日本は「失われた30年」から「暗黒の30年」へ ポスト安倍政治の現実

ワシントンから発せられる「日本最重視」のメッセージは罠(わな)と見るべきだ。バイデン政権の菅政権に対する中国封じを巡る過大な要求は、中国との関係悪化を決定的にする。首脳会談後の共同声明で中国が核心的利益とする台湾問題に触れたのは地雷を踏んだことになりかねない。中国との連携なしに成り立たなくなっている日本の経済界や企業からは菅訪米を機に悲鳴が上がっている。米国の目的は共産中国の体制崩壊だけではない。30年前のバブル経済崩壊に続き、再び多くの日本企業を破たんさせ新自由主義主導の米資本の支配下に置くことにある。それは世界経済フォーラム(WEF)の唱道する資本主義のリセットの一環であろう。日本の「失われた30年」はこれを機に「暗闇の30年」へと突入する恐れが出て来た。

■「中国を切り離せ」と圧力

3月15日に訪日したブリンケン米国務長官は翌16日午前、日本側との最初の面会相手として日本商工会議所の三村明夫会頭らを選んだ。数の上では大多数が中小企業である120万社余りを束ねる日商トップらを招いたのは、多くの企業がここ30年にわたり中国ビジネスに大きく依存しているからだ。

日本政府関係者は「ワシントンは中国と強く結びつく日本の経済界にくさびを打ち込んだ」と語る。端的に言えば、その狙いは日本のサプライチェーン(供給網)から中国を分離(デカップリング)することである。

日本メディアの報道によると、ブリンケン長官=写真、バイデン大統領の右側=は中国を名指しして「知的財産を盗用した者の責任を問うために、日米が一致協力する絶好の機会である」「不公正で違法な慣行に対抗し、日米の産業を再構築する体系的アプローチが必要だ」などと熱弁を振るったという。

このような「日米の共同開発」を示唆する「日米の一致協力」という米国の言葉は、日本が開発した技術を米国に無償供与することを意味する。それは後述するF2戦闘機の共同開発に典型的に示された。武器輸出三原則の見直しで日本の対米武器技術供与が例外扱いされる一方、米国の技術はブラックボックスに入れられたのである。「産業再構築に向けた日米の体系的協力」の内実は見え見えである。

米国は日本が再び経済的脅威としてよみがえるのを阻止したいのだ。中国もこの点では利害一致している。第二次大戦の戦勝国としては米中の対日姿勢は同じであることを忘れてはならない。

■米中双方から制裁の恐れ

米国を含め世界の多くの国と同様、中国は日本のトップの貿易相手国となっている。日本の場合、2007年以来連続で首位であり、今や不可欠の通商パートナーと言える。こんな中、「日本にとって中国経済は縁を切れる相手ではない」「だが米中が敷いた規制のレッドラインを超えたら、会社は破たんしてしまう」との悲痛な声が経済界のリーダーたちから上がっている。

経済産業省の幹部は「日本企業は中国頼み。中国に技術や情報を盗まれないよう各企業に個別に努力してもらうしかなかった。だが316日の日米2+2などで日本政府は米国の『対中けん制』に歩調を合せた。中国は日本に猛反発している」と明かしている。

米中対決時代の到来を受け、自民党は新国際秩序創造戦略本部を設け、対中けん制のための経済安保一括推進法の整備を政府に提言した。甘利明同本部座長は「政府や企業が対応を誤れば、企業だけでなく国全体が米中双方の供給網から外されかねない」と警告したという。

米国は中国に次ぐ日本の貿易相手国。したがって、米中対立の狭間(はざま)で右往左往せざるを得ない日本企業のかなりの数が米中両国の規制のどちらかに違反し、取引から排除されるのは避けられない。主要企業とて例外ではなかろう。こうして先端技術を有しながらも弱体化して行く日本企業を虎視眈々と狙っているのがハゲタカファンド(企業買収ファンド)をはじめとする米英投資会社、米多国籍資本である。30年前のバブル経済崩壊後の悪夢が再来しかねない。米中双方からの制裁によって日本経済がさらに衰退して行くのをウォール街は織り込み済みなのだ。

■崩された「棚上げ合意」

中国共産党による1978年の改革開放路線への転換に伴う日本政府の巨額な対中政府開発援助(ODA)供与や日系企業の旺盛な対中投資は日中間の経済的結びつきを不可逆的なものにした。繰り返すが、1990年代に入ると、日本経済は中国との交易なしに維持できなくなった。19729月に訪中し中国と関係正常化した田中角栄首相(当時)は周恩来総理(同)と日中友好を発展させるため尖閣諸島の領有権問題を棚上げにすることで合意。これによって両国の友好関係は維持されてきたが、それは20129月に野田佳彦民主党政権によって帳消しになった。

尖閣諸島の領有権主張の棚上げ合意が崩されて行くプロセスには米国の間接的介入があった。2000年代に入ると、中国は日本が米国にそそのかされて国連安保理の常任理事国メンバーに加わる動きをしたことに猛反対し、反日デモを全土で展開させた。日本人の対中感も一気に悪化した。そして日中両国の過去が清算できてないことが浮き彫りになる。

