情報遮断された安倍暗殺事件公判の行方 総選挙と翼賛メディア 

明らかに「真相を闇に葬ろう」とする政治的思惑が透けて見えるー。安倍晋三元首相銃殺事件を巡る政府、司法(検察、裁判所)、そして大半の大勢順応メディアの動きだ。2022年7月8日の事件発生から間もなく1周忌を迎えようとしているのに、公判前整理手続の終了と初公判の期日についての情報は遮断されたままだ。そもそも山上徹也容疑者を精神鑑定のため留置する必要はなかった。百歩譲っても鑑定留置は慣例上せいぜい3カ月であり、半年に及んだ鑑定留置は極めて異常。精神鑑定以外の目的があったと疑うのが自然である。加えて公判が裁判員裁判となるため公判前整理手続が必要であることを逆手に取り、これまた2023年1月の容疑者起訴に伴い速やかに開始されるべき整理手続きは6月12日にようやく始まり、来年以降に延々と引き延ばそうとしている。G7サミットを受けて6月にも予想される解散総選挙後には整理手続きを終え、8月にも初公判が開かれるとの見通しは甘かった。メディアはできるだけ沈黙しようとしている。ただなかには露骨に司法、政府の意思を「正確」に代弁するものも散見される。

注:6月12日に予定されていた第一回公判前整理手続は奈良地方裁判所に同日不審な小包が山上被告宛に届いたため、取り消しとなった。延期とは言われていない。これで安全確保を理由に同被告を欠席させて整理手続が行われる可能性がある。

■「鑑定留置は違法」

まずは山上被告が残した1,100件を超すツイートをみても、その内容の是非は措き、思考のレベルの高さ、論理性、明晰ぶりがうかがい知れる。それは犯行動機を人生を暗転させた旧統一教会とそれに結び付く安倍に対する私的怨恨とし、政治的な犯行ではないとの矮小化を打ち砕く。ツイートの内容分析は成蹊大学の伊藤 昌亮氏が「全ツイートの内容分析から見えた、その孤独な政治的世界」と題して綿密におこなっている。これによって事件発生直後の警察発表を鵜呑みにした「『政治的主張が動機ではない』と供述」との報道は信ぴょう性を失った。逆に私怨でなく政治的主張が主たる動機であるために、精神鑑定を名目に独房で長期に及ぶ「マインドコントロール」「洗脳」を必要としたのではとさえ疑いたくなる

これを裏付けるように今年4月に関西テレビの取材に応じた弁護士である山上の伯父はこう憤っている。

「責任能力なんて問えるに決まっている。(検察は)鑑定の必要性について具体的理由を公表すべきだった」「この鑑定留置は法律が必要としている疎明ができているとは思えない。違法です。つまるところ、加熱した世論の沈静化を待つためのものだった」

山上被告には奈良弁護士会所属の複数の弁護士が国選弁護人として選任されているようだ。だが彼らが山上の伯父のように「鑑定留置を違法」と主張して抗告に動いた形跡はない。匿名の弁護団がメディアに登場したのは2回だけ。2022年11月29日までとされていた山上容疑者の鑑定留置が検察の要請で2カ月延長された際、これを不服として裁判所に準抗告した件。もう一つは山上被告が起訴後に奈良から大阪の拘置所へ移送されたことで最高裁に特別抗告を申し立てた件である。特別抗告は棄却されたが、報道によると弁護人は「なぜあえて例外的取り扱いが必要なのか、検察官からも裁判所からも合理的な説明は何一つない。被告人の権利利益が侵害されることを座視できない」として奈良拘置支所で勾留すべきだと訴えていた。

■真相隠す公判前整理手続の非公開

ジャーナリストの江川紹子氏らが慣例として非公開で行われている公判前整理手続の公開を裁判所に求める訴えも行った。裁判の行方を決定づける極めて重要な整理手続きの動きを部分的にせよ公開できるのは弁護団だけだ。大阪拘置所に身柄移送された際の「被告人の権利利益が侵害されることを座視できない」との抗議はなかったかのように公判前整理手続の公開を拒む司法当局に対して弁護団も口をつぐんでいる。原則被告人も整理手続きに出席できる。出席を許されても山上被告の意見陳述が公開されることはない。また欧米などでは被告人に有利な証拠の開示、公判前に全ての証拠の被告人、弁護人への開示が検察官に義務付けられているのに日本の現状はお寒い限りである。

本ブログは2022年12月30日付で「安倍暗殺事件公判の始まる2023年 戦後政治の暗部を炙る」との記事を掲載したが、その中で「この事件は公判を通じて戦後史、とりわけ日米韓関係の暗部、近代天皇制が米韓工作機関により文鮮明の主宰するカルト教・統一教会のモデルにされたという巨大な闇に触れかねない。それを避けるための徹底した準備が司法、行政一体となり行われていると疑わざるを得ない。検察、裁判所をはじめ日本の関係当局は全力を挙げて山上公判を統一教会とその広告塔・安倍晋三に対する私怨問題に矮小化し、1955年自民党結党以降のCIA、自民党、統一教会、岸信介、安倍親子、さらには天皇家の絡んだ戦後史の暗部に蓋をしてくるのは必至。」と記した。そのために公判前整理手続を非公開として、被告人に有利な証拠を隠し、政府に不利益となる訴訟展開を必ず阻止するとの大前提のもとに整理手続きが実施されていると断定せざるを得ない。

