■抜群な警察の支配力
官僚の頂点ポストである戦後歴代の内閣官房副長官(事務担当)には戦前に最有力官庁だった旧内務省系の自治、警察、厚生といった省庁の事務次官経験者が圧倒的に多い。2001年の中央省庁再編に伴い設立された総務省は規模の巨大さから「戦前の内務省を彷彿させる」との声も上がった。だが設立に関与した当時の石原信雄内閣官房副長官はこれを否定し、「戦前の内務省はずば抜けた権限を持つマンモス官庁だった…なかでも警察力を握っていることがスーパー官庁としての決定的な要素だった」と語ったという。この言葉は日本政府における警察庁の隠然たる、群を抜いた支配力を端的に物語る。
安倍晋三は第一次政権(2006-2007)の内閣官房副長官(同)に初めてとなった元大蔵官僚の的場順三を起用した。父、安倍晋太郎のブレーンであったのと、政治主導、斬新さを誇示しようとしたのが動機とされるが、これが裏目に出た。「安倍・お友達内閣」を担った閣僚の相次ぐスキャンダル、そして最後には自身の脱税疑惑に見舞われて政権は短命に終わった。この反省から、第二次政権では、警察庁公安部門の元締めを務めた後、内閣官房で情報調査室長、内閣情報官を歴任、続いてGHQ参謀2部の系譜をひく政府系情報機関の長の座に7年以上あった杉田和博を退陣するまで8年近く起用し続けた。ワシントンの諜報機関と深く繋がり、内閣人事局長を兼任し、警察はもとより霞ヶ関全体に絶大な影響力を及ぼす元警察官僚を最側近として登用したことが歴代最長政権誕生をもたらした要因の1つと言えまいか。
■警察支配はピークに
来年4月に80歳になる杉田氏はいつまで官房副長官であり続けるのか?後継者の最有力候補が北村滋・国家安全保障局長である。同氏は63歳。杉田氏と同様、警察庁では警備・公安部門を中心にキャリアを積み、警備局外事情報部外事課長として安倍の下で北朝鮮による日本人拉致問題に取り組み、対北朝鮮でも、外交ルートとは別に「情報機関ルート」の構築に尽力したという。2006年9月の第一次安倍政権発足で首相秘書官となる。民主党政権下の2011年12月に内閣情報官に就任して、12年末に政権復帰した安倍首相の下で留任した。そのやり手ぶりは評判となった。日本のメディアはナチス・ゲシュタポ(秘密警察)をもじり北村氏を「官邸のアイヒマン」と”どす黒く非情な人物”に例えて、悦に入っている。
2019年9月の内閣改造に伴い、内閣総理大臣が議長を務める日本版国家安全保障会議(NSC)の事務局・国家安全保障局(NSS)の局長となる。前任は谷内正太郎元外務事務次官であり、外務省などから「外交未経験者に首相に直結するNSSトップが務まるのか」との疑問、やっかみの声が噴出した。しかし、間もなく日本政府関係者の多くは「米中露といった大国は北村氏を安倍首相に近い存在としてを重視している」と認めるようになる。
2020年1月に米国とロシアを相次いで訪問した際、トランプ大統領、プーチン大統領は閣僚でもない北村氏を厚遇し、短時間ながら面会した。延期が決定した中国の習近平国家主席の国賓としての訪日に関しては、中国共産党政治局の外交担当責任者の楊潔篪らと折衝を重ねた。
また菅政権が発足すると直ちに訪米し、9月24日にはオブライエン米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)と会談。北村氏は「菅内閣は日米同盟をさらに強化していくとの方針に変わりはない。『自由で開かれたインド太平洋』を戦略的に推進していくために日米は緊密に連携する」と説明し、両国の国家安全保障会議(NSC)の意思疎通を一層推進することで合意したと伝えられた。
名目上は事務方であるが、実際は閣僚ポストを凌駕する活動ぶりである。自公政権が続く限り、杉田氏が退任すれば、内閣官房副長官ポストが北村氏に禅譲されるのはほぼ間違いない。その場合、NSS局長は兼任となろう。杉田氏が兼任していた官僚支配の「伝家の宝刀」である内閣人事局のトップまで兼任するのは困難だろうが、この重要ポストも警察上がりが就任する可能性が高い。そうなれば内閣の警察支配はピークを迎える。
