近代日本を考察するとき、「民衆」「人民」という語はしばしば曖昧に使われる。国家に従属する“臣民”を指すのか、あるいは階級闘争の主体としての“プロレタリア”を指すのか。本書で用いる「民衆」「人民」は、そのどちらとも異なる。むしろ、日本が近代化の過程で取り逃した「市民」という概念を、歴史の深層から掘り起こす試みである。
その違いを最も端的に示すのが、生活保護制度をめぐる思想の差異である。北欧諸国では生活保護は「社会権」であり、国家が市民に対して負う義務として制度化されている。人は誰しも病気や失業、家庭の事情などで生活が困難になることがある。そこに道徳的な非難は存在しない。困窮は個人の失敗ではなく、社会の構造的リスクであり、国家はそのリスクを引き受ける責任を負う。したがって生活保護は“権利”であり、受給者は監視される対象ではなく、権利を行使する市民として扱われる。
一方、日本の生活保護制度には、制度の根底に「恩恵」思想が色濃く残る。困窮は個人の責任であり、国家は“仕方なく”救済するという発想が制度の奥底にある。受給者は「パチンコをするな」「タクシーに乗るな」といった細かな指導を受け、生活の隅々まで監視される。ここには、国家が上位に立ち、民衆を“管理すべき存在”とみなす日本の統治文化が露骨に表れている。生活保護の現場は、近代日本の「民衆不在」「民主無視」の構造が最も端的に可視化される場所である。
では、なぜ北欧と日本でこれほどの差が生まれたのか。その背景には、近代西欧が18世紀の啓蒙思想と19世紀の社会主義思想を通じて、人権を絶対的なものとして確立した歴史がある。啓蒙思想は「人間は理性を持ち、自由で平等である」という普遍的原理を打ち立て、国家は市民の権利を守るために存在するとした。さらに19世紀の社会主義思想は、労働者の権利や社会的弱者の保護を制度化し、人権の“社会的側面”を確立した。こうして西欧では、政治的自由と社会的権利が一体となった「市民」が形成された。
しかし日本は、この思想のどちらも本質的には受け継がなかった。明治国家は啓蒙思想の「市民」概念を十分に取り入れず、国民を“臣民”として位置づけた。社会主義思想も、国家の統制を脅かすものとして排除された。結果として、日本の近代国家は「国家優位・民衆従属」という構造を温存したまま近代化を進め、生活保護のような制度にまでその影響が及んでいる。
ここで明確にしておきたいのは、本書でいう「民衆」「人民」は、マルクス主義が想定する“プロレタリア階級”ではないという点である。本書が描こうとする民衆は、階級闘争の主体ではなく、権利を持つ主体としての「市民」である。アメリカ独立宣言が示したように、人間は生まれながらにして「生命・自由・幸福追求の権利」を持ち、政府はその権利を守るために存在する。この思想こそが、本書のいう「民衆」の基準である。
つまり、本書でいう「民衆」「人民」とは、国家に従属する存在でも、階級闘争の道具でもなく、権利を持つ主体としての市民である。生活保護の思想の違いは、その象徴的な表れにすぎない。日本が近代化の過程で取り逃した「市民」という概念を取り戻すこと――それが本書の根底に流れる問題意識であり、シリーズ全体を貫く思想的基準である。