「人権侵害国はどっちだ」と中国 大量虐殺巡り米国糾弾

日本を含む西側メディアの中国攻撃がピークに達している。中国当局の台湾、香港、尖閣、南シナ海、新疆を巡るほぼすべての”所業”に対し、人権侵害、大量虐殺、軍事膨張主義、一触即発の危機招来と脅威を煽っている。現在大きなインパクトを与えているのが「新疆ウイグル自治区でのジェノサイド(集団虐殺)」だ。習近平指導部はこれを真っ向から否定し、”倍返し”した。米国が第二次大戦後、「人道的介入」を名目に軍事侵攻、代理戦争支援、反乱煽動、暗殺、武器弾薬提供、反政府武装組織育成を通じて世界中で無数の大量虐殺を絶え間なく引き起こしてきたと米国史の汚点を衝き、米覇権の暗部の告発に踏み切った。米国こそ「自由、民主主義、人権、法の支配の尊重」の美名の下、米巨大資本の利益のために米国や西側体制に異を唱える政権を次々と転覆し、大量殺戮を重ねてきたー。中国共産党はこのように米国を糾弾し、米中対決の深刻化に拍車がかかっている

■米政府内のジェノサイド解釈対立

「約1000万人のイスラム教徒が住んでいる新疆ウイグル自治区で約100万人のウイグル人が再教育キャンプへ送り込まれ、約200万人が再教育プログラムに参加させられている。」2018年8月、「国連人種差別撤廃委員会」で米国のゲイ・マクドゥーガル代表がこう告発したのがウィグル人ジェノサイド問題の端緒とされる。最近では米欧諸国や西側メディアは中国が新疆ウィグル自治区でジェノサイドを行っていると断定し、「中国の恐怖政治」を執拗かつ大々的に宣伝している。

【写真】4月8日の決算会見でウイグル問題について「人権問題というよりも政治問題。われわれは中立だ」と述べたユニクロの柳井社長。翌日の株価は急落した。

 

 

さらに西側の人権団体を名乗るNGO組織などは強制労働で栽培されている新疆の高級綿花を使用するアパレル関係外資企業を告発。当該企業が新疆綿花を使用しないと表明すると、今度は中国の「消費者」がこれに反発しこれら企業の製品不買運動に発展した。日本のユニクロをはじめ欧州、オーストラリアなどの企業は「彼方立てれば此方が立たぬ」状況に追い込まれて右往左往の状態だ。予想通り、米中対決が中国に進出している米欧日など外国企業を直撃し始めた。

一方、国連人種差別撤廃委員会の中国代表団は新疆ウイグル自治区の一部の人々に対する移住や再教育プログラムの存在を認めたものの、「ウイグル人100万人を再教育センターに拘束しているという議論は全くの嘘」と真っ向から否定。中国国営の英字紙グローバルタイムズは新疆で厳格な治安対策を行っているのは同自治区を米国主導の体制転換の標的となったシリアやリビアの二の舞としないための措置と反論した。

ジェノサイドは日本語では集団虐殺と訳され、一般にはナチスのユダヤ人大量虐殺を意味するホロコーストと同義に受け止められる最悪の人権侵害を想起させてしまう。米メディアの報道によると、米国務省法律顧問室は1月、「中国の行為は人道に対する罪に相当するものの、ジェノサイド(集団虐殺)であることを証明する十分な根拠は存在しない」と結論付けた。ところが、ブリンケン米国務長官はポンペオ前長官が退任間際の1月19日に語った「中国で起きているウイグル人などのイスラム教徒弾圧はジェノサイドだ」との見解を引き継いだ。

この米政府内での見解対立は、米国務省トップのポンペオ前長官とブリンケン現長官の発言に政治的意図が隠されている証だ。これを裏図けるように、米国務省関係者は「ブリンケン国務長官がポンペオによるジェノサイド認定を継続したのは、国務省の見解ではなく、ジェノサイド条約(1948年採択の集団殺害罪の防止および処罰に関する国際条約)の独自解釈に基づく判断だ」と述べたという。歴代の米国務長官は中国攻撃のため「大量虐殺」をことさら強調したがっていると言える。

