1873年(明治6年)に群馬県の官営富岡製糸場で伝習工となった和田英が残した「富岡日記」は、式典の際に正装して現れたフランス人技師ブリュナ夫妻の姿を「まばゆいばかりの美しさ」と記している。当時の日本人にとって、文明の高度な発達のみならず、西欧上層階級の人々にみられた「ため息が出んばかりの」立ち振る舞いは、その後富岡から全国各地の製糸工場の指導者となって散った和田ら元伝習工が長く語り継いだはずだ。以来、人々は洋行帰、舶来品に憧れ、「外国とは欧米」であった。つい半世紀前、戦後の初期海外旅行ブーム時の行き先がそれを物語った。今や我々は呪縛となった脱亜入欧を乗り越え、より強く「アジアの日本」を自覚すべき時に際会している。
■忸怩たる「100%米国とともに」
日本人の心に深く刻みつけられた「欧米崇拝」「脱亜入欧」の心情はG7主要国首脳会議(米英仏独伊加日)から帰国した安倍晋三元首相の口から誇らしげに発せられた「世界の中心で輝く日本」に凝縮された。だがそこには戦前のベルサイユ体制を機とする「欧米と並ぶ世界の一等国日本」という時代錯誤な郷愁が込められていた。また、その言葉の裏に、米国に破壊され尽くされ、殺傷されて裸同然となった未曾有の敗戦に伴う屈辱感と劣等感を拭いきれず、同時に奇跡とされた戦後の高度経済成長を復古的な国家主義の視点からプラウドする錯綜した思いを見て取ることができた。
史上最長8年8ヵ月にわたって内閣総理大臣を務め、退陣後まもなく暗殺された安倍晋三(1956-2022)は「100%米国とともにある」と過剰な従米的言辞を重ねた。この過剰なへつらいはその心情の底にあるものを隠そうとするものだった。彼は実際には東京裁判否定、日本国憲法否認、靖国参拝、英霊尊崇に強くこだわり、ロシア・プーチンとは深く交流を積み重ね、米エスタブリッシュメントの感情を逆なでし続けた。つまりその心情の底に激しい反米感情があることは容易に見て取れた。
ただし、この「反米感情」とは日本を対米戦争へと誘導したウォール街を中核とし、外交問題評議会(CFR)、さらにはロックフェラー財団の寄付が始まりロックフェラー3世が初めて参加した1929年京都会議=写真=以降の太平洋問題調査会(IPR)を拠点にアジア太平洋・中国を牛耳ろうとしていたグローバリストアメリカンに対する敵意である。ディープステート(DS)を解体し、グローバリストを壊滅させると宣言したトランプ米次期大統領と安倍、プーチンが意気投合できたのはこのためではないのか。もしトランプが二期目就任後、安倍暗殺の真相について部分的にせよ明らかにするようなことがあれば旧来の日米関係は逆転しよう。世界はトランプ体制の継承に関心を注がざるを得なくなる。
■安倍晋三の死とは何か
和田英が富岡で働き始めてからわずか32年後。「大国ロシアに勝利した」アジアの小国日本の名は西ヨーロッパの片隅にもとどろいた。「ドイツの庶民が日本の名を知ったのは日露戦争だった」。1980年、当時78歳のドイツ人男性が教えてくれた。二つの大戦を経験したドイツ庶民は根っからのロシア嫌いが圧倒的なだけに、第二次大戦の同盟国・日本には特別な感情を抱いていた。街を歩いていると「カイザー・イロヒトは偉大だ」と語り掛けてきて握手を求められたこともあった。安倍が一日本人現地滞在者としてこんな体験をすれば感激のあまり「天皇陛下万歳!大日本帝国万歳!」とその場で叫んだかもしれない。
あれから半世紀近く経た。世界中の第二次世界大戦の従軍者、戦渦にあい悲惨な体験を語れる市民はほぼ死に絶えた。日本の保守政治家でも田中角栄、後藤田正晴、鈴木善幸、野中務、そして宮沢喜一までが「戦争経験者のいない日本政界は危うい」と憂慮していた。それは米DS・グローバリストにとっても同様であったようだ。仮に安倍の殺害が山上徹也の単独犯行ではなく米軍特殊部隊や米工作機関などが組織的に何らかの関与をしたとすればその理由は何であろうか。
その答えはこうなろう。
「安倍は戦争体験もない軍事憧憬者。満州国運営の中枢を担い、戦時の東条内閣商工相を務めたA級戦犯容疑者の祖父らに感化され、対中侵略戦争、米軍の対日占領、東京裁判を否定する狂信的天皇崇拝者。しかも10年近く首相を務め日本を必要以上に右傾化し、岩盤保守層を大きく拡大させた。過剰な右傾化、復古主義にぶれすぎた日本を是正するためにも安倍は生かしておけない」。
「ネオコン、CSIS、CIAを動員して安倍を教育した。統一教会・勝共連合、神社本庁、似非右翼日本会議、復古的国家主義者らを結集し安倍を神輿に担いだ。尖閣、台湾有事を煽り日本人の嫌中感情と中国脅威感を最高度に高め、日本に可能な限り軍拡させる。日本を事実上NATO加盟させ、自衛隊をグローバルな米軍補完部隊とし、インド・太平洋から、さらには中央アジア・イスラム圏からの対中封じ体制はほぼ達成した。」
