著者は会社記者、フリーランスライターとして日本の新聞、雑誌、インターネットメディア、政府刊行物、そして近年では自身のブログに数多の記事、論考を書いてきた。1995年以降は脱会社して国外に15年滞在して記者活動した。だが著書を刊行する機会には恵まれなかった。非才のなせるせいでもあろう。人生の最終段階に、その総括として、営利目的の出版社の手を煩わさず、何の制約も受けない自費出版物として幾冊か刊行しようと決意した。これはその第一弾である。したがって今後、本ブログに掲載する記事の大半は本日掲載記事の続編となる。ブログ記事を読んでいただく方には、印刷した書物は必要ないと思うが、カンパを兼ねて購読いただければ幸いである。
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■近代日本:なぜ台頭と挫折繰り返す
現在の日本、とりわけバブル崩壊後の30年間の日本は「羅針盤」を失くし、まるで大海を漂泊する船に思える。文字通り「失われた30年」になった。人々は商業メディアやSNSを介した権力者の情報操作の餌食になり、指針なき生活を送っているのではないか、と危惧する。タイトルを「漂流日本ー明治維新、対米敗戦、戦後100年へ」としたのはそのためだ。戦後100年を超えた、数十年先の見通しではあるが、行く末を考えるには、少なくとも日本の近現代を顧みる必要がある。
筆者は1945年敗戦の直後に生まれたいわゆるベビーブーマー、団塊の世代である。幼少時の記憶からは「焼け跡闇市の残影」「街角でアコーデオンを奏でる傷痍軍人の物乞い姿」がぼんやりとまぶたに浮かんでくる。我々の世代は、貧しさのどん底から、高度経済成長、ジャパンアズNO1、バブル崩壊、失われた30年とかつて日本人が経験したことのない大きな生活の変化に遭遇した。
日本の近現代150年は「どん底、台頭、そして破綻」という図式を戦前、戦後で同じように繰り返した。薩摩長州の下級武士による倒幕クーデターである明治御一新(維新)は「列強の植民地にされて餌食になってたまるか」との恐怖のどん底からのスタートであった。強大な軍事国家建設を目指し、日清、日露という存亡をかけた対外戦争を勝ち抜き、第一次大戦参戦で火事場泥棒的に巨利を得て、国際的地位を飛躍的に高めた。そして明治維新からほぼ半世紀後に世界の五大国の1つにのし上り、その成功で「世界に1つの神の国」(1941年修身教科書)と思い上がった。その後の対米戦争による大破綻は維新からわずか77年後だった。
一方、アメリカを追い抜いたと浮かれたバブル経済というかつてない絶頂期に至るのも対米敗戦からわずか半世紀足らずだった。これは「日本の奇跡」と内外で讃えられ、企業戦士を中心に人々はその成功体験に酔いしれ、アメリカ、欧州のかつての列強を見下すまでになった。しかしその後のアメリカの対日報復は厳しさを極めた。結局、対米経済戦争にも敗れ、以降「失われた30年」が続き、国際的地位は衰退の一途をたどって2022年には戦後77年を迎えた。
筆者は戦前、戦後の77年をそれぞれ日本近代第一期、第二期、現在を第三期と命名している。
繰り返すが、第一期に日本は約半世紀でアジアの大国・世界の五大国の一角を占めるまでに上り詰め、第二期も同様、企業大国の人々は、敗戦から約半世紀でジャパンアズNO1とおだてられ、成功体験に再び陶酔した。酔いしれた末に道を見失い、その後は衰退と破綻の道を辿っている。
ただし、第二期の日本人は近代天皇制国家という明治体制の過酷な圧制と人権蹂躙から曲がりなりにも解放された。臣民から国民となった人々は米占領下に与えられた解放と自由、民主主義、そして平和を「天の恵み」のごとく享受し、1970年代以降は快適、清潔、利便な生活を送り、大量消費、海外旅行を至極当然のように受け止めている。未曾有のこの僥倖は強調せねばならない。人類史の大半は名もなき人々にとって飢えと病苦、災害との闘いだったからだ。
話はいささか脱線したが、本著の目的は日本近現代史を顕著に特徴づける「どん底、台頭(成功)、そして破綻」という図式をほぼ同じ約50年の時間サイクルで2度も繰り返した原因と背景を掘り下げてみることにある。その原因を見極め、打開策を探り、後に生まれてきた人々に自主・自立の道を模索して行って欲しいからである。
