構想 ウクライナ危機と米のユーラシア制覇

ウクライナへの軍事侵攻を断行したロシアのプーチン大統領は今や稀代の悪人、無法者、殺人者、狂人、国際秩序破壊者呼ばわりされ米英主導の国際社会から永久追放された。3月2日の国連総会非難決議によって西側演出の「プーチン悪魔化」は完成した。後は2024年ロシア大統領選挙をまたずいつプーチンが失脚、追放されるかに西側の眼は移りつつある。2003年に嘘だった大量破壊兵器所有を主たる口実に国連安保理決議を踏まえずイラクに軍事侵攻し推定50~60万人とさえ言われる非戦闘員を殺害した米ブッシュ政権に対する西側メディアの「寛容さ」とこれは対極をなす。プーチンはソ連崩壊後のエリツィン親米政権の下、米英巨大資本に蚕食されて呑みこまれる寸前だった資源大国ロシアを再建しようとして西側資本の天敵となった。以来20年余り「大ロシア主義を掲げる専制主義者」との執拗な攻撃にさらされてきたプーチンはウクライナ問題でついに米英に追い詰めらた。「罠にはまった」と見ても大過ない。注 一連の動きはここ30年の米国のユーラシア制覇へ向けた活動を指揮したズビグネフ・ブレジンスキー元米大統領補佐官(国家安全保障担当)の構想を見れば容易に理解できる。

3月17日掲載記事「米国に成り代わったウクライナ 嵌められた露 つぶされた独仏 3月20日更新」の最終節「罠にはまった?」を参照されたい。

■ユーラシアを文明化する使命

米国には「明白なる使命(Manifest Destiny)」という啓蒙スローガンがあった。これは「文明は、古代ギリシアローマからイギリスへ移動し、そして大西洋を渡って北米大陸へと移り、さらに太平洋を渡って西に向かいアジア・ユーラシア大陸へと地球を一周する」という「文明の西漸説」に基づいていた。北米大陸を西進した米国は19世紀末フロンティアを喪失した。そこで「トゥワード・ザ・パシフック」との合言葉とともに世界最大の大洋である太平洋が進むべき新フロンティアとなった。

スローガンは米国の帝国主義的な領土拡大を正当化する言葉となった。「太平洋の西進」は当時の米海軍提督アルフレッド・T・マハンの提唱した海上権力論により後押しされた。1898年の米西戦争の結果は米国の太平洋西進を大いに促し、ハワイやグアムの併合をはじめ太平洋の要所を占領した。米比戦争で世界最大の大陸への橋頭保としてフィリピンを得て、ユーラシア制覇は夢ではなく、現実的目標となった。

これを受け、19世紀末から20世紀前半にかけ米英ではユーラシア大陸にまたがる大国ロシアを包囲し締め上げる理論となる地政学が台頭する。代表的な英国の論者ハルフォード・マッキンダー(1861-1947)は大陸国家ロシアの勢力拡大への脅威から海洋国家イギリスを如何に守るかという戦略のあり方について研究。「人類の歴史はランドパワーシーパワーの闘争の歴史であり、これからはランドパワーの時代となる」とみなして、「東欧・ロシア・スラブ世界を制するものが世界を制する」と主張。ハートランド(ロシア)を締め上げるリムランド(Rimland)の形成を唱えた。

第二次大戦後の米ソ冷戦初期に現れた米外交論者ジョージ・ケナン(1904-2007)の唱えたソ連封じ込め論はそれを受け継ぐものであった。ソ連崩壊を受けた米国単独覇権下における世界の在り方をユーラシアをチェスボードにたとえて構想したブレジンスキーはその後継者だった。

ブレジンスキーの著作The Grand Chessboardでの言葉を借りれば、1990年代半ばの米国は「史上初の唯一の世界覇権国」となった。だがその単独覇権は長くは続かず、やがてアメリカの覇権に挑戦する国が台頭すると予期していた。それがユーラシアの大半を勢力圏とする巨大なロシアと中国であることは言うまでもない。

