日本列島は、21世紀に入ると、中国、ロシアというユーラシアの大国と敵対する「前線基地」となった。対米敗戦がもたらした20世紀型の「反共の防波堤」からの変化は、単なる政策の転換ではない。それは、ポスト冷戦期の主役に躍り出た台頭する中国を封じ込めようとするアメリカの戦略が地政学的な形を取って攻撃的なものとして具現化した結果である。
80年前の敗戦直後、日本は自らの安全保障を語る言葉を失った。国家の根幹が崩れ落ちたその瞬間から、日本人は「外圧に従うことが生き延びる道である」という根深い心理を抱え込むことになった。
7年間に及ぶ占領期の無力感はアメリカへの全面的な依存心を生んだ。そして「アメリカに守られた日本」という物語が、この心理を国家の深層に沈殿させた。1960年の日米安保条約改定は、その心理を制度として固定化した。「安保体制打倒」という巨大な社会運動ののちに残ったのは、「日本は自らの安全保障を語れない」という沈黙であり、外の世界を自分の言葉で見つめる力を失った国の姿だった。
日本は、自らのまなざしを手放し、アメリカのまなざしを借りて世界を見る国へと変わった。冷戦が終わった1990年代、日本は自らの安全保障を再構築する好機を得た。実際、その動きが出ると直ちにアメリカに潰された。
現実には、日本は、湾岸戦争、PKO協力、周辺事態法、テロ特措法、アフガン戦争と続く、有無を言わさないアメリカの戦略への追随を強いられた。とりわけ、国防次官補ジョセフ・ナイを中心に作成された「東アジア戦略報告」(1995年2月、ナイ・レポート)は日米関係を「米国の太平洋安全保障政策及びグローバルな戦略目標の基盤」と位置づけられ、日米安保は再定義された。やがて日本は北大西洋条約機構(NATO)のグローバルパートナー、すなわちNATOの集団安全保障の一環に組み込まれていく。
日本は対米追随を“安全保障”と誤認し、外の世界へのまなざしをさらに手放していった。
その結果、「アメリカの戦略=日本の安全」という歪んだ等式が、国家の深層に定着した。
そして2020年代、この長い変質の過程は臨界点に達する。日本列島周辺での多国間軍事演習は、2006年の3回から2023年には56回へと18倍に膨れ上がり、2024年・2025年にはさらに増加した。日本海と東シナ海は、米軍だけでなく、英・仏・独など欧州NATO勢が常時展開する“準NATO海域”へと変貌した。
日本列島は、「反共の防波堤」ではなくなった。米英NATOが東端からユーラシア大陸に圧力をかけるための“前進拠点”として扱われている。
この変化は必然である。
それは、1945年から続く日本の「外の世界へのまなざし」の長い変容の帰結であり、「2040年危機」に向け衰退を続けている日本の人々に大きなツケを払わそうとしている。
■戦後日本の“二重の身ぶり”
――対米従属と対中忖度の同時進行、主体性の欠如と地政学的危険
日本列島周辺での多国間軍事演習が急増し、日本海と東シナ海が“準NATO海域”へと変貌する中で、ただ一つ、日本が慎重に距離を置き続けている海域がある。
それは中国がほぼ全域の領有を主張する南シナ海である。
米軍は2015年以降、英・仏・独などNATO勢とオーストラリアを率いて「航行の自由作戦」を展開してきた。しかし日本は、この作戦に一度も参加していない。
米英NATOの戦略に深く組み込まれながらも、中国との直接衝突だけは避ける。この“二重の身ぶり”こそ、戦後日本の外交と安全保障を貫く特徴である。日本は、アメリカの世界戦略の外縁部として前線基地化を受け入れながら、同時に中国に対しては「刺激を避ける」という姿勢を崩さない。
対米従属と対中忖度が同時に進行するという、相反する二つの行動原理が、ひとつの国家の中で矛盾なく共存してしまっている。
この矛盾は、単なる外交上の器用さではない。それは、1945年の敗戦以来、日本が自ら世界を見る力を失い、外圧に対して“従う”ことを生存の条件としてきた歴史の帰結である。アメリカには従う。しかし中国とは衝突したくない。
その結果、日本は主体的な判断を避け、「どちらにも逆らわず、どちらにも自ら踏み込まない」という、きわめて不安定な立ち位置に立たされている。
だが、この姿勢は地政学的には極めて危険である。主体性を欠いた国家は、周辺大国から「自ら動かず、外から押せば動く国」と見なされる。その瞬間、日本列島は“自分の意思で動く主体”ではなく、アメリカと中国という二つの大国が、それぞれの戦略目的に応じて押し引きする“可動部分”として扱われてしまう。
アメリカにとって日本は、ユーラシア東端の前進拠点であり、中国にとって日本は、米軍の最前線基地である。どちらの大国にとっても、日本は“自ら動く存在”ではなく、相手の戦略を成立させるために必要な地理的装置として位置づけられている。
日本が主体的に動かない限り、日本列島は「自らの意思ではなく、他者の戦略によって動かされる場所」として固定されていく。南シナ海への不参加は、この危険な構造を象徴的に示している。
日本は米英NATOの戦略に深く組み込まれながらも、中国との直接衝突だけは避けたい。
