米大統領に返り咲いたトランプがグリーンランド買収、カナダ併合、パナマ運河取り戻しを口にした。発言は中国に対するけん制の色合いが極めて濃い。グ島北部には米宇宙基地と米空軍基地が設けられ、ロシアや中国の北米への攻撃に備えている。米国はかつてグリーンランドの開拓をNATO加盟国デンマークと共同で行ったが、今や中国人の進出が目立つ。また利用可能になった北極海航路の中国、ロシアによる独占的使用は、軍事的観点からも決して許せない。一方、パナマ運河も運営に中国系企業が参画。中国は、反米を掲げ、地域経済統合に向かう多数の中南米諸国を、太平洋島しょ国とともに太平洋版一帯一路に組み込んでいる。トランプが西半球からの中国排斥に徹する中、韓国、日本は北朝鮮がロシアと軍事同盟を結び、中露北三国の核ミサイルに包囲された。だがトランプは日韓を拡大抑止で守る気はない。米国本土への核攻撃は絶対回避だからだ。このためには、在日米軍を縮小、在韓米軍を撤収させ、日韓に自力防衛させるほかない。これが「米国第一主義」のリアリズムである。
■米中覇権抗争は本番
プーチンとの親密な関係もあり、ウクライナ戦争の和平はトランプの予言通り就任日の1月20日から半年程度で達成できる可能性がある。そうなればトランプ政権の外交の矛先は一点集中で中国にほぼ向けられてしまう。AI、半導体、宇宙開発から鉄鋼生産、アイフォーン、PC、自動車、船舶そして航空機に至るまで米国はほとんどの産業分野で中国に追いつかれるか、後塵を拝するようになった。これを受け、トランプは「中国は我々から盗み続けてきた」と過去40年の中国の「収奪」を露骨に非難している。文化大革命の終了した1977年以降、鄧小平に米国発新自由主義を導入させて改革開放路線に踏み切らせ、中国を低賃金労働力をフルに利用した物作りの一大拠点・世界の工場とした。最大の受益者は米国、西欧、日本の金融資本と多国籍巨大企業だった。彼らがトランプが敵視するグローバリストであり、対中高関税は米国製造業を空洞化させたグローバリストへの報復でもある。
50年前。日本製品も怒涛の勢いで欧米市場を席巻した。その際、同じような非難がごうごうと起きた。ドイツ人は「自動車の原理はベンツとダイムラーが発明した。日本車はたんなる模造品」と地団駄を踏んでいた。そしてウサギ小屋のような貧相な住宅に住み低賃金で働く日本人が高品質製品を低価格で輸出し、自国の市場が簒奪されていると苛立った。先進国が新興国から追い上げられる危機感を主張する「ソーシャルダンピング」非難が1930年代に続き、1970年代の日本に向けられた。日本政府筋によると、フランス政府は732年にピレネーを越えて侵攻したイスラーム軍をフランク王国が撃退した古戦場ツールポアチエで日本製品の輸入検査を一時これみよがしに行った。1980年代には米連邦議会議員らがホワイトハウスで日本の家電製品をハンマーで打ち壊すなどジャパンバッシングの嵐が吹き荒れた。
日本は1990年バブル経済崩壊を機に衰退の一途をたどって30余年。エコノミックアニマル・日本の脅威は遠い過去のものとなった。今や圧倒的経済力に後押しされた中国は、米国に追随するばかりの政治小国日本とまったく次元を異にする超大国である。1949年の中華人民共和国建国とともに関わったアジア・アフリカ会議・非同盟運動を基盤に今日では上海協力機構(SCO)を発展させる形の拡大BRICSの盟主として、米国主導の戦後秩序パクスアメリカーナに挑む。国際金融面では世界銀行、国際通貨基金に対してアジアインフラ投資銀行(AIIB)が興隆している。西側メディアは願望を込めて「中国の凋落と政情不安」を繰り返し書きたてているが、それは米英の覇権喪失への不安を反映したものだ。トランプ政権が早速実施する中国への10%の追加関税は、中国が御し難いとてつもないドラゴンになったとの現実認識の表われとみるべきである。これは貿易戦争を超えた覇権抗争そのものである。
■米国の基盤としての西半球
モンロー米大統領は1823年、ウィーン体制下の欧州諸国のアメリカ大陸への干渉を排除する合衆国外交原則「モンロー宣言」を表明。こう記した。