■米欧との絆
杉田、北村両氏とも在フランス日本国大使館に3年赴任している。北村氏はさらに警察庁入庁後すぐにフランス随一のエリート官僚養成学校・フランス国立行政学院(ENA)に留学した。東西冷戦まっ只中にパリを拠点に欧州各国を歩いた杉田氏と冷戦終焉直後の1990年代前半に活動した北村氏とは経験にかなりの差異はあろう。しかし社会主義思想の発祥の地にして、ロシア革命勃発までコミュニズム運動の総本山だった西ヨーロッパ、とりわけフランスで公安活動、つまり情報収集・破壊工作の基礎を叩き込まれたことは共通している。
また対ソ連圏への経済封鎖・制裁を図る対共産圏輸出規制委員会(ココム)の本部は在フランス米国大使館に置かれていた。中国が台頭するまでは冷戦の最前線は欧州大陸にあった。中国に対する経済封鎖・制裁のために対中新ココムとも呼ばれる新組織が設けられつつある中、北村氏らが欧州で培った人脈とノウハウは日本のみならず米欧で重宝されていることだろう。
警察官僚のワシントンとの繋がりについては繰り返し強調した。日本は2018年、北大西洋条約機構(NATO)に事実上加盟し、インド・太平洋地域、とりわけ南シナ海におけるイギリス、フランスとの防衛協力を推進している。こんな中、ドイツ政府は9月に「インド太平洋ガイドライン」を発表し、英仏に共同歩調する姿勢を示し始めた。北村国家安全保障局長は10月26日、ドイツのヘッカー大統領補佐官(外交・安全保障担当)と電話協議を行い、「自由で開かれたインド太平洋」に連携して協力することで合意した。
東南アジア諸国が中国包囲網入りにたじろぐ中、欧州のNATO中核国の英仏が米日と連携して西太平洋に進出した。欧州連合の盟主ドイツもそれに参加する兆しを見せ始めた。アジア版NATO形成が難しい情勢にあるため、米国主導で英仏そして独というNATO主要国が自ら東アジア、西太平洋入りすることになった。
日本の警察官僚は今や米欧と深く繋がり、「世界の警察官」の補佐役として重用されている。
■日本会議の変質
安倍晋三が第一次政権と第二次政権との「充電期間」にネオコンと積極的に交流したことは既に指摘した。ハドソン研究所上級副所長のルイス・リビー、ジャパンハンドラーとして名高いマイケル・グリーン、そして超党派の対日司令塔である戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長などを歴任したパトリック・クローニンらの名前が挙げられる。北村氏とグリーンらとの接触もしばしば伝えられてきた。
安倍氏が第一次政権を放り出した直後の2007年、日本会議はその傘下に公益財団法人・国家基本問題研究所を設立した。理事長の櫻井よしこ、副理事長の田久保忠兵衛・日本会議会長をはじめこの「オピニオン機関」は当然にも日本会議系でしかも親米の右翼論客で固められている。
彼らは本体の日本会議と違って東京裁判を全面否定して、米国に歯をむき出しにすることはしない。その任務の大半が中国と韓国への攻撃、とりわけ「非民主・独裁国家」中国の「領土拡張」「侵攻」についての警戒を訴え、対中憎悪を煽っている。そのために対米協力を訴え、改憲、軍備拡大が必要と叫ぶ。まさに「親米プロパガンダ工場」の柱の一つなのだ。
この動きは戦前体制を美化する生長の家、神社本庁など超国家主義集団を柱とする日本会議を変質させるものであった。言葉を換えれば、それは第二次安倍政権成立に向けての基盤固めとなった。その陰で日本をアジアにおける反中の拠点とすると同時に、未だ皇国史観にとりつかれた日本の極右・超国家主義者を上手く泳がせて利用していこうとする米ネオコン主導の対日政策遂行集団が暗躍している。日本の警察、公安、情報機関がこれと手を携えているのは疑いの余地がない。