そのため、南シナ海では沈黙し、東シナ海では緊張を抱え、台湾問題では時に「台湾有事は日本の有事」として攻撃的な姿勢を取り続けるという、戦後日本特有の“二重の身ぶり”が続いている。
この“二重の身ぶり”は、戦後日本が自らの安全保障を語る言葉を失い、外の世界を自分の言葉で見つめる力を喪失したことの帰結である。そしてこの主体性の欠如こそが、日本にとって最も深刻な地政学的リスクとなっている。
■歪みの起点──1945年、「外の世界へのまなざし」の喪失
1945年、日本は敗戦によって国家の根幹を失った。その瞬間から、日本人の「外の世界へのまなざし」は深く歪み始める。敗戦国としての無力感、占領軍への絶対的服従、そして「アメリカが守る」という物語が、日本人の心に「外圧に従うことこそが生存の条件である」という感覚を刻み込んだ。
この時期、日本は自らの安全保障を語る言葉を失い、世界を自分の目で見る力を奪われた。ここに、戦後日本の長い歪みの起点がある。
■歪みの蓄積──1960年安保と“沈黙の国”の誕生
1960年の安保改定は、日本の歪みをさらに深くした。あの巨大な社会運動ののちに残ったのは、「日本は自らの安全保障を語ってはならない」という沈黙だった。国家の安全保障を語る言葉を持たない国は、外の世界を自分の言葉で見つめることができない。
日本はこの時、自らのまなざしを手放し、アメリカのまなざしを借りて世界を見る国
へと変わった。この沈黙は、戦後日本の政治文化の深層に沈殿し、以後のすべての対外政策を縛り続けることになる。
■歪みの制度化
──2010年代、日本は“自らの手で”対米追随を法制度に変えた
1990年代に始まった対米追随の制度化は、2010年代に入ると、さらに深い段階へと進んだ。この時期、日本は初めて「自らの手で」アメリカの戦略に組み込まれる法制度を整え始める。それは、外圧に押されて仕方なく従うという段階を超え、自国の法体系そのものをアメリカの世界戦略に適合させるという質的転換だった。
その象徴が、2014年の「集団的自衛権行使の容認」である。本来、戦後日本の安全保障の根幹は「自国が攻撃されたときのみ武力を行使する」専守防衛という原則にあった。
しかし2014年、日本政府はこの原則を覆し、「日本が攻撃されていなくても、同盟国アメリカが攻撃されれば日本も戦う」という論理を公式に認めた。
この決定は、憲法解釈の変更という形式を取ってはいたが、実質的には戦後日本の安全保障観を根底から書き換えるものであり、1945年以来の「外の世界へのまなざし」の歪みが、ついに法制度として固定化された瞬間だった。
翌2015年には、新安保法制が成立する。この法制は、集団的自衛権の容認を実際の運用に落とし込み、日本がアメリカの軍事行動に参加するための法的枠組みを整えた。ここで日本は、「アメリカの戦争に参加する国」へと明確に踏み出した。
この時期、日本の政治は「自国の安全保障をどうするか」という問いを完全に手放し、「アメリカの戦略にどう適応するか」という思考だけが残った。外の世界を自分の言葉で見つめる力は、ここでほぼ完全に失われた。
■歪みの爆発──岸田政権の安保3文書と“前線基地化”の完成
そして2020年代、歪みはついに爆発する。岸田政権が2022年に決定した「安保3文書」は、戦後日本の安全保障政策を根底から作り替えるものであった。その核心は、「日本をアメリカの前線基地として再編する」という一点にあった。
安保3文書は、日本の防衛政策を次のように転換した。
• 敵基地攻撃能力(反撃能力)の保有
• 長射程ミサイルの大量配備
• 南西諸島の要塞化
• 米軍との統合運用の深化
• NATOとの協力の制度化
これらはすべて、日本列島を“ユーラシア東端の軍事拠点”として再配置する政策である。
その結果、日本周辺での多国間軍事演習は急増し、2006年の3回から2023年には56回へと18倍に膨れ上がった。2024年・2025年にはさらに増加し、日本海と東シナ海は、米軍だけでなく英・仏・独など欧州NATO勢が常時展開する“準NATO海域”へと変貌した。
ここに至って、日本列島は完全に「反共の防波堤」から「ユーラシア前線基地」へ
と変質した。
これは偶然ではない。1945年の敗戦から始まった「外の世界へのまなざし」の歪みが、80年の時間をかけて制度化され、2020年代に地政学的な形を取って爆発した結果である。
■そして2040年危機へ──歪みのツケを払うのは誰か
この歪みの帰結として、日本は2040年に向けて深刻な危機に直面している。人口減少、社会保障の崩壊、労働力不足、財政の限界。これらの国内危機に対し、政府は「外の脅威」=「かつてない安全保障環境の悪化」を強調することで、国民の不安を外部へと向けさせている。
ユーラシアの東端で脅威を煽り、挑発しているのはアメリカ、日本とNATO諸国である。
しかし、「自作自演」の外からの脅威が強調されればされるほど、日本は“前線基地”としての危険を増し、その財政的なツケを払うのは、2040年を生きる国民である。それは80年かけて歪めてきた「外の世界へのまなざし」の総決算となる。