2012年416日、当時の石原慎太郎都知事(当時)はワシントンのヘリテージ財団主催のシンポジウムで行った講演で、尖閣諸島を地権関係者から買い取る方向で基本合意したことを明らかにした。これが半年後の民主党政権による国有化につながる。国防総省と一体で、最も好戦的な保守系有力シンクタンク主催の会合で石原知事によって東京都購入案の発表がなされたことは、尖閣領有権問題を日中だけでなく、米中対決の道具として利用しようとする米保守支配層と米軍産複合体の意思が透けて見える。

■尖閣を巡る闇

オバマ政権からトランプ政権、そしてバイデン現政権に至るまで、歴代米政権はことあるごとに「尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用範囲」であることを繰り返し明言してきた。これに併せて、日本のメディアは安保条約5条が「米国の日本防衛義務を定めている」と勝手に判断し、尖閣有事の際は「米国の防衛義務を定めた安保条約第5条が適用される」と報道する。

確かに、同5条には「各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」と記されている。だが「日本を防衛する」とは明記されておらず、「自国の憲法上の規定及び手続に従って対処する」との曖昧な記述にとどめている。かねてより、米国は東シナ海の小さな無人島を巡る中国の武力攻撃に本気で立ち向かう気はさらさらないとささやかれてきた。

【写真】武器使用を可能にする中国の海警法施行で緊張の高まる尖閣周辺海域

 

 

核超大国の米中両国の本音は尖閣領有権ごときで武力衝突するなどまっぴら御免なはずだ。ならば尖閣周辺海域の軍事緊張の高まりは誰を利するのか。

北京にとって、日清戦争のどさくさに紛れて大日本帝国が奪い取った、台湾の一部とする尖閣諸島(釣魚島)を奪還するとの不退転の意思を示して反日ナショナリズムを高揚させることは政権基盤の安定に決定的に有効だ。

一方ワシントンは尖閣有事を端緒とし台湾を巻き込んだ日米・中全面軍事衝突というあり得ないシナリオをあたかも迫りくる重大危機として日本の人々を脅し不安に陥れることで、日本政府が防衛力を強化して中国包囲網により深く関与させ得る。何より、米製最新兵器を日本に大量に売りつけられる。

日本人が惑わされている尖閣を巡る危機は闇に覆われている。

■政権浮揚と総選挙睨む

「100%米国とともにある」と繰り返した安倍政権ですら南シナ海での「航行の自由作戦」には参加しなかった。北朝鮮の核・ミサイル開発を口実とした敵基地攻撃能力の保持は自衛隊の米製最新鋭ミサイル購入に道を開き、米軍は日本列島を中国、ロシアに向けたミサイル基地にする機会をうかがっている。中国脅威というアドバルーンを目いっぱい膨らませた中、訪米する菅一行を待っているのは「航行の自由作戦」参加をはじめとする「YESという日本」である。

菅義偉という人物がどれほど米国に従順な人物であるかを米国は官房長官時の20195月に菅をワシントンに招きチェック済みである。菅の対米姿勢を最も象徴する話を一つ例示する。

【写真】日米共同開発を名目として米国主導で開発された自衛隊の後継戦闘機F2

 

防衛省は2016年、戦闘機F2の後継機についてこだわった。F2は06年に退役した初の国産ジェット戦闘機F1の後継機。F2は米国との共同開発になっただけに防衛省や日本の軍需企業は「日本主導」を強く求めた。だが米国政府は「日本だけの開発は難しい。米国は日本が希望するものを提供できる」と強く働きかけ、米航空機産業は猛烈に売り込んでいる。

米国からの圧力で日本政府内も割れた。政府関係者によると、安倍晋三首相(当時)はF2後継機について国内開発の意義に理解を示したが、菅官房長官(同)はあっさり「米国のものを買えばいい」と妥協したという。

政府関係者は「菅氏はトランプ米大統領から首相に余計な圧力がかかるのを避けたかった」とみている。菅が「トランプ氏は米国製防衛装備品の大量購入を期待する。後継機を米国から購入すれば日米関係に新たな火種を抱えずに済む」と計算したのは間違いない。

4月半ばワシントンで菅首相が「日米関係に火種を生まない」パフォーマンスに徹することは火を見るよりも明らか。出来る”抵抗”はせいぜい共同声明に盛り込む台湾問題への言及で中国の怒りを出来るだけ小さくしたいとバイデン陣営にすがることしかあるまい。

4月2日。各メディアは菅首相訪米日程を発表した加藤勝信官房長官の「各国首脳に先駆けての、対面での首脳会談だ。日本を極めて重要視している証しであり、日米同盟の結束を対外的に示すとともにインド太平洋地域への米国のコミットメントを示す上でも極めて意義深い」とのコメントを垂れ流した。日米両政府は菅首相の「訪米成果」を大々的に称え、内閣支持率の引き上げと迫り来る総選挙対策に役立てようとするだろう。

これで菅政権や自民党の支持率が目に見えて上向くとすれば、ワシントンに日本の民度を見透かされ、日本の将来はバブル破綻以降の暗闇の時代から暗黒の時代へと転落してしまう恐れがある。