日本は滅びる――漱石の一言が照らす150年の構造的崩壊

夏目漱石の『三四郎』には衝撃的な一言がある。上京中の列車で主人公が出くわしたひげの男がぽつりとこう漏らす。

「(日本は)滅びるね」。

その言葉は、感情ではなく、観察の結果として発せられている。 明治という新しい時代の表面に浮かぶ「日露戦戦勝」という活気とは裏腹に、 その底に潜む構造的な脆さを、漱石は静かに見ていたのだろう。

それから40年も経ずに日本は一度滅びた。 だが、漱石の言葉が照らしているのは、戦前の破局だけではない。 現在進行している“第二の滅び”の方が、むしろ漱石の診断に近い。

戦前日本の崩壊は急激だった。だが、ここで重要なのは、それを生み出している“150年の構造”である。
明治国家は、岩倉使節団がロンドンで吸収した英国の戦略を骨格として成立した 。明治国家が大英帝国の戦略を模倣して成立したときから、
近代天皇制・軍制国家化 、英国と共同しての対露封じを核とする外政優先、民衆蔑視の官僚支配と中央集権という骨格はすでに固まっていた。 その骨格は、1931年から1945年にかけての急速な破局を生んだ。

戦後日本の崩壊は、まったく異なる性質を持つ。米英の対日占領の要諦は「日本を武装解除し決して再び脅威としない」にあった。「新憲法を軸とする平和国家建設」も米英の対日政策の枠内にあった。ところが日本は30年も経ると驚異的な経済的成功を収め、ジャパンアズNO1の賛辞に浮かれ、再び米欧に挑んできた。

バブル経済崩壊以降の日本の衰退は、目にははっきり見えぬ形で、社会の深層で進んでいる。ゆっくりとした構造的崩壊に向かっている。東西 冷戦が終わり、バブルが崩れたあの日から、日本は“生かされているようで、生かされていない”状態に置かれてきた。 経済は疲弊して痩せ、社会は衰退して活気を失くし、政治は硬直し、未来への想像力が奪われている。

その一方で、国のかたちは別の方向へと変わりつつある。 自衛隊には新しい統合作戦司令部が置かれた。 その運用は在日米軍との緊密な連携のもとに進めるとの名目で、自衛隊は米軍の実質指揮下に入った。そして北大西洋条約機構(NATO)に事実上加盟した。 防衛費は倍増し、長距離ミサイルの配備が進み、東シナ海の南西諸島に中国を標的に新しい基地が生まれ、 国の輪郭は、かつての戦後日本とは異なる影を帯びはじめている。

中国政府が「日本は新型軍国主義へ向かっている」と語るとき、 それは単なる政治的レトリックではなく、 日本の構造的変化を外側から見た一つの像として理解できる。

戦前日本の崩壊は、明治国家の構造的欠陥の第一の帰結だった。 バブル期以降の戦後日本の静かな衰弱は、その第二の帰結である。 そして現在の軍事的再編は、第三の帰結として姿を現しつつある。

漱石の「滅びるね」は、 150年の時間軸の中で、静かに、しかし確かに響き続けている。

 これは明治から現代までの150年を貫く“二度の滅び”を意味する。その響きは、いまの日本の風景にも、あまりにもよく似合ってしまうからだ。