中国とロシアの実質国内総生産(GDP)を合わせると今や米国の1.3倍ー。この厳然たる事実が西太平洋の軍事情勢を激変させている。台湾や日本(尖閣諸島)を防衛するはずだった在日米軍は米本土やグアムに撤収している。財政的に余裕を失った米国は中国やロシアと真正面から対峙する気はさらさらなく、代わりに敵基地攻撃能力をはじめ自衛隊の軍備を大拡充させ、台湾防衛は日本に任せたのだ。したがって安倍晋三が遺言したように「台湾有事は日本有事」なのである。訪台した麻生太郎・自民党副総裁は「台湾海峡の平和と安定には強い抑止力を機能させる必要があり、そのために日米や台湾には『戦う覚悟』が求められている」と主張したが、暴言王麻生の言う「日米や台湾」は米国が抜けた「日本や台湾」が正しい。これは米国のオフショアバランシング戦略によるものであり、麻生はその使い走り役を果たしたにすぎない。敗戦78年の現実は「戦後日本の平和主義」の完全解体となった。
■米オフショア・バランシング戦略と日本
防衛費倍増、敵基地攻撃能力保持を柱に軍事大国への転換をプレッジした安保三文書を受け取ったワシントンからは「日本は自分の力で立ち上がった」「国防の責任を自分で背負った」と称賛された。20年前から在日米軍再編という名で進められた米軍の核心的戦略はオフショア・バランシングであった。米国のオフショア・バランシング戦略をアジア太平洋地域に適用すると、中国の脅威に対して、日本に自ら対抗する責任を負わせることに他ならない。
したがって日米交渉の舞台裏で米国は直接、間接に「『日本はアメリカが中国から守ってくれる』という想定を捨て、『米軍が去った後の東アジア』という状況にも対応できるよう準備を進めよ」と対日勧告してきたはずだ。その行きつく先が「台湾有事は日本有事」だった。米国は同じ核超大国である中国と戦えない。相互に破滅する核戦争へと導きかれないからだ。
2023年1月14日。ワシントンDC。バイデン大統領が「よしよし、よくやった」とばかりに岸田首相の肩に手を置いた。すると岸田からこれまで見せたことのない卑屈な安どの笑みがこぼれた=写真=。 敗戦から78年経て物理的にも心理的にも米国に統治されている日本の現実をまざまざと見せつけた。
この時の日米首脳共同声明には巧妙に「日本よ自分の力で立ち上がれ」とのワシントンの”激励”がちりばめられていた。「米国と日本には引き続き単独及び共同での能力を強化することが求められている。バイデン氏は新たな国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画に示されているような、防衛力の抜本的強化とともに外交的取り組みを強化する日本の果敢なリーダーシップを称賛した。日本によるこれらの取り組みはインド太平洋及び国際社会全体の安全保障を強化し、21世紀に向けて日米関係を現代化するものとなる」がそれだ。
「日本が単独で防衛能力を強化し、東アジア・西太平洋地域で果敢なリーダーシップを発揮する。」ーこれこそ米国のオフショア・バランシング戦略の日本バージョンの完成なのである。それをワシントンは「21世紀に向けての日米関係の現代化」と装飾した。
■大国間戦争を忌避するアメリカ
大西洋をわたり北米に達したギリシャ・ローマ・西欧文明が太平洋を越えてユーラシアの2大国中国、ロシアへと伝播されるー。19世紀半ば米国はこれを「明白なる使命(Manifest Destiny)」として掲げた。20世紀末の東西冷戦終焉に伴い、Z・ブレジンスキーらは初めて世界単独覇権国家となった米国によるユーラシア制覇を「The Grand Chessboard American Primacy and Its Geostrategic Imperatives 1997」などで唱道し、これにネオコンが国連無視の単独覇権戦略を立案して呼応した。すなわち米国はユーラシアを管理する初の非ユーラシア国家となるべく、グローバルな領土拡張を正当化するために使われたスローガンManifest Destinyを甦らせたのだ。