「数ある安倍のための神輿組織のうち最も問題なのは『創生日本』だ。戦後の否定、復古主義、超国家主義を前面に押し出している。安倍は不審な死を遂げた中川昭一を継ぎ2008年に会長に就任した。その活動は、日本の伝統と文化を守り、疲弊した戦後システムを見直すとしている。第2次安倍政権発足前の野党時代に行われた研修会では、「憲法改正誓いの儀式」と気勢を上げ、「自民党の憲法改正案には、国民主権の遵守、基本的人権の尊重、 と平和主義を唱えたが、これらはGHQによって押し付けられたものであり、戦後体制の本質そのものである。これらが取り除かれれば、真に独立した憲法にはならない」「2600年もの間、皇室を崇拝してきた日本だけが道徳的超大国を目指す資格がある」「日本にとって最も重要なのは、皇室と国体である」などと声を上げた。
「2014年に第2次安倍政権は閣議決定で、集団的自衛権の行使を容認して、現行の平和憲法を無視し、超越した。これで危険な安倍派(自民党清和会)の役割は終わりを告げた。あるグループは彼らを追い払う機会をうかがっていた」
■近代日本:30年毎に興亡
人生100年と言われる現代において、30年は決して長いものではない。1867年から2024年までの150年間で、明治維新、日露戦争と日本の五大国入り、対米敗戦、高度経済成長とバブル経済、失われた30年という5つの主要な出来事が、約30年ごとに起きた。なぜこんな有為転変が起こったのか。また「失われた30年」は「40年」と「50年」と続き、その間に一人当たりGDPで上位にランクインしてきたシンガポール、韓国、香港、台湾などのアジア諸国・地域との差が広がり、日本はあらゆる面で「アジアの盟主」である中国に遅れをとる可能性が高い。
「衰退途上国」と揶揄される日本にとって、出口はあるのか?この150年を振り返ると、(1)幕末・明治維新から日露戦争までのイギリスへの依存、(2)日露戦争から日本が五大国入りしてから日本がアメリカに敗れるまでは、日本はアメリカとの摩擦を激化させて戦争を始めた。3)日本の敗戦後、日本は民主化を試みたアメリカへの軍事的服従と、アメリカとの深刻な経済摩擦を経験した、4)失われた30年では、アメリカに日本の国富を奪われながらも、日本は軍事大国へと変貌し、自衛隊はアメリカ軍を補完する部隊となった。 この150年間、自滅に終わった対米戦争をめぐる出来事を除けば、日本は基本的に米英の支配下にあった。 したがって、言える最低限のことは、独立する唯一の方法は、米英アングロサクソンの世界戦略の駒であることを放棄し、 その支配から自由になることだ。 出口は見当たらない。だが、当然のことながら、永田町を含め暗闇の中で手探りを続ける日本人もいる。
その捜索の最中に、安倍が殺害された。永田町は激震し、1955年以来「米国と共にいた」与党自由民主党議員の心を凍らせた。彼らは事件の真相究明に動かず、完全に沈黙した。山上徹也被告は安倍が旧統一教会と共謀したていたことに対する怒りから犯行に及んだとされたまま、裁判官、検察官、弁護士の法曹三者の心も凍りつかせた。事件から間もなく3年が経つ。にもかかわらず、初公判開催は露骨にサボタージュされている。法務省のデータを参照すれば、審理迅速化のための裁判員裁判はとっくに一審判決を言い渡している。
明らかに癒着が闇の間から垣間見えている。肉声での山上被告の主張、被告人本人の罪状認否や尋問すらなされない異常事態に対し、選挙での不利益を考えてか、安倍取り巻き議員ですら異議申し立ての声を出さない。それどころか自民党裏金疑惑で最大派閥安倍派(清和会)はあっさり解体、消滅した。安倍の死を巡る日本の司法、行政、立法、メディアの動揺は尋常ではない。それは巨大な闇に包まれ、山上抹殺により真相を「パンドラの箱」に封じ込めそうな予兆すら漂う。
■解体されるパクスアメリカーナー国連、ネオコン、トランプ
1989年の東西冷戦終焉と1991年のソ連邦崩壊はまず第二次大戦の戦勝国組織で不戦を誓う憲章を採択した連合国(United Nations)ー敗戦国日本では国際連合と呼ぶーを決定的に形骸化した。元々、五大国で組織した安全保障理事会は米英仏VSソ連中国という冷戦構造の反映で機能せず、事実上国連の集団的自衛権は一度も発動されなかった。朝鮮戦争時の「国連軍」は名ばかりであり、実際は米軍主導の多国籍軍であり、ソ連軍を後ろ盾する北朝鮮、中国と戦った。