警察、検察は1月の殺人罪での起訴に続き、2月に入って余罪で追送検し、3月末になって追起訴している。余罪を含めて一括起訴も可能なのに意図的に手続きを遅らせた。公判前整理手続きの開始を一日でも遅らせようとの意図が見え見えだ。

■公判の行方示唆した読売記事

こんな中、5月3日付の読売新聞が「安倍氏銃撃『真犯人は別にいる』…ネットでいまだくすぶる陰謀論、背景を探る」との記事を掲載した。記事のポイントは「安倍氏銃撃事件の場合、捜査関係者によると、山上被告が撃った弾丸が安倍氏の首に命中したことは複数の防犯カメラ映像の解析で確認されているという。3D映像による再現実験もしており、「第三者の関与」は否定されている。」との記述だ。本ブログも2022年11月3日付で「「安倍氏の心臓に穴」と救命医 警察これに蓋して4カ月 絶望的なメディアの沈黙」との記事を掲載し、「安倍氏の救命に当たった大学病院の医師は「右首の付け根から入った弾が心臓を破損していた」と記者会見で証言。警察庁は「左上腕部を狙撃され左右の鎖骨下の大きな動脈を破損。これによる失血死」として大学病院の救命医の証言を無視した」と書き、事件当日の安倍氏の被弾状況、死因を巡る救命医と司法解剖医の間の見解を巡る決定的な齟齬があることを指摘した。

 

注:昨年事件直後に読売新聞が掲載した図。警察庁の説明を基に作成されたという。今回の記事でも首に入った銃弾の角度では弾は心臓に向かわない。奈良県立医大の救急医の「心室の壁が破損」との証言は再び無視され、非公開の司法解剖(検視)のみを証拠と見立てている。

ところが誰もが「あり得ない」と首をかしげてきた山上被告の手製銃から発射された銃弾が安倍氏の右首付け根から入ったことについて読売の記事は「複数の防犯カメラ映像の解析で確認されている」と断定している。さらに重要なのは「こうした詳しい内容は「捜査への支障」があるため、当局が公判前に発表することはほとんどない。…裁判員裁判が始まっても全ての証拠が開示されるわけではない。争点を整理し、審理する証拠を絞る公判前整理手続きも通常は非公開だ」と書き、非公開の公判前整理手続きで証拠が絞り込まれ、防犯カメラの映像が公判でも開示されないことを示唆したことだ。

さらに支離滅裂なのは上で黒字強調したように「山上被告が撃った弾丸が安倍氏の首に命中したことを裏付ける防犯カメラ画像や3D映像による再現実験結果」は公判で証拠として提示されないと匂わせながら、「米国では事件直後や容疑者の起訴後、防犯カメラ映像や詳細な捜査資料がウェブサイトなどで公開されることが珍しくない」「『事実がブラックボックスになっている期間が長いと、陰謀論が広がりやすい。SNSが普及した現代は、司法への不信を招くリスクが高まっている。捜査への支障との兼ね合いはあるだろうが、国民的議論になるような重大事件はできる限り事実を明らかにし、裁判過程も透明性を高めるべきだ』との刑事司法の情報公開のあり方に詳しい弁護士の話を掲載していることだ。読売の記事は司法当局のみならず岸田政権の意思を反映しており、事件捜査を指揮する警察庁の意を受けたものとみなさざるを得ない。

■整理手続きの長期化目論む

最も露骨な記事が昨年末に週刊誌のオンライン記事に現れた。刑事事件専門ジャーナリストと称する人物が「明らかになっているのは安倍元首相が天宙平和連合のイベントにメッセージを送ったことだけで、(安倍は)山上容疑者の母親に献金を迫ったわけではなく、もちろん家庭崩壊に追い込んだわけでもない。客観的に見れば、何の落ち度もないのに「八つ当たり」で命を奪われた」と安倍にいたく同情し、意図的に事件の本質に蓋をした。そのうえで山上被告を「卑劣な政治犯」ではなく「恨む相手を間違えた哀れな被告」と嘲笑っている。そのうえで、「初公判は来夏以降」と占って見せた。また一部週刊誌が海上自衛官による山上被告への安倍殺害教唆の可能性を報じたが、ここではコメントは控える。

重大事件の公判前整理手続きは当初3カ月程度で終了していたが、近年長期化している。6月にも予想される解散総選挙で自民党は旧統一教会と党との関係解明が山上公判の争点になることを絶対避けたいところだ。また旧統一教会への解散命令問題もうやむやにされている。昨年10月に史上初となる質問権行使を表明した岸田政権は今年3月までに解散命令に踏み切ると見られてきた。だが請求すれば教会清算の過程で自民党安倍派を中心に議員と統一教会との金銭癒着が丸裸にされるため、岸田政権は解散命令請求も行う気はない。時の流れとともにすべてをうやむやにしたいとの政権与党の政治的意向を踏まえれば、公判前整理手続きが長期になればなるほど政権には有利となる

上記のように公判前整理手続きは来年以降も延々と続けられる見通しだ。初公判の期日はまったく目途が立たない。山上公判はすべて政権の政治日程を優先させ、かつてない政略的な裁判となりそうだ。案じられるのは、そうこうしているうちに山上被告の身に異変が起きることである。