国力衰退覆う”大谷フィーバー” ー 「世界に輝く」と”大本営発表”続く

6月7日のNHKラジオ正午のニュースは「ドジャーズ大谷選手は第一打席でヒットを放ち成績は6打数1安打でした」と報じた。今や「今日の大谷翔平」が看板ニュースの1つとなり、視聴者は「やる気、元気」を与えられているという。実は7日(米時間6日)の第一打席、打球は相手チーム、パイレーツの右翼手が捕球したとみて審判はいったんアウトと判定したが、「チャレンジ」で判定が覆った。本来なら「大谷選手、この日はこのラッキーな安打1本に終わり、3三振を喫し振るいませんでした」と伝えるべきだ。これが冷静な「客観」報道と言える。

NHKが「第一打席でヒットを放ち」とだけ報じ、「ラッキーな安打1本」に触れなかったのは視聴者を鼓舞できないからであろう。そもそもお昼の全国中継ニュースで一野球選手のその日の成績を報じる必要はない。たとえ本塁打を二本打ったとしても夜のニュースのスポーツコーナーで伝えれば十分である。

大谷祥平がまれにみる好青年であり、スポーツ史に残る実績を上げていることは誰もが認めるところである。しかし報道における大谷フィーバーの根底にあるのは「ニッポンすごい」である。日本はすごい国、世界に誇る一等国でなければならないのだ。その裏側には非米欧諸国に対する優越と差別意識がある。特にバブル崩壊を受け1990年代半ばから始まった日本の衰退を覆い隠さんばかりに「ニッポンすごい」が始まり、2000年代半ばの安倍晋三日本会議政権発足で戦後日本の復古的ナショナリズムは具体的形を見せた。大谷選手のラッキー安打からラッキーを削除するのは無意識の「すごい日本人」ではないのか。それが日本放送協会・NHKの使命なのであろう。

「すっかり自信を喪失した日本人、衰退の一途をたどる日本」。そんな時、彗星のように現れた日本人として誇らしさを与えてくれる大谷選手。野球を楽しませようと報道を盛り上げるのは結構。しかし、日本の衰退の背景をできるだけ深く掘り下げて報道すべき今、スポーツ選手の活躍を介し「ニッポンすごい」でごまかしてしまうようではいけない。これでは「愚民化のための大本営型報道」と批判されても仕方ない。

「ニッポンすごい」は日露戦争”勝利”で完成した。日本海海戦の大勝のみが強調されたものの、陸軍は壊滅状態で日本政府の財政は破綻寸前。セオドアー・ルーズベルト米政権の仲介によってぎりぎり米国ポーツマスでの対露交渉に持ち込め、英米ユダヤ金融資本の金融支援でなんとか息をついたのが実態だった。日清戦争で獲得した遼東半島の返還を強いた三国干渉における首領ロシアに対する恨み辛みをまったく晴らせていないと、帰国した小村寿太郎ら講和交渉団を国賊と名指し攻撃、暴動を起こした”愛国的”日本人。

対露連戦連勝の「また勝った」報道を経て日本の世論は歪んでゆき、その果てに対米英戦争の大本営発表に基づくとんでもない虚偽報道へと進む。

1941年度尋常小学校修身で

日本よい国、
 きよい国。
 世界に一つの
 神の国

 日本よい国、
 強い国。
 世界に輝く
 えらい国。

と謳わせ、「天皇陛下のお治めになるわが日本は、世界で一番りっぱな国です」と信じさせた日本帝国統治者。

そのつけは1945年8月15日となり、同9月2日以降の永続敗戦へと続く。

ミラクルジャパン・ナンバーワンと呼ばれた戦後の経済復興・高度成長の終局となった1980年代後半のバブル経済期。東京・大手町にあった経団連会館のある一室からこんな声があがった。「日本にやらせりゃいいんだよ」。1986年1月28日米国スペースシャトル"チャレンジャー"が打ち上げ後に分解し、7名の乗組員が全員死亡した事故を衛星中継で目撃した日本人エリートの「宇宙開発も日本に任せよ」との雄たけびだった。

冷戦終結、ソ連邦崩壊とともに米国の対日報復は始まった。それは1945~1952年以上に長く過酷な占領へと進んでいる。

限りなく経済衰退する中、米国に「台湾有事は日本有事と心得よ」と対中臨戦体制に入れと促された。日本人はとてつもない代償を払わされている。