大国ナショナリズムへ傾斜する中国 西側の対中警戒の根源

「後進国における革命の優位性」。マルクス主義の嵐が全国の大学で吹き荒れ、学生運動が絶頂に達していた1960年代末、こんな言葉が流布された。実際、高度に市民社会、資本主義、民主主義の発展した先進国ではなく、欧米列強に植民地支配されて搾取、貧困に喘いでいた「後進国」で社会主義革命が起きた。過度な抑圧と搾取は必然的に革命を生む。中国では毛沢東率いる共産党が米国に支援された蒋介石・国民党を台湾に追放して中華人民共和国を建国した。現在の中国は米国に対抗する超大国となったものの、依然としてプロレタリア独裁が中国共産党の一党支配の教義である。近代国家の基本と言える政治過程における民主主義手続きや言論・表現の自由の欠如が社会民主主義を受容する欧州諸国の人々から中国への魅力を削ぎ取り、米ネオコンに「共産中国打倒」を宣言させるに至った。「中華民族の偉大な復興」という前時代的な大国ナショナリズムに傾斜する中国政治の著しい弱点が西側にとって警戒すべき圧力となり、中国型秩序とその世界規模での浸透へ極度の警戒感を与えている。

■ポンペオの欧州オルグ

ポンペオ米国務長官は2020年7月23日、「共産主義中国と自由世界の未来」と題して演説した。いわゆる対中冷戦宣言である。場所は米カリフォルニア州.のニクソン元米大統領記念図書館が選ばれた。それは1972年にニクソン大統領とキッシンジャー大統領補佐官らが進めた共産中国との「関係正常化」路線を根本的に転換し、今後は中国との対立と競争を米国の外交上の基調とするとの意思を強調するためであった。

この宣言の前後、ポンペオ長官は共産主義発祥の地、欧州を歴訪している。7月21日にはロンドンを訪問して、香港民主派の羅冠聡氏と面談したことが日本でもニュースとなった。8月に入るとチェコ、スロバキア、オーストリア、ポーランドの4カ国を訪問。かつての東西冷戦の最前線の地で中国の脅威に対する自由主義国同盟を結成しようと訴えた。

ハイライトとなったのが8月12日のチェコ上院での演説だった。現地からの報道によると、ポンペオ長官は米中関係を東西冷戦期の米ソ対立と比較して、「中国共産党の脅威に対抗するのはそれよりずっと困難だ」と語り、中国の台頭に警鐘を鳴らした。7月のカリフォルニア演説に続いて、「経済発展を支えつつ中国の民主化を促した歴代米政権の関与政策は転換する」と宣言。対中対決は先鋭化された。冷戦期のソ連と比較しても「マルクス・レーニン主義」は中国でより引き継がれていると訴えた。さらに「中国は米国をはじめとする民主主義国の経済、政治、社会に大きな影響力があり、今起きていることは(かつての東西冷戦と比べより複雑、深刻で)新たな冷戦との形容では不十分」と呼びかけた。

 

 

写真:ポンペオ米国務長官とチェコのバビシュ首相

2020年8月11日 プラハ

 

 

これに対し、中国の新華社通信はポンペオ訪欧を徹底批判した。

「最初の訪問先であるチェコに到着すると、ポンペオ氏は何かにつけて『共産主義の脅威』に触れたが、応じる者は数えるほどだった。日程後半にバビシュ首相と開いた記者会見において、ポンペオ氏は引き続き強引にデマをでっち上げ中国及び中国共産党を中傷した。ところがバビシュ氏はポンペオ氏の『脚本』に合わせたがらず、チェコは『一つの主権国であり、ここでは重大な脅威など目にしていない』と述べた。」

■チェコ上院議長らの訪台

ところが8月30日に中国が「一線を越えた」と猛反発した大事件が起きる。チェコで大統領に次ぐ地位のビストルチル上院議長が約90人の訪問団を率いて台湾に訪問し、蔡英文総統と会談したからだ。同議長は、9月4日までの滞在期間中、台湾の議会にあたる立法院で演説した。

訪台目的を「自由、民主主義を共に守る決意を確認すること」と語っていた同議長は台湾立法院で「(民主主義者の我々には)民主主義を築く全ての人を支える義務がある。互いを支え、協力拡大できることを光栄に思う」と述べた。

 

 

写真:9月1日に台湾立法院で演説したチェコのミロシュ・ビストルチル上院議長 

 

 

トランプ米政権は1979年に米国が台湾と外交関係を断って以来、最高位の高官としてアザー厚生長官を台湾に派遣したばかり。ビストルチル上院議長らの台湾訪問は5月に議会決議されていたという。だが米国側はポンペオ国務長官の東欧4カ国歴訪の大きな成果として演出しようとした。

