つい10年ほど前までは東南アジア産の生パイナップルは日本に輸入されていなかった。日本人の口に入るのは米アグリビジネスのドールやデルモンテの缶詰パイナップルだった。それがここ数年、自由貿易協定(EPA)締結で規制緩和されて農産物輸入が促進され、スーパーや青果店などで生のパイナップルが丸ごと1つ買えるようになった。米国の巨大農事ビジネスはルソン島に次ぐフィリピン最南端の大島ミンダナオ島を日本、韓国、中国などアジア市場に向けた生産拠点としている。最近そのミンダナオ産の生パイナップルが店頭からほとんど消えた。代わりに台湾産が独占している。米中対立の焦点が台湾海峡となり、台湾と大陸との関係も悪化して台湾産パイナップルは対中国輸出禁止となった。このため米国政府に促された日本政府や与党自民党が民間企業に呼び掛け台湾支援に動いた。輸入果実の世界が政治利用され、前掲記事で解説した「台湾有事は日本有事」の前提となる日台の一体感がコマーシャルベースでソフトに浸透している。一方、在日米軍基地の集中する沖縄産パイナップルの苦境は放置されたままだ。
■台湾海峡の緊張を反映
中国税関当局は3月1日から「害虫の検出」を口実に台湾産パイナップルを輸入禁止した。実際は、中国政府による「経済制裁」である。台湾産パイナップルの輸出先は中国が95%を超えていた。輸出額は年間日本円で60億円前後と大きなものではないが、生産農家には大打撃。なにより中国の禁輸措置は政治的意味合いが大きく、各国は中国非難のメッセージを込めて台湾産パイナップルを急遽輸入し始めた。
米国の新政権が1月20日に発足、バイデン大統領は「中国の専制主義と米国主導の民主主義体制との闘い」として新冷戦を改めて高らかに唱えた。中国の「台湾制裁」は米国が事実上の台湾との国交回復へと動いていることのけん制だ。この台湾産パイナップルの対日輸出激増は台湾への日本政府の関与と台湾海峡の緊張をもろに反映している。
【写真】台湾産パイナップルを日本の消費者にPRする蔡英文総統 蔡総統の出生地は台湾最南端の屏東県で高雄市などと並ぶ台湾最大のパイナップル産地
台湾産パイナップルの総生産量は2019年で43万1000トン。1位はフィリピンの274万8000トン。アジアでの国別生産量はフィリピン、インドネシア、中国、インド、タイ、ベトナム、台湾の順である。
農水省の統計によると、2020年の台湾産パイナップルの輸入量は2143トン。日本市場でのシェアは約1.3%にすぎなかった。これが中国による禁輸措置発表以降に激変する。台湾の陳吉仲農業委員会主任委員(日本の農水相に相当)は、「2021年3月4日時点で日本の事業者が台湾産パイナップルを6000トン以上注文した」と語ったという。この数量は早々と過去最高の対日輸出量となった。
■消え去るフィリピン産、苦境の沖縄産
フィリピン産パイナップル=写真=は台湾産よりやや大振りな上に、価格も大幅に安い。台湾産は消費税込みで700円を上回る。これに対し、フィリピン産は同300円前後である。味は個人の好みがあろうが、最適地とされる赤道に近い標高700~1,000メートル程度の高地で栽培されたフィリピン産に比べて亜熱帯栽培の台湾産は甘味不足など品質面で分が悪いのは明らか。それでもこれまで日本市場で約8割を占めていたフィリピン産は店頭から消えつつある。
日本で「台湾応援」の旗を振り始めたのは西友だ。西友が米小売最大手ウォルマートに買収されて現在ではこの米資本の「日本店名」にすぎないのは周知の通り。さらにイトーヨーカドー、イオンなど、大手スーパーチェーンから地場スーパーまで販売が拡大されている。ネットショップでも、楽天をはじめ「台湾を応援しよう!」「台湾の農民を救え!」などと銘打ち、支援の姿勢を鮮明にした。SNS上では「台湾パイナップルを食べよう」との支援の声が広がった。これを自民党青年局など永田町も後押ししている。
