米国の圧力跳ね返し「プーチンG20招待」貫いたジョコ尼大統領 「米欧主導の世界」に幕 

ウクライナ戦争勃発から1カ月後の2022年3月末。西側メディアはロシアのプーチン大統領を「国際法を踏みにじり、ウクライナ市民を無差別に虐殺する極悪人」と断じて報じ続け、バイデン米大統領は「プーチン」と唾棄し呼び捨てていた。こんな中、「G20議長国インドネシアが11月バリで開かれる首脳会合にプーチン大統領を招待する」とのニュースが流れた。当然にも、インドネシア政府は「プーチン・ロシアの国際社会からの追放」が究極目標の米国からの猛烈な圧力にさらされた。それを跳ね返し、ジョコ・ウィドド尼大統領は6月末にキーウ、モスクワを訪問、プーチン大統領から直々に会合参加の確約を得た。欧米の植民地支配から独立したアジア、アフリカ29カが参加した1955年バンドン会議の開催国インドネシアは現在参加国120を超える非同盟運動を牽引する。米帝国主義による植民地支配で辛酸をなめ尽くしてきたが故に、非同盟諸国はウクライナ戦争を巡って米英が発する言葉の裏をより深く読める。11月に迫ったバリ首脳会合は「米欧主導の世界」に幕を引き、日本に敗戦の軛・対米隷属からの解放を模索するよう促している。

<注>非同盟運動に共感し、ウオール街やWEFのグローバリズム・「グレートリセット」を批判して新ユーラシア主義を提唱するプーチンの主張は前掲記事「岸田版『新しい資本主義』覆う暗雲 WEF提唱の”グレートリセット”焼き直す」に記している。

代理介入した日本政府の悲哀

東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟10カ国の中で最も親米的だったシンガポールまでもがここ10年、米国中国かの二者択一を迫るな」(リー・シェンロン首相)と自立志向を打ち出し、中国牽制色を帯びた構想ではない独自のインド太平洋構想を提起したASEANは米国、英国、フランス、ドイツといったNATO主要国の西太平洋での軍事演習活動にはっきり「ノー」を打ち出している。中でも非同盟を貫くインドネシアの中立姿勢は鮮明だ。

4月以降、インドネシアのプーチン招待の動きに神経を尖らせる米政府はASEAN加盟国との首脳会談や外相会談には参加したが、サイドラインでのインドネシアとの二国間協議は避けた。ワシントンは日本政府に恒例となっている介入代理活動を行わせ、3月から7月にかけて日尼間で相互訪問を含め3回の首脳会談が開催され、外相会談も1回行われた。

日本外務省によると、3月初めの電話会談で、岸田首相は「ロシアによるウクライナ侵略は、力による一方的な現状変更かつ国際秩序の根幹を揺るがすものであり、強く非難する」とワシントンの対露非難を形だけなぞって代弁。一方、ジョコ大統領はロシア名指しを避け「国連憲章の原則、特に領土一体性の原則を重視しており、侵略は直ちに停止されるべき」と述べるにとどめた。

4月末に岸田首相は東南アジア・欧州歴訪の第一歩としてジャカルタに出向いたが、来訪の前日にジョコ大統領はプーチン大統領と電話会談し「G20参加の意向」を取り付けていた。これは岸田来訪を米国の代理ミッションとみなして日米に見舞った先制パンチとみる他ない。会談後の記者会見で同行の日本人記者はまるでバイデン米大統領の代弁をするかのように「G20へのプーチン招待はまかりならんと伝えたか」と問い詰めた。返答に窮した岸田首相は事実上ノーコメントを繰り返し、無力な代理人の悲哀を表情ににじませた。

6月26日からドイツで開かれた先進7カ国首脳会議(G7サミット)に招かれたジョコ大統領はG7からの「プーチン招待非難」をはねのけ、ウクライナとロシアを直接仲裁しようと両国を電撃訪問ゼレンスキー大統領からは「プーチンが出なければ出席する」との返答があり、プーチン大統領は満面の笑みで出席を快諾した=写真=

腹の虫の収まらないバイデン米政権は7月に再度の日尼首脳会談を強要。今度はジョコ大統領が来日日本外務省によると、会談ではウクライナ、ロシアへの言及はなかったとされた。岸田首相は苦し紛れに、日米豪印の「自由で開かれたインド太平洋構想」とは水と油と言えるASEAN独自の中国との融和を志向する「インド太平洋に関するアウトルック」を連携させて協力を深めると発言。会談中、いつもは笑み温和な表情を絶やさないジョコ大統領の岸田首相を見る目は冷たかった。