■ウイグル独立を巡る動き

民族的にはトルコ系でイスラム教徒であるウイグル人は彼らを支配下に置こうとする中国と対立の歴史を重ねながら、中央アジアと中国を政治的、経済的に結びつける役割を果たしてきた。

1933年にウイグル人が主体となってウイグル西部地域に第1次東トルキスタン・イスラム共和国が建国された。新疆省政府を通じて東トルキスタンを支配していた中華民国政府はソ連に軍事介入を要請、ソ連軍は翌1934年初頭にウイグルに侵攻し、東トルキスタン・イスラム共和国の軍隊を壊滅させ、ごく短期間で共和国は崩壊する。続いて1944年から1946年にかけてウイグル北部に第2次東トルキスタン共和国=左地図=が樹立された。これは逆にソ連に支援された東トルキスタン独立運動によるものだった。

第一次大戦後のロシア内戦とシベリア出兵により大量のロシア人が中央アジアに流入し、その一部は中国領内のウイグル地域に入り込み一定勢力を形成する。第1次東トルキスタン共和国の建国は赤軍ソ連軍)と敵対する反ボリシェヴィキ勢力を主体とする人々が傭兵として独立運動に参加して起こしたクーデターが契機であった。

1949年末までに中国人民解放軍は新疆ウイグルを完全に武力制圧する。しかし、白系ロシア人(反ボリシェヴィキ勢力)と中国人ムスリム軍を率い中華民国・国民党軍についたユルバース・カーンが1950年に人民解放軍と戦闘を起こすが、敗北してインド経由で台湾に避難した。

このように二次にわたる東トルキスタン共和国樹立と崩壊を巡る動きには、主体となるウイグル人イスラム教徒勢力とともにロシア革命・ソ連邦に抵抗し続けた白系ロシア人の末裔も深くこれに関与している。米国は1949年に建国された中華人民共和国を西側から揺さぶるため分離・独立を求めるイスラム勢力とこの反ボリシェヴィキ勢力を活用することになる。

■米国の関与と支援

上で指摘した「国連人種差別撤廃委員会」で中国当局によるウィグル人ジェノサイドを告発したゲイ・マクドゥーガル米国代表の情報源は2015年に米国の後ろ盾で設けられた「中国人権防衛ネットワーク(CHRD:Chinese Human Rights Defender)」に属するウイグル人たちとみられている。さらにCHRDと並ぶウイグル問題の情報提供者がドイツ人アドリアン・ゼンズである。AFPの報道によると、ゼンズは3月に「中国は新疆の少数民族の労働者数十万人を強制労働させ、綿の手摘みをさせている」と主張する報告書を発表し、西側諸国による「中国たたき」の新たな火種を提供した。

中国問題研究者と称するゼンズは「共産主義被害者記念基金(Victims of Communism Memorial Foundation)」のシニアフェロー。同基金はクリントン政権が1993年に米議会で制定された法に基づき設けたもの。創設者はレーガン、ブッシュ父の両政権で国務次官補(旧ソ連圏・東欧担当)を務めたのをはじめ米政府高官職を歴任した、筋金入りの反共主義者ポーラ・ドブリアンスキー =写真=である。

ドブリアンスキーに同基金設立で大きな影響を与えたのがナチス元高官で第二次大戦後ウクライナに亡命して共産主義犠牲者記念財団を設立したヤロスラフ・ ステツコ( 1912– 1986)と言われる。ステツコは1946年に英情報機関MI6のエーゼントとなり、反ボリシェビキ国家ブロック(ABN、Anti-Bolshevik Bloc of Nations )議長に就任。ABNは1966年にアジア人民反共連盟と統合され世界反共連盟(WACL)となる。