チェコのゼマン大統領やバビシュ首相は外交方針に反するなどとして、台湾訪問に反対したものの、風穴は空いてしまった。チェコ議会の訪台の決断.が欧州諸国の対中政策に大きな影響を与えることは必至であろう。

また日本のNHKの報道によると、上院議長に同行したチェコの首都プラハ市のフジプ市長はNHKのインタビューに応じ、「テクノロジーを重視する台湾との交流はスマートシティーなどのプロジェクトを行っていく上で有益だ」と台湾との関係強化の意義を強調する一方、中国については「テクノロジーを人々の監視や抑圧のために使っている」と厳しく批判した。

「1つの中国」に否定的なプラハ市は2019年10月に北京市との友好都市の関係を解消し、今年1月には台湾の台北市と友好都市の協定を結んでいる。

■経済重視のドイツにも変化

中国とは経済重視路線を採用してきたEUの盟主・ドイツでも風向きは変わってきた。

ドイツ政府はここ20年間、産業界の意向もあり、経済の結びつきが強まれば、中国は自然に民主化されるとの見解を基にビジネスに励んできたとされる。これまで軌道修正は意識的になされなかったが、変化の芽が出て来た。伝統的に中国寄りの社会民主(SPD)所属のマース外相は最近、かなり中国の人権侵害に言及し始めた。香港との犯罪人引き渡し条約もいち早く停止している。

メディアには、「ウイグルで100万人が収容所に入れられている」、「香港では人権が侵害されている」、「チェコの議員団が台湾を訪問したのを受けて、欧州を歴訪した王毅外相が激しく抗議した」、「中国が強硬に売り込んでいる5Gのファーウェイが監視と抑圧に使われている」等々と中国批判報道が目立つ。

ドイツ在住のジャーナリストは「王毅外相はドイツの前にイタリア、オランダ、ノルウェー、フランスを訪問した。コロナ騒動勃発以来、初のヨーロッパ訪問だ。彼の目的はEUを中国の味方に付けることだったが、ヨーロッパに来てみたら、風向きはすでに変わっており、今や中国の気にいることを言ってくれる国は無くなっていた。」と伝えている。この見解はかなりバイアスがかかっているようだが、ポンペオ米国務長官の欧州オルグが一定の成果を収めたのは間違いなかろう。

■無理のある「特色ある社会主義」

香港の民主化運動にせよ、ウィグルの独立運動にせよ、全米民主主義基金、ソロス財団などお馴染みの民主化支援資金やNGO組織をはじめ、米国政府までが露骨に直接支援してきた。これを内政干渉、体制転覆活動として、北京が強く反発するのは当然である。しかしながら、毛沢東率いた中国は、市民社会の成熟どころか、社会が専制的、権威主義的な封建意識から脱皮できていない状態で「社会主義の建設」を始めた。このような試みを不可能とみるのはマルクス主義思想のイロハのイである。

71年前、欧米日の帝国主義列強に収奪し尽くされ、「貧困の大海原」と化していた広大な国を率いることになった中国共産党にはあまりに困難が多かった。相次ぐ大掛かりな粛清と並び、大躍進政策、文化大革命は極めて悲惨な結果を招いた。毛沢東に「資本主義の復活を図る走資派」と批判されて失脚した鄧小平は毛の死後、日本の富国強兵策を見習ったとも思える改革開放政策に踏み切った。これが奏功して、今や多数の人々が経済的恩恵に浴している。「豊かさの享受」とプチブル感覚は必然的に政治的な自由を求めることになる。

習近平指導部は「新時代の中国の特色ある社会主義」を掲げる。だが、中身はない。市場経済主導の国家資本主義を「特色ある社会主義」と言い換えたに過ぎない。言葉に無理がある。戸籍はいまだに農村部と都市部に分けられたままで、中国経済の高度成長は農村から沿岸部の都市に出稼ぎにきた巨大な数の人々のひどく安価な労働力に支えられた。いわゆる農民工の子どもたちは戸籍の移動ができないため親と一緒に暮らせず都市部で教育を受けられない。この封建システムにメスが入れられるのはいつなのか。

移動の自由はもとより、政治的な自由の保障や自立した個人を基礎とする民主的な市民社会の形成にどう取り組むかにについては口を閉ざす。党指導部の建前では、中国はすでに初期社会主義社会に移行しており、市民社会の形成はブルジュア支配の階級社会へ後戻りすることを意味する。実際は、民主的市民社会形成へ取り組めば、一党支配は墓穴を掘ることになる。「中華民族の偉大な復興」、「大国崛起(くっき)」といった時代錯誤なナショナリズム・スローガンを持ち出し大衆の不満のはけ口を見出そうとしている。中国の政治システムはあまりにアジア的な後進性を背負っている。それが欧米諸国に付け入るスキを与えている。