菅義偉前首相が、岸田首相の「派閥主導の政治」や増税路線に苦言を呈した。岸田首相が欧米歴訪に立った翌日の1月10日のことだ。日本のメディアは「岸田降ろし」の前触れかと騒いでいる。これを所詮コップの中の嵐である永田町騒動=政局としてみてはだめだ。岸田政権はワシントンの言われるままに敵基地攻撃能力保持を筆頭に中国封じの大軍拡に走り、中国の日本敵視を増幅させるだけの拝米政策にまい進している。菅の苦言はこれへの異議申し立て、対米過剰追随への反発とみるべきである。
法政大空手部に所属し体育会系学生として全共闘・左翼に対峙した菅義偉には漠とした愛国右翼の思想が見られる一方、携帯電話値下げ固執に見られたように庶民の生活擁護こそ政治の原点との思い入れも見てとれる。とすれば、これ以上米英の世界戦略のコマとして使われ、防衛費増や少子化対策を口実に低所得者、年金生活者に増税を強いるのは阻止したい。少なくともその意思を間接的にせよ米側に伝いたいとの思いを感じ取れる。
自民党の国粋右派にも反米マグマが煮えたぎっている。12月5日掲載記事「ウクライナ戦争で露呈した米国の欺瞞へ矛先 反米保守の再台頭と安倍暗殺」で指摘したように、彼らは「ウクライナ情勢を巡る米英の陰の部分を見極め、その欺瞞を見抜けと訴え、台湾有事をはじめ日本が一方的に米国に利用されることのないように警戒を怠ってはならない」としている。
岸田が日本列島要塞化を図る大軍拡政策を貢物として1月13日に訪米した際の中国、ロシアの反発、警告、怒りは予想を超えた。
「ロシアの核戦略に関する妄想についてはコメントしようがない。日本の首相は自らの尊厳を傷つけ、忠実な臣下のように、無我夢中になってロシアにナンセンスなことを言い、広島と長崎の原爆で焼かれた数十万の日本人の記憶を裏切った。岸田にとって、核兵器を唯一使用した国が米国というのはどうでもいいのだ」「帰国後に閣議で切腹してこの恥をすすぐしかない」(メドベージェフ前大統領)。「地域を見渡せば、米国の戦略を忠実に踏襲し、地域情勢を危機の淵に追いやっているのは日本である。大いに警戒に値する。もし、日本がアジア太平洋地域で米国の手先となり、ここで問題を巻き起こし続けるのであれば、日本自身が米国の犠牲になるか、あるいは東アジアのウクライナになることを覚悟しなければならない」(中国『環球時報』)
特にメドベージェフ氏の切腹勧告は反米右翼が飛びつく類のものだ。彼らはロシア人に先に口にされたことを恥じるであろう。しかしながら、岸田のような人物は、その言葉は別にして、自国民に対して、何の責任も背負っていない。米国に擦り寄ることが低支持率にあえぐ弱小派閥政権の生き延びる道だからだ。そこを米側は利用している。延命して本当は何がやりたいのかは岸田自身も分からなくなっているはずだ。
また「平和で安定した東アジアを望む」には中国と日本が手を携える他ないことは自明の理と言える。「国際秩序を破壊する覇権主義的で侵略的な中国」像は冷戦を促進するために米英が創造したものだ。また皇国日本崇拝者だけでなくかなりの数の大衆の心の中にも日本を東アジアの帝国とみなし大中華帝国に対抗しようとする古代以来の執着がこびりついており、これを米英が巧みに利用していることは本ブログで繰り返し強調した。
菅の対米警戒は首相時代の2021年4月訪米によるバイデンとの会談で決定的になったと思える。以下は2021年4月掲載記事「ハンバーガー午餐が示すバイデン、菅の不協和 台湾巡り軋む日米」からの一部抜粋である。
「共同記者会見でバイデン大統領に向けた菅首相=写真=の顔はこわばり畏縮して見えた。冷遇への不満は微塵だに顔に出さず、険しいまなざしの中には一抹の安堵感さえのぞかせた。
何に安堵したのか。それは中国との関係悪化を決定的にする台湾問題で曲がりにも日本側の主張を貫けたからだ。
菅政権は「日中関係が最悪の事態になれば米国が本気で日本を防衛する」とは思い込んでいないようだ。ある論評は「衰退した米国は余裕がなくなっている。自国のことで精一杯。中国を責め立てる限りでは『リーダーシップをとる』と威勢が良いが、中国がまなじりを決した場合、すなわち台湾海峡あるいは尖閣をめぐる軍事衝突を正面に見据えた場合には『腰砕け』になる」と断じている。菅政権は「米国への過度なのめり込みは危険。とりわけ、中国との共存、協調なしに立ちいかなくなったている日本の経済界の立場と利益をできるだけ守る」と決意したようだ。
当初の訪米が1週間延期になったのも「台湾の安定(=台湾防衛)」でもっと突っ込んだ姿勢を求める米側の要求に日本が屈しなかったためと思われる。事前協議が不調に終わったものの、一端公表した訪米日程をキャンセルするわけには行かず、米側は渋々菅氏をホワイトハウスに招いた。こう見れば、バイデン側の非礼極まりない菅処遇の背景が理解できる。
4月16日掲載のニューヨークタイムズ電子版記事はこの経緯を短いながらこう伝えた。
「日米首脳会談の狙いはインド太平洋及びそれを超えた地域での中国の影響力とその攻撃的な行動に対応することだった。バイデン氏はそれを彼の政権の最重要課題の1つとみなしている。それ(日米協議)は慎重なダンスだった。日本の政府高官たちは台湾を巡る北京との対立、緊張に引き込まれることを警戒した。南シナ海などを巡る緊張にも用心深かった」
また以下のようなずばり核心を突いた記事がある。
「中国問題を日本に任せたいのがバイデン氏の本音である。 バイデン氏は、事前に国務長官、国防長官を日本に送り、事務レベルで日本とすり合わせをした。『尖閣防衛は日米安保の課題だ』といったリップサービスで日本国民の信任を得て、実質的には東シナ海の問題は日本に丸投げするのがアメリカの戦略だ。日米外交筋を取材すると、そのあたりに関してはかなり突っ込んだ事前協議があったようで、しかも難航したという。」
この見方は的を射ていると思う。バイデンが「米国は日本を鉄壁で守る」とリップサービスしたもののその背後には、「尖閣列島は台湾の一部」と主張する中国に従い、台湾と尖閣を一体化させ、「ともに東シナ海問題なのだから日本の問題、つまり自衛隊マター」として日本に押し付け、米軍は退き、泥をかぶらないというシナリオが隠されていたのではなかろうか。これに菅政権は事前協議で強く抵抗したようだ。」
菅は2021年総裁選出馬を断念、政権は1年の短命で終わった。自民党第四派閥を率いる岸田が選ばれたのは米国の采配による。台湾問題で抵抗した菅は切られた。だが「岸田降ろし」が菅の対米抵抗であることが表に出ることはないだろう。
いずれにせよワシントンファクターを抜きにした政局報道はプラスチック製の握り寿司を口にするようなものである。
<注:2022年11月掲載記事「米国の日本支配に背を向け敗戦否認する政治報道 報道の自由放棄し戦後史歪曲」を参照されたい。