注:著作のフルネームは「The Grand Chessboard American Primacy and Its Geostrategic Imperatives 1997」

■NATO東方拡大の真の狙い

1991年のソ連邦崩壊は大陸の西端ヨーロッパからもユーラシア制覇を進める絶好のチャンスとなる。東側・ソ連陣営による攻撃からの集団防衛を建前にしていた北大西洋条約機構(NATO)はソ連崩壊・東西冷戦終結で敵を失ったはずだった。だがソ連の旧衛星国とされた東欧諸国が西欧クラブの一員になりたいとの憧れや歴史的に刻み込まれた大国ロシアへの脅威感を口実に続々と参入し、NATO加盟国は1991年の16カ国から現在30カ国となった。今や非加盟はウクライナ、ベラルーシ、モルドバなど僅かとなっている。 

プーチンがロシア大統領に就任した2000年以降の歴代米政権は東方拡大にいち早く参加したポーランドやチェコといった当時のNATO最前線国にロシアに照準を定めたミサイル配備を進め、プーチン・ロシアとの軋轢は高まる一方だった。ここでは詳述を避けるが、米NATOとウクライナ国内ネオナチ勢力が背後で動いて親ロシアのヤヌコビッチ政権を追放してウクライナに親米政権を樹立した2014年以降、ロシアによるクリミア併合と併せウクライナ問題は世界の耳目を集めてきた。

ウクライナ情勢の緊迫の度がピークに達しようとしていた2022年1月末、米バイデン政権はズビグネフ・ブレジンスキー(1928‐2017)の長男マーク・ブレジンスキー(56)をウクライナに隣接するポーランドの大使に任命した。強い反露感情を抱くポーランド右派政権は旧ソ連圏構成国の中で一番手となるNATO加盟を1999年に果たしている。

ポーランド旧貴族出身の父ブレジンスキーは、外交官の子息としてカナダに滞在していた1939年にナチス・ドイツのポーランド侵攻に遭遇、第二次大戦後はソ連圏に組み込まれたポーランドには帰国せず、カナダ、米国で学んだ。ジョンソン政権の大統領顧問、カーター政権の大統領補佐官を務めた後も国際政治学者として米政界に多大な影響を及ぼした。

その著名なブレジンスキーの息子は弁護士資格を有し、ビル・クリントン政権で国家安全保障会議ロシア局長、オバマ政権でスェーデン大使を歴任。父親の遺言「米国がユーラシアを管理する初の非ユーラシア国家となる」時機に際会しているとも言える今、バイデン政権は満を持してマークをポーランドに派遣したと思われる。

【写真】2012年に撮影されたスェーデン大使時代のマーク・ブレジンスキー(左)。右端は妻ナタリア。ポーランド日刊紙に2022年1月末に掲載された。

 

ソ連の軛から解放されたポーランドをはじめとする東欧諸国が進んで加盟し、NATOの東方拡大が促されたのは疑いの余地はない。しかし、NATOを主宰する米国の立場に立てば、新規加盟した東欧諸国の思惑がどうであれ、NATO拡大の真の目的はプーチン反米政権の抹殺であった。今や西側メディアはロシア内部崩壊のカウントダウンを始めかねない状況にあり、マーク・ブレジンスキーのポーランド大使赴任は父親の遺志を継ぐとの意思を示威する絶好のタイミングとなった。

■チェスボードでの熾烈な攻防

「非ユーラシア国家(米国)が初めてユーラシア大陸を管理する」。繰り返すが、これは対ソ冷戦終結後の1990年代半ばにZ・ブレジンスキーが行った提言だ。カーター政権で国家安全保障担当大統領補佐官を務め、オバマ元大統領の外交指南役として名をはせたこの国際政治学者の提言は米国の単独覇権の意思を包み込んだ新たな明白なる使命(Manifest Destiny)」の宣言にほからなかった