筆者の問題意識や主張については、2020年から続けている筆者の個人ブログPress Activity 1995~ Yasuo Kaji(加治康男)を参照願いたい。計600近い論考には本著での主張の概要が書き込められている。
筆者のブログ記事の一部は最近刊行された「情報敗戦 日本近現代史を問いなおす (筑摩選書)」でも紹介、引用されている。
書評の中にはこんなものもあった。
「辺見庸、加治康男、関曠野、松本清張、カレル・ヴァン・ウォルフレン、エドワード・サイード、ハンナ・アレント、ターガート・マーフィー、チャルマーズ・ジョンソンらのコメントを適宜挟んで、「大本営発表」だけを信じて路頭に迷った我が日本人が未だに同様な情報欠如の状態に置かれていることを、様々な事例を挙げて論評している楽しめる著作だ。「ニチベイ」の現状を客観視できない政治家や官僚を罵倒しているが、情報を公平に開示しないマスコミの姿勢も問題だ。」
著名な作家や偉大な思想家と並んで無名な筆者の名も挙げられている。望外のことではあるが、上記著作の著者だけでなく評者も筆者の主張に何らかの価値を認めてのことと受け止めたい。
■「私日本人!」の誇りと高市新政権
さて中国、インド、グローバルサウスの台頭にみられるように、世界の潮流は覇権主義から多極主義へ移行している。ならば21世紀の今に生きる個々人も多様な生き方を多様な価値観に基づいて実践しているように思われがちだ。しかし、高度情報化社会の内実は権力保持者の巧妙なプロパガンダに支配され、人々は情報操作に踊らされがちである。
価値観の普及は作為的に行われる。一例を挙げよう。愛国心とは「国民国家」の支配階級、権力者が作ったものである。既存の支配体制と権益を守りたい彼らは社会の隅々、下々にまで愛国心を浸透させることで、国民を一絡げ、一丸にして排外運動や対外戦争を遂行できる。マルクスが「支配階級は自らの利益をあたかもすべての人々の利益であるかのように見せかける」と看破した通りである。
戦前は「国のため」の国とは何かとの疑問を抱かせないために、軍隊、教育機関、翼賛組織・町内会・寄合、メディアを通じて徹底した洗脳が行われた。戦後もここ四半世紀はプロパガンダがさらに巧妙になり、気づかぬうちに復古的な愛国心が確実に人々に浸透した。一歩誤ると「愛国心を持たないのは、反日の非国民だ」と謗られかねないレベルに近づきつつある。都市部、地方を問わず隅々に根を張る自民党支持の日本会議をはじめ岩盤保守層がそれを先導し、2025年10月には極右の高市早苗がウルトラ保守政権を誕生させるに至った。
日本がナンバーワンになったと錯覚させたバブル経済最盛期の1980年代後半。欧州でも東南アジアでも世界のいたるところで日本人は鼻高々であった。「身に着けているものが違う」「自信満々」と現地人は異口同音に語った。比類なきハイテク技術、強い円、圧倒的な貿易黒字額と外貨準備高。仰ぎ見られた人々の大半は日本人であることに限りない心地よさを覚えた。 この風潮に批判的な少数派のある日本人は「みんな『わたし日本人!』と言いたげに歩いている」と冷笑していた。
ところが「失われた10年」が「失われた20年」になりかけると、国外の街を歩く日本人に威勢のよさが消え、縮んでいった。同時に、内向き志向となった日本国内では各地で反中、反韓の激しいヘイトスピーチや排外運動が起こり、国際競技大会会場は日の丸・旭日旗、「ニッポンすごいぞ」のプラカードや鉢巻きで埋まった。それは中国を筆頭に韓国、東南アジア諸国の目覚ましい台頭で、アジアの盟主の座から転がり落ちた日本人の怨嗟の叫びにみえた。
戦前の大日本帝国を憧憬し「美しい日本」「強い日本を取り戻す」をキャッチフレーズにした2007年安倍晋三一次政権の発足から18年。2025年10月21日に首相となった高市早苗は安倍の二卵性双生児と揶揄されてきた極右政治家だ。「日本をもっともっと高みに押し上げ」「もう一度世界のてっぺんへ」「世界の中心で輝かせる」と愛国心を煽り、靖国神社公式参拝を事実上公約にしている高市首相率いる右翼政権の帰趨が注目される。内外の雲行きは安倍政権発足時とは明らかに異なり、宗主国アメリカは皇国日本という亡霊に取りつかれた自民党岩盤保守層という厄介者を上手く利用しつつも、最終的には駆除しようと動いているように思える。