こんな中、農水省統計によると、在日米軍基地・施設の7割以上が集中する沖縄で栽培されるパイナップルの年間生産量は2018年で7,348トン。だが1973年には約8万5,100トン、1981年は約5万8,100トンの生産量があった。ところが2000年代に入ると1万トンを大きく割ってしまった。沖縄のパイナップル生産関係者は「亜熱帯産であり、東南アジア産などに比べると競争力が劣り苦しい。農産物輸入自由化で苦境に拍車がかかった」と明かしていた。
台湾産パイナップルはこの沖縄にすら流入している。沖縄の生産者は台湾産との栽培時期調整だけでは苦境を乗り切れず、頭を抱えている。この状態が常態化すれば日米安保の負担を過剰に担う沖縄産は消滅の危機に追い込まれる。「台湾産応援」とはしゃぎ、沖縄産の苦難には目もくれない永田町の姿勢は日本の対米従属ぶりをこの上なく露呈している。
台湾産パイナップル応援の動きはどこまで続くだろうか。それは台湾海峡の軍事的緊張の度合いを映し出すことになる。日本の政府、メディア、小売業が一体となった危ういプロパガンダに日本人は呑みこまれつつある。
■菅首相のフィリピン訪問中止
一方4月末からの大型連休にあわせて、フィリピンとインドを訪問する予定だった菅首相は、「新型コロナウイルスの感染状況などを踏まえ取りやめる」と語った。
安倍政権以来、日本の首相は訪米と前後して東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国を歴訪するのが慣例となっている。それは中国に近隣するASEAN諸国が米国主導の中国包囲網への参加を拒んでおり、ワシントンがその打開を日本政府に指示しているためだ。
リー・シェンロン・シンガポール首相=写真右=は今年3月、「深刻な緊迫化のリスクが今後、米中の軍事衝突の確率を高める可能性がある」との懸念を示し「米国と中国のどちらかを選ぶことはできない」との立場改めて強調した。これは「米国か中国か、という二者択一を迫るな」というかねてからのASEANの総意を代弁している。
フィリピンでは2016年に親中反米のドゥテルテ政権が発足して以来、南シナ海南沙諸島を巡る領有権紛争は事実上棚上げされてきた。しかし、最近は中国の海警局の監視船や漁船計200隻余りが係争海域に常駐し、フィリピンの巡視船とにらみ合う状態が続き、両国関係に暗雲が漂っている。ロクソン比外相がこのほど「中国船は消えうせろ」とツィートし、国際トピックスになったばかり。
ただコロナ禍に苦しむフィリピンは中国から大量のワクチン供給を受けており、ドゥテルテ大統領も率先して中国製ワクチンを接種した。このところのフィリピン政府の中国に対する強硬姿勢も来年の大統領選挙を見据え、ドゥテルテ反米体制を切り崩そうと動く米国の裏工作へのけん制と見る方がいい。
菅首相のフィリピンへの訪問は元々成果を期待できるものではなかった。旧米軍基地スービックの米軍・自衛隊による共同使用、フィリピン群島各地に中国に向けた地上発射型ミサイル配置を望む米国の御用聞きと見抜かれている日本の首相が「お土産」を携え訪問したところでフィリピン政権が首を縦に動かすことは決してない。
フィリピン政府はフィリピン産パイナップルの対日輸出が激減していることに取り立てて不満は示していない。なぜならその巨大な利益は独占的な米アグリビジネスの懐に入るだけだからである。米企業が広大なプランテーションでただ働きに近い廉価な日当のフィリピン人労働者を使って生産したものよりずっと美味なローカルのパイナップルやバナナがフィリピン各地で生産されている。フィリピンの農民が自立して国際市場に販路を求める道を支援したいドゥテルテ政権は今回の事態を冷ややかに見ているはずだ。