提言はソ連消滅後、まず東欧や中央アジアの旧ソ連構成国で実行に着手された。カラー革命と呼ばれる政権交代劇が2000年セルビア、2003年グルジア、2004年ウクライナ、そして2005年キルギスで相次いだ。いずれも選挙結果を問題視した大群衆が街頭で抗議行動を行い、反体制派から独裁者と糾弾された指導者を追放した。体制転換運動の背後では民主化ドミノ”による政治体制の親米化を狙った米国務省、CIA、ジョージ・ソロスの主宰する「ソロス財団」、米議会が出資する全米民主主義基金(NED)などの関与が取りざたされた。

2022年現在、中国の著しい台頭で単独覇権を失った米国は西からはNATO加盟国を総動員、「インド太平洋」からは英国、オーストラリアのアングロサクソン同盟国のほか日本、インドを動員してユーラシアの2大国である中国、ロシアを包み込む壮大な封じ込め政策を展開している。

対する中国、ロシアは2001年に当初、中露2カ国にカザフスタンなど中央アジア4カ国で構成された上海協力機構(SCO)を発足させた。現在、SCOはオブザーバー国、対話パートナー国を含めると18カ国が参加する「ユーラシア同盟機構」と化した。これは米国の封じ込め政策に対抗する中露ブロック圏の形成である。中国はユーラシア大陸ばかりか南米、アフリカ諸国の多くをそのブロック圏に組み込みつつある。

中国はプーチン・ロシアのウクライナ軍事侵攻に対して慎重な態度を取っている。国連の安保理や総会でのロシア非難決議は否認せず、いずれも棄権にまわった。だが米英の主導する「国際社会」には決して同調しない。それどころかロシアの金融機関が国際銀行間通信協会(SWIFT)から排除されてもデジタル人民元決済を含む中国独自の国際決済システムCIPSを使用させることになった。CIPS使用の長期化は世界市場の二分化を促す。貿易分野では制裁に参加せず、ロシアの傷口を最小限にする道を選んだ。事実上同盟している中露が米国のユーラシア制覇に大きく立ちはだかっている。

■「プーチンの屍」の先を見る米英

北米大陸から太平洋を西進し、中国・ユーラシア大陸で最初に利害対立した大日本帝国をアジア太平洋戦争で粉砕した米国はソ連との冷戦に「勝利」。現在、共産中国と本格的な新冷戦に突入し、米国の軍事保護国となった日本はその補完兵力として使われている。現下のウクライナ危機は世界を米英ブロックと中露ブロックへと二極化する流れに拍車を掛け、第二次大戦の戦勝国連合(国連)が築いた国際秩序は破たん寸前である。

プーチン・ロシアを崩壊させロシアを親米化すれば、中露ブロックに決定的な亀裂が入り、米英ブロックは共産中国への攻撃に専念できる。ウクライナ情勢を巡る米英の視線は「プーチンの屍」の先にある。世界は「米国がユーラシアを制覇、管理する」というネオコンが主導する米国の好戦的支配層の野望が夢想に終わるか否かの瀬戸際に立たされている。

2023年から近代第三期に入る日本は戦勝国アメリカがかけた敗戦の頸木に繋がれたままだ。日米安保体制からの解放は目処がまったくたたず、有無を言わさずロシア、中国封じ込めに動員されている。それは大日本帝国が崩壊した1945年8月15日に「新生日本」が突きつけられた「真に自由で民主化され自立した国家の構築」という重い課題を達成できないでいるためだ。

 

注:直近の2月24日掲載記事「『ロシアという共通の敵』の復活 ウクライナ危機で激変する日米安保構図」をはじめ2020年8月18日掲載記事「新冷戦への米国の情念「民主化」と体制転換  」、2021年11月25日掲載記事「中国を封じ込め日本を操る米英の策略を見抜け 近代日本第三期考1  差替版」、2021年12月7日掲載記事「脱亜入欧の末路:米英に『同盟国の長』と煽てられ、アジアで孤立 近代日本考・補」など関連原稿を参照されたい。