このように反ボルシェビキ勢力は世界規模で米国政府や反共組織と連携し新疆ウイグル問題を通じて共産中国攻撃に深く関わることとなった。

中華人民共和国の新疆ウイグル制圧に伴い、亡命したウイグル人はトルコ・イスタンブールやドイツ・ミュンヘン、そして米国・ワシントンDCを拠点にして組織的に活動してきた。ミュンヘンには世界ウイグル会議、ワシントンDCには東トルキスタン亡命政府が設置されている。パキスタンには国連安全保障理事会、中国政府などがアル・カイダ系テロ組織と認定している東トルキスタン・イスラム運動ETIM)の拠点がある。これら亡命組織を上記のような米国政府肝いりのNGOや基金が後ろから支える格好となっている。

■相次ぐ騒乱と米のETIMテロ組織指定解除

1990年代半ばごろから高まってきた米欧諸国を中心とする「中国の台頭」の声に呼応するかのように、ウイグルの治安状況は悪化した。2009年7月のウィグル騒乱はそのピークとなった。西側は死者を数万人規模と発表したが、中国当局(新華社通信)のそれは192人だった。騒乱発生時、G8サミット出席にためイタリアに滞在していた当時の胡錦涛国家主席は出席を取りやめ急遽帰国した。当時の先進国首脳会議(G7)にはロシアも招かれG8と呼ばれていたが、2009年7月のG8には中国も招待された。騒乱発生が胡錦涛イタリア到着とほぼ同時だったのは偶然だったのか。

中国指導部の米国への憤怒を決定的にしたのは新疆ウイグル自治区ウルムチ駅で2014年4月30日に発生した爆破事件だ。中国当局は3人が死亡、79人が負傷したとされるこの事件を習近平国家主席の現地視察に合わせて実行されたとみている。事件はアル・カイダ系テロ組織と認定されている上記の東トルキスタン・イスラム運動ETIM)など「テロリスト」の仕業だと非難。これを契機にイスラム武装組織が新疆ウイグルをはじめ中国西域で活動を活発化すると懸念した。

新疆社会科学院の研究者らは「今回の襲撃は非常に巧みに組織化されており、習主席の訪問に合わせて実行された」「中国政府に挑戦していることは極めて明白」と語っていた。このような状況を背景に、中国当局は一般ウイグル人の一部をテロ組織から隔離、保護するため標準中国語学習を柱とする再教育センターや職業訓練所を設けたと主張している。ただし東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)などテロ組織との関係を嫌疑された者は少なくなく、かなりの規模の施設で厳しい取り調べを受け、「再教育」という名の下、懲役刑に服しているとみられる。

米国はこれを強制収容所として大掛かりな反中プロパガンダに利用し始め、ついにはジェノサイド認定に踏み切ったわけだ。2020年末には中国の上記のような「再教育」活動正当化の主張に水を浴びせかけるかのように米国務省は東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)を「テロ組織」の認定リストから除外した。1997年に創設されたETIMの母体「トルキスタン・イスラム党」(TIP)は2001年の米同時多発事件を受けて2002年に国連安保理、続いて2003年の中国政府、翌2004年には米国政府がテロ組織に指定した。このほか英国、欧州連合(EU)、ロシア、キルギス、カザフスタンなど7カ国も指定していた。

米国のテロ組織指定解除の理由は「リストから除外したのは、ETIMが存続している確証が10年以上前から得られていないため」という根拠の乏しいものだった。米諜報機関はETIMがシリアでアサド政権打倒を目指す反政府勢力に合流したことを確認しており、指定解除理由はでっち上げと言える。指定解除はポンペオ前米国務長官によって表明された。この際、ポンペオは「ウイグルでジェノサイド(大量虐殺)が実施されている」と再度強調した。

■米国の人権侵害の歴史を弾劾

中国側の溜まり積もった怒りが爆発したのが3月18日、19日に米アラスカ州のアンカレッジで開催された米中外交トップ協議の席でであった。「中国側は過去に例を見ないほど怒りを示した」と驚きの声が多数上がった。

中でも注目すべきは、米中対立が鮮明になって以来初めて公の場で中国側が侵略、大量虐殺を繰り返す米国史の暗部に切り込んだことだ。楊潔篪共産党政治局員=写真中央=は冒頭「一部の国」とぼかしながらも以下のように述べた。