ソ連の崩壊した翌1992年2月に米国は国防指針(Defense Planning Guidance,DPG)を作成した。2001年9月11日の米同時多発テロ事件を受けた米国の新戦略思想(通称:ブッシュドクトリン)に先行し、その基盤となるペンタゴン秘密文書であった。同ドクトリンはイラク戦争実施の大義名分となったテロリスト及び 大量破壊兵器 を拡散させかねない「 ならず者国家 」に対し、必要に応じ「自衛権となる 先制攻撃」を発動するという近代思想に反逆する弱肉強食の破綻論理であった。
1992年DPGは、ポスト東西冷戦期の米国家安全保障戦略書の一環としての国防政策指針で、文書作成のために当時の国防次官ポール・ウォルフォウィッツをはじめ名だたるネオコンが結集した。米国は西ヨーロッパ、アジア、または旧ソ連圏においてライバルになる超大国が出現しないよう備え、最終目標として米国によるユーラシアでの覇権掌握が示唆されている。詳細は、2022年3月21日掲載記事「ウクライナ・ネオナチや日本会議操る米ネオコン 覇権維持に手段選ばず」で論述した。
DPGという国防指針の核心的問題点は、「世界の秩序は米国によって維持されなければならず、米国は単独でも行動する」との表明だ。つまり、「冷戦後の世界ではアメリカのライバルとなる超大国の台頭は許さない」との宣言であった。潜在的ライバルにはロシア、中国ばかりか、日本、ドイツも含まれている。オフショアバランシング戦略を使いながらも、ブッシュ、オバマ、バイデンの歴代米政権は多国籍巨大資本、ディープステートの意向に沿いながら米軍、同盟国軍、NATOを世界規模に配置してグローバリズムを貫徹してきた。
これはウィルソン米政権以来の国際連盟、パリ不戦条約、国連憲章といった集団的安全保障体制構築の試みと「戦争は犯罪」論を根底から否定する、米国単独覇権の宣言だった。グローバリズムには多国籍資本による市場経済の国境なき動き、国連中心による多極的世界秩序の形成、超理想主義の世界連邦的組織による民族主義、国民国家の止揚ーなどが挙げられてきた。米ネオコンのグローバリスムは、米国ばかりか世界各国の社会格差、そして国家間格差を劇的に拡大させるもので、19世紀後半から20世紀にかけての帝国主義列強による世界植民地分割の再来といえ、とりわけユーラシア制覇が彼らの「見果てぬ夢」となっている。
一期目のトランプはニクソン政権などで国家安全保障担当大統領補佐官や国務長官を務めた米政治学者ヘンリー・キッシンジャー(1923~2023)を事実上の外交特別顧問とした。ワシントンの情報筋によると、ウィーン体制を基調とする古典的な勢力均衡論者であるキッシンジャーはトランプのグローバリズム解体論に好感を抱いたのか、「時代の転換期にはトランプのような奇妙な奴が現れ大きなことをなすこともある」と語ったという。
上で述べた安倍の「反米感情」とは米国主導のグローバリズムに対してであり、反感がウォール街に向けられていたとすれば、トランプ、プーチンと意気投合するのは当然である。日本のメディアは安倍、プーチン会談を北方領土問題に限定して報じたが、米英グローバリズムによる世界支配と不即不離の日米安保条約が日露関係を決定的に阻害している現状への対処が裏の課題だったのではないか。両者の30回近い会談の積み重ねがそれを黙示している。
【写真】森喜朗元首相と抱擁する形で握手するプーチン露大統領、満面の笑みで見つめる安倍晋三=2016年12月16日、山口県長門市で。
安倍暗殺の報を聞いて、トランプが昭恵夫人に電話し、その後もほぼ定期的に連絡してきていたのは、トランプも「シンゾー抹殺にディープステート、グローバリストが絡んでいるはず」と直感したからと推察される。だめ押しは、トランプも2024年7月の選挙運動中にすんでのところで暗殺されかけたことだ。
12月の政権移行で忙殺されている中、トランプが昭恵夫人をわざわざ一日時間をあけてフロリダの別邸に招待したのは「よほどの事情があった」とみるべきである。この問題は、2024/12/16「トランプ、安倍夫人に元首相の暗殺背景を語る?? なぜ就任前に実行」など安倍昭恵フロリダ訪問関連記事に詳しく書いた。
二期目のトランプ外交、とりわけ対ロシア、拡大BRICSに注目したい。前者は歴代の米ネオコン政権が目指したユーラシア制覇とウクライナ戦争の行方、後者はIMF、世銀、米軍を核とするパクスアメリカーナの行方だ。旧植民地国・グローバルサウス主体の拡大してゆくBRICSにトランプ政権が融和的姿勢を示せば、世界の構図は決定的に変化し、新たな世界秩序形成への兆しが膨らむ。日本を150年余り呪縛してきた「脱亜入欧」は止揚へと向かうことになる。
注:本稿は2024/12/06掲載「非米欧世界に眼を向け、敗戦の「軛」からの自由探れ」の続きです。