米政治学者クリストファー・レインは2006年の著書「The Peace of Illusions: American Grand Strategy from 1940 to the Present」で米国が手を付け始めたオフショア・バランシング戦略を具体的に示した。その核心は米国をユーラシアで起こる可能性のある大国間戦争から隔離することだ。アラブの春からカラー革命を経てウクライナ戦争へとユーラシアの中核国ロシアをおびき寄せた米国は「大国間戦争から隔離」されている。新彊ウイグル、チベット、香港と中国に対しても一貫して代理紛争の遂行に徹し、米軍は戦争に決して直接には関わらない、従属する国のための不必要な戦争は行わない、が挙げられている。実際、バイデンは就任以来、幾度となく「中国とは戦わない」「ロシアとは戦争をしない」と明言してきた。
レインによると、オフショア・バランシング戦略では、①ユーラシアの主要国に国防責任を負わせる ②米国はユーラシアでの紛争に極力直接関与せず、同じ地域の大国に抑止させる ③米国は台頭する大国を他国が率先して阻止するよう仕向ける、が柱となる。レインは、覇権維持のリスクとコストが飛躍的に増大しており、米国がイラク戦争のように地域外に覇権を維持することにこだわれば、手を広げ過ぎて国力を維持できず、過去の帝国と同様に没落すると懸念している。裏返せば、米中経済覇権競争に勝つためにもオフショア・バランシングは必須となる。
2011年2月に当時のオバマ政権のゲイツ国防長官は米陸軍士官学校で行った演説で、「オフショア・バランシングがアメリカの次の大戦略である」と提唱した。日米安保条約は堅持し、日本に核武装を決して許さず、日本を台湾防衛の最前線にある軍事大国とし、「中国封じ込め同盟のリーダー」として扱う。これが米国の対日オフショア・バランシングであり、日本を重大な危機に追い込んでいる。この第一弾が「台湾有事は日本の有事」となり、日本政府は南西諸島住民を犠牲にして中国軍の標的となった自衛隊のミサイル基地を設け、不毛な防衛予算倍増を決定した。
■西太平洋から撤収し始めた米軍
2020年4月。米軍は動力的戦力運用構想という新構想を打ち上げて、グアムに配備されていた戦略爆撃機B52を米本土へと撤収した。この撤収は中国や北朝鮮のミサイル進化による戦略変更とされているが、正確にはミサイルの射程圏外に退去するということだ。さらに沖縄に展開している米海兵隊はグアム移転を2024年から開始するとされている。当面は在日米軍再編の目玉とされた沖縄の負担軽減を名目に米軍海兵部隊が一定数グアムに向かうが、日本の資金で拡張されたグアム・アンダーセン空軍基地は米軍との集団的自衛権行使を可能にした2015年新安保法制で自衛隊との共同使用が可能となったため、グアム配備の米軍の多くがさらに米本土へと撤収すると見込まれている。
さらに沖縄・宜野湾市にある米海兵隊普天間基地の移転先として建設中の辺野古新基地には陸上自衛隊が常駐する極秘合意があったとされる。日本の防衛省は「日米政府間での合意はない」と否定しているが、民主党政権時代の2010年、当時の北沢俊美防衛相は記者会見で米軍と陸自との共同使用の検討を明言していた。これはオフショア・バランシング戦略に基づき、米国の利益と財政的制約に応じて、米軍部隊の配置や運用を変更しているとみるほかない。「日米防衛協力のための指針」が2015年に改定され、基地の「共同使用強化」を明記。日本国内の米軍や自衛隊の基地で日米の共同訓練を増やしている。米軍が撤収した米軍基地は「共同使用」の名がついたまま自衛隊基地となる。
したがって、日本と台湾に「戦う覚悟」を求めた麻生太郎の発言は米権力中枢の意を受けた挑発的暴言とみなすほかない。
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