「われわれは欧州の政治組織をこの西半球に拡張しようとする欧州諸国側の企ては、それが西半球のいかなる部分であれ、われわれの平和と安全にとって危険なものとみなさねばならない」
「これを抑圧することを目的としたり、ほかのやり方でその運命を支配することを目的とする欧州諸国による介入は、どのようなものであっても、合衆国に対する非友好的な意向の表明とみなす」
モンロー宣言にある「欧州」「欧州諸国」は現在トランプが排斥しようとする「中国」に置き換え可能だ。モンローの使った「西半球(Western Hemisphere)」はその後米政府文書や研究論文で中南米地域を論じる時、必ずと言っていいほど使われてきた。その際、西半球とは「グリーンランドと南北アメリカ大陸」を指す。
中国はこの10年、中南米諸国での影響力を急速に拡大させており、米国ののど元キューバには中国人民解放軍が駐屯した。米政権は極めてセンシティブな中国軍のメキシコ湾、カリブ海進出を腫れもの扱いして口を閉ざしているが、キューバをはじめ反米のカリブ海諸国との合同軍事演習に神経を尖らしている。トランプによる「メキシコ湾をアメリカ湾とする」との大統領令布告は中国軍排除を視野に入れたものであろう。
トランプは就任直後に不法移民対策を理由に南米コロンビアに対し追加関税や制裁へと動く方針を示し、ペトロ大統領は反発したが、不法移民の輸送受け入れに同意して制裁発動は見送られた。しかし、南米ウオッチャーは、「1999年2月のベネズエラを皮切りに、2003年にブラジル、エクアドル、アルゼンチン、パラグアイ、ボリビアで、2004年にはウルグアイで親米政府があいついで打倒され、反米左翼政府が誕生した。米国の脅しは反米左派政権が広がりをみせる中南米諸国で米国からのさらなる離反を招く可能性がある」とみる。いずれにせよ、米国からの離反を追い風に中国との関係深化が進み、中南米が米中摩擦の新たな舞台となった。
トランプが「パナマ運河を取り戻す」と宣言したのは、中国を運河運営から離脱させようとすることで、南北アメリカ、大西洋と太平洋を結ぶ臍(へそ)としての中米パナマの地政学的、戦略的重要性を米国民に注意喚起したかったためと思われる。
米国は1898年米西戦争以降、中南米を「裏庭」として支配しようとしてきた。米政府が経済とともに重視したのは軍による支配だ。かつて南米諸国の国軍将校に対する米国の教育・訓練プログラムは1946年からパナマ運河地帯でおこなわれ、ケネディ政権下に「米国陸軍米州学校(U.S.Army School of the Americas, SOA)」と改名して強化された。中南米における反米左翼政権の転覆を企て、親米軍事独裁政権を支援して反米運動指導者の暗殺に関与したとされる。SOAは“School of Assassin”(暗殺学校)と蔑まれた。
米国のパナマ運河租借が終わり、米南方軍がパナマからフロリダに移転したのに伴い、SOAも2001年にパナマからジョージア州フォート・ベニングに移転。名称も西半球安全保障協力研究所(Western Hemisphere Institute for Security Cooperation, WHISC, WHINSEC)と変更されたが、その存在目的はSOA当時と全く変わっていないと言われている。
トランプの言う「パナマ運河を取り戻す」は、経済権益のみならず中南米を軍事コントロールする軍事拠点の回復を意味する。そこに立ちはだかる壁が進出する中国である。トランプのできるのはせいぜい不法移民対策と米グローバリスト企業の搾取緩和ではなかろうか。試金石は米欧が制裁を課し続けるベネズエラのマドゥロ政権への対応となる。
■東アジアからの退却、覇権立て直し
トランプの米国第一主義は決して「内向き志向」を意味しない。CIAをはじめとする諜報工作機関の独走、力の論理を独善的に信奉するネオコンの暴走、そして彼らを動かして巨大な利益を得てきた米英グローバリストのone world支配の野望を断ち切ること。換言すれば、暗殺・陰謀国家から米国を解放し、覇権の立て直しを図ろうとしているようにも見える。それが「偉大な米国の再建=Make America great again」ではないだろうか。ただ中国との激しい覇権抗争が 「力による平和」で終わる保障はない。