インドネシアがインド太平洋の構想をASEANの独自構想として提案しようとした背景には、2017年末にトランプ米政権が対中新冷戦を旗幟鮮明したことがある。ジョコ尼政権中国との関係を重視し、中国封じ込めの日米豪印戦略対話・クワッドに反発した。こんな中、クワッドの一角インドが「インド太平洋地域の平和と繁栄にASEANのリーダーシップが必要」とインドネシア主導のインド太平洋ASEAN構想を後押した。日本は政府もメディアも重要なこの動きを無視し続けている。

■執拗な脅迫:プーチン招待阻止へ

「国際社会からのプーチン・ロシアの追放」に執着する米英は最近、見境なくロシアの敷いたレッドラインを踏み越えている。挑発の度合いを強化することでロシア軍のウクライナに対する軍事行動はより厳しく大掛かりなものとなり、米英はそれが無差別な市民殺傷や民間施設攻撃の増幅であると西側メディアを総動員してロシア非難をエスカレートし続けている。

10月8日に起きたクリミア大橋に対する攻撃=写真=や9月26日に発覚したロシアとドイツを結ぶ海底天然ガスパイプライン「ノルド・ストリーム」のガス漏れ破壊工作がエスカレート手段の典型例である。米欧は「ロシアの自作自演・偽旗作戦」とメディアを通じてプロパガンダし、ロシア側の「(米英に支援された)ウクライナ機関のテロ攻撃」との主張にはまったく耳を貸そうとしない。第三者の立場からは、すべての悪行をロシアのせいにして懲りない「執拗な脅迫」と言わざるを得ない。

その根底にはバリ島で11月15日~16日に開かれるG20サミットへのプーチン招待を実現させようとしてきたインドネシア政府の試みを何としてでも挫折させようとする米英支配層の執念があると読み取れる。

万が一にもバリにプーチンが姿を現し、G7メンバー国首脳とは冷めた形ばかりの握手を交わすにせよ、友好な関係にある中国の習近平やインドのモディ、トルコのエルドアンばかりか、「OPECプラス」でロシアと急接近し米国と距離を置き始めたサウジアラビアのムハンマド・ビン・サルマン(皇太子兼首相)らと歓談する姿を決して報道させてはならないのだ。それはロシア軍のウクライナ侵攻が開始された2月24日以降一時は成功したかにみえた「プーチン永久追放」の頓挫となるからだ。

ロシアはクリミア大橋攻撃を受けて、ウクライナ全土にミサイルや無人機を用いて大規模な攻撃に踏み切った。ロシア側は「ウクライナのテロへの報復であり、標的はエネルギーや通信の施設、ウクライナの軍指揮拠点」と主張したが、これがいつものように易々と逆手に取られた。西側メディアは水道、電力などのインフラや一般市民の集う文化施設の被弾現場、公園などへの着弾痕を大々的に映像で報じて、さらなるロシアの無法ぶりを世界に印象付けた。

G7首脳は10月11日、待ち受けていたかのようにオンライン形式で緊急会議を開催し、「市民への無差別攻撃は戦争犯罪にあたる」との非難を繰り返した。「標的を絞った報復」とのロシアの言い分に一顧だにせず、声明にはロシアへの憎悪が増幅された形で改めて示された。無差別攻撃がウクライナに潜伏する米英によって高度に訓練された特殊工作部隊や外国人傭兵部隊、アゾフなどネオナチ武装組織による「偽旗テロ」ではないかとの疑念は微塵も伝えられない。

国連総会は10月12日にロシアによるウクライナ東南部4州の併合を「違法で無効」との決議を採択し、加盟193カ国のうち賛成が143カ国、反対5カ国、棄権35カ国、投票拒否10カ国だった。ウクライナ戦争が始まって間もない3月2日の「ロシア非難、ウクライナからの即時撤退」を求める総会で採択された決議案は141カ国が賛成、反対はロシアなど5カ国、棄権は中国やインドなど35カ国、投票拒否は12カ国だった。3月2日に比べ投票拒否が2カ国減り、賛成が2カ国増えただけ。基本的には大きな変化はなかったが、日本を含む西側メディアは賛成が過去最多となったとはしゃいだ。