「一部の国がしかけた戦争で多くの犠牲者が世界で出ている。しかし中国が他国に求めてきたのは、平和的発展の道を歩むことであり、これこそが我々の外交方針の目的だ。軍事力を行使して侵略したり、様々な手段で他国の政権を倒したり、他国の人々を虐殺したりすることは正当ではない。それらの行為は世界に混乱と不安定さをもたらすだけだからだ。結局のところ、そうした行為は米国のためにはならない」「だから我々は米国が自らの印象を変え、自国流の民主主義を他国に押しつけるのをやめることが重要だと考える。実際、米国民の多くは民主主義への信頼を失い、米政府に対して様々な意見を持っている」

これに呼応する形で、中国国営新華社通信の4月10日付配信記事は米国の対外侵略の歴史とその汚点をより具体的に次のように指摘し、糾弾した。

「中国人権研究会は9日、『米国の対外侵略戦争は深刻な人道的災害をもたらした』と題する文章を発表し、『人道的介入』を名目に対外武力行使を行う米国の悪辣な行為を暴き出した。同文は『こうした戦争は数多くの軍人の命を奪い去っただけでなく、極めて深刻な一般人の死傷と物的被害をもたらし、深刻な人道的災害を招いた』と指摘した。新華社が伝えた。

同文は第2次大戦後に米国の発動した一連の侵略戦争を列挙。『概算統計によると、第2次大戦終結から2001年までに世界153の地域で発生した248回の武力衝突のうち、米国の発動したものは201回に上る。また、米国は代理戦争の支持、国内の反乱煽動、暗殺、武器弾薬の提供、反政府武装組織の育成などの方法で頻繁に他国に干渉して、その国の社会的安定や民衆の安全に深刻な被害をもたらした』とした。

また同文は、『米国の発動した対外戦争は深刻な結果をもたらし、数多くの死傷者、施設の破壊、生産の停滞をもたらした。そして大量の難民、社会的動揺、環境危機、心理的トラウマなど一連の社会問題をもたらした。さらに関係のない国にも被害をもたらし、米国自身も自らの発動した対外戦争の犠牲者となった』

さらに『軍事行動によってもたらされた人道的危機の根源は米国の覇権的思考にある。覇権主義国家に他国の人権を守りに行くことを期待するのは、虎に向かってその皮をよこせともちかけるに等しい無理な話だ。自国利益至上の覇権的思考を棄て去って初めて、人道的災害の発生を防ぎ、互恵・ウィンウィンを実現して、各国の人々が基本的人権を真に享受できるようにすることが可能となる。』と強調した。」

■訪米後の菅フィリピン訪問

米国主導のインド太平洋構想という名の米印豪日の4カ国連携枠組み(クアッド)について「強烈な不満と断固たる反対」を表明した中国外務省の報道官は317日の記者会見では日本に矛先を向けた。

日本は喜んで米国の戦略的属国になり、信義に背いて中日関係を破壊した」と非難。「オオカミを部屋に引き入れ、地域全体の利益を売り渡した」と痛罵した。

菅首相は16日にバイデン大統領とワシントンで会談。帰国後はインドに先立ちフィリピンを訪問する予定だ。親中反米を標榜してきたドゥテルテ比政権も南シナ海南沙諸島の領有権を巡る中国側の強硬姿勢に最近はさすがに対中姿勢を硬化せざるを得ない状況に追い込まれている。1992年の米軍完全撤収まで米国外最大の米海軍基地だったマニラ北方スービック港を事実上の日米共同軍事基地として使い、南シナ海の中国軍と対峙したいワシントンはこれをチャンスととらえているようだ。

フィリピンの対米自立政権は「喜んで米国の戦略的属国」となり、自国(フィリピン)に赴く日本の首相の訪問を冷めた目でみているに違いない。

 

参考:2020年8月18日掲載記事「新冷戦への米国の情念「民主化」と体制転換 」を参照されたい。