朝鮮半島では大きな変動が起きている。韓国の伊大統領が内乱罪で訴追され、再び「共に民主党」を核に左派政権が生まれそうだ。トランプが北朝鮮の金正恩と再度対話し、北の非核化が前進すれば、朝鮮半島に連合国家の誕生もあり得る。グローバリストは朝鮮半島の半永久的緊張を望んでいる。南北朝鮮が対立したままであれば、韓国、日本は北、ロシア、中国の3つの核保有国に囲まれ、対米従属が続く限り、その核ミサイルの脅威にさらされ続ける。
ワシントンの情報筋によると、トランプ政権は「在韓米軍は撤収もある」と考えている。朝鮮半島の和平工作がまた挫折し、南北の緊張が高まれば、有事に北の核攻撃の標的となるのは在韓米軍である。韓国軍、一般市民も甚大な被害を被る。核戦力を含めて日韓など同盟国への攻撃を思いとどまらせる拡大抑止に米国が踏み切れば、反撃を受ける北と軍事同盟国となったロシアの強力な核戦力が米本土を襲う悪夢のシナリオが現実化しかねない。
このためワシントンからは「アチソンラインに戻れ」との声も聞こえてくる。1950年1月、当時のアチソン米国務長官は日本、沖縄、フィリピン、アリューシャン列島に対する軍事侵略に米国は断固として反撃するとした「不後退防衛線(アチソン・ライン)」演説を行った。ただし、この演説が朝鮮半島、台湾などを除外していたため朝鮮戦争を誘因したとされている。トランプ政権がアチソンラインに戻れば、在韓米軍は自動的に撤収することとなる。
日本はどうなるのか。本ブログはこれまで繰り返し米国のオフショアバランス戦略や台湾・尖閣有事を論じてきた。尖閣・日本有事に際して米国が動くことはほぼ100%あり得ない。米国の本音は「中国の台湾進攻はまずない」「尖閣有事も同様」「起きても日本に戦わせる」である。望むのは緊張がさらに煽られ続け、米軍需産業が潤うことである。2025年1月27日付けロシアRTは、「2023年の米国の武器輸出は世界全体の42%」と報じた。
在日米軍は着実に縮小している。典型例は、在沖縄海兵隊のグアム移転である。名目は「米軍基地が集中する沖縄の負担軽減」であった。 2012年の日米安全保障協議委員会(2プラス2)で在沖縄海兵隊の約1万9千人のうち、約9千人を国外に移転させる内容で合意した。 12年半以上経過し、ようやく移転が始まった。 約9千人のうち、移転先はグアムが4千人以上、それ以外はハワイなど米国領土が想定されている。
グアム移転がようやく始まったのは日本政府が28億ドルを拠出して在グアム空軍基地と海軍基地を拡張整備したからだ。集団的自衛権を行使できるようになった自衛隊は米軍との共同基地としてこれを使用できる。より踏み込んでいえば、「米軍はできるだけハワイ以東に退く。自衛隊がグアムを拠点に沖縄、尖閣、日本本土を守れ」ということである。「沖縄の負担軽減」はペテンに近い口実だった。
いずれにせよ集団的自衛権行使容認と新安保法制は「東アジアではできるだけ米軍のコミットは縮小する」との口実を米国に与えてしまった。皮肉にも、「血を流せる」軍隊となったがゆえに自衛官の応募者は減っている。2024年版防衛白書によると、2023年度の応募者数は6万3688人、前年度より1万人以上減った。 7万人を割り込んだのは、過去12年間で初めて。 特に減少しているのが現場の中核を担う「一般曹候補生」で、1万9960人となり、約4880人減少した。
これが米国のコマとして存立する日本の現実である。トランプ政権再登場によっても何も変わらないだろう。
【写真】日本の資金で拡張整備されたグアム・アンダーセン空軍基地。海上自衛隊は2022年1月、グアムで開催された米海軍主催の多国間共同訓練「シードラゴン2022」に参加。演習は固定翼哨戒機が集結し、対潜戦を中心に各国の連携や戦術技量の向上に取り組んだ。米海軍のP-8Aポセイドンを中心に、オーストラリア空軍(RAAF)、カナダ空軍(RCAF)、インド海軍(IN)、韓国海軍(ROKN)、そして海自が参加した。
参考:
新冷戦への米国の情念「民主化」と体制転換 -22日更新-