6月にモスクワを訪問したジョコ大統領にG20会合出席を快諾したプーチン大統領は戦況悪化を受けて態度を変えた。ロイター電によると、ロシアのウシャコフ大統領補佐官は10月12日に「プーチン大統領がG20首脳会合に出席するかはまだ未定。まだかなりの時間がある。成り行き次第だ」と述べている。バイデン米大統領は同日CNNとのインタビューで「現時点ではG20プーチン氏と会う理由はない」と述べ、欠席を示唆した。ハリス副大統領が代理出席する可能性も取り沙汰されている。

傑出した指導者生むASEAN

アジア太平洋経済協力会議(APEC)の議長国タイがインドネシアと足並みをそろえている。10月12日付の在バンコク各紙によると、ロシアのプーチン大統領は「出席招請を受け入れる」との返答をタイ政府に寄せた。APEC首脳会合の日程は11月18、19両日で、G20バリ会合の日程は11月15日、16両日。ロシア大統領府が「プーチン大統領のG20出席は未定」としたのは、戦況悪化の中、東アジアでの2つのサミット出席に移動日を含め1週間もの時間は費やせないとの示唆と受け取れる。出席はどちらか1つになる可能性がある。いずれにせよ、タイ政府のプーチン出席招請はインドネシア政府の毅然とした姿勢を後押しする力となっている。

開かれた地域経済協力を唱えて1989年に発足したAPECの参加国は環太平洋地域の21カ国・地域。ロシアも1998年に参加している。米英を筆頭にプーチン非難とロシア制裁の先頭に立っている主要国(G7)メンバーは米国と日本、カナダの3カ国だけ。バイデン米大統領は既に首脳会談への不出席を発表、代理を送ると伝えている。さらにロシアとの対決の真正面に立っている英、フランス、ドイツ、イタリア、EUの欧州勢はやって来ないのでプーチン大統領としては荷が軽くなる。しかし、G7首脳が勢ぞろいするG20会合のほうがプーチンの断固とした態度を世界に示すにはうってつけの場になるとも思える。

ワシントンで開催され10月13日に共同声明を取りまとめようとしたG20財務相・中央銀行総裁会議は声明を出せずに閉幕した。ウクライナ戦争を巡る西側とロシアの対立で合意が見いだせなかったという。インドネシアのジョコ大統領は「G20首脳会合は経済問題の討議に集中する」としてワシントンのプーチン排除を退けたと伝えられていた。しかし、財政・金融問題に徹するはずの財務相・中央銀行総裁会議ですら共同声明が採択できなかったことを理由に米英のインドネシア政府へのプーチン排除圧力は11月半ばに向け一層強まりそうだ。

ジョコ大統領の胆力と自立姿勢は傑出している。インドネシアは独立以来初めて軍と無関係で非エリート層上がりの優れた指導者を得た。インドネシアとともに非同盟運動やイスラム諸国会議のリーダーとなり米欧からの自立を臆せず訴え続けているマレーシアの元首相で97歳の現役政治家マハティール、親米から親中・親ロシアへと外交政策を大転換し初めて実効性のある農地改革に着手して6年の任期中支持率80%超えを維持したフィリピンのドゥテルテ前大統領、開発独裁と揶揄されながらもシンガポールを率いて事実上の先進国に引き上げたリー父子。

【写真】2003年マレーシア・クアラルンプールで開かれた第13回非同盟諸国首脳会議に招待したプーチン露大統領と語り合うマハティール首相(当時)

 

常にワシントンの顔色をうかがいながら政策決定しなければならない日本の政治家や官僚。傑出したASEANの指導者たちが日本を本音でどう見ているかは語るまでもない。今や対ASEANの開発援助、貿易、投資額のいずれをみても日本は中国の後塵を拝している。2021年のインドネシアの国別輸出額は中国が537億ドル。日本は179億ドル、米国258億ドルで対中国が日米合計を上回る。ASEANが米欧主導の対中国デカップリングや対ロシア経済制裁に乗るわけがない。米英アングロサクソン同盟に巧みに操られながら、いまだに「世界の中心で輝く日本」とはしゃぐ安倍晋三節に酔うのは滑稽というべきだ。今や自主独立のASEANに学ぶべき時である。

いずれにせよ、プーチン・ロシアが11月半ばにインドネシアとタイでどう振る舞い、東南アジアのリーダーたちが欧米と中露との関係、ウクライナとロシアとの武力衝突にどう対処するかは21世紀の新たな世界秩序形成の動きを見計らう試金石となる。彼らが「欧米主導の世界」に幕を引こうと志向しているのは疑いの余地がない。