迷走する安倍「改憲」案の辿り着く先-緩まぬ敗戦の軛

安倍晋三前首相の提案した改憲案が迷路にはまって久しい。2017年5月3日の憲法記念日に「五輪開催の2020年には新憲法を施行する」と大見えを切ったものの、コロナ禍発生を待つまでもなく、間もなく「施行は2021年以降」とあっさり撤回した。そして2020年9月にまたしても体調不良を理由に安倍は首相在任歴代最長を「置き土産」退陣した。後任の菅義偉首相には改憲に対する強い意思や執着はうかがえない。とはいえ自民党が党是とする「憲法改正」は米国によって作られた米国のためのこの反共保守政党が与党である限り、政策論議上の大きな柱であり続ける。「自主憲法、自主軍備、自主外交」を掲げた岸内閣の嫡子にして自民党最大派閥の安倍・清話会が改憲問題を今後どう扱っていくのか。その辿り着く先を探ってみる。

■4選を回避し再々登板へ

そもそも安倍氏は第三次小泉内閣の官房長官時代に「逐条的改正ではなく、白地から、前文から全文を変えていく」と明言。2006年9月の自民党総裁選出馬前には「日本国憲法前文は敗戦国としての連合国に対する詫び証文」と貶め、平和憲法を唾棄すべきものとした。このような“前歴”に照らせば、17年5月の九条一項、二項を残し、新たに三項を追加して自衛隊を明文で書き込む」という新たな改憲提案(通称・安倍「加憲」案)からして歴史修正主義者としての敗北宣言だった。

五輪と改憲を一体化した2017年5月3日の発言以降、安倍自民党はワシントンからの圧力に屈して変節した。それは「戦後レジュームを『恒久化』する」との黙示であった。しかしながら現憲法を巡る課題は事実上9条・自衛隊が焦点であるだけに、改憲を巡る論議は安倍・清話会グループとそれを支える親米右翼勢力にとって政治的な利用価値は極めて高い。

退陣からものの1月も経ると安倍氏は「いい薬ができて体調はすこぶる良好」とあっさり表舞台に舞い戻った。安倍グループ勢力拡大の動き、今年9月の総裁選での菅支持、菅後継者の4人の名指し等々闇将軍然と振る舞っている。自らの再々登板はないと繰り返し語るものの、永田町では仕事盛りのまだ66歳。発言を真に受ける者は皆無であろう。

実際、2019年末に麻生太郎副総理は改憲に取り組むには総裁任期の切れる21年9月以降も続投すべき」と安倍周辺は改憲への執念を見せつけてみせた。さらに「安倍さんの次は安倍さん」(二階俊博幹事長)、「安倍退陣は世界のリーダーが許さない」(世耕弘成自民党参議院幹事長)との発言が相次いでいた。

昨年の安倍退陣は自民党の総裁任期規約の改正を不要にした。2期6年を3期9年に変えたばかりなのにさらに4選(4期・12年)への改正はあまりに無理がある。そこで1~2年の充電期間を設けて、「安倍待望論」を内外から湧き起こすことにしたようだ。産経・正論、HANADA、WILLなどのほか、最大のハンドラーに思える櫻井よしこ氏主宰のメディアグループは既に動き出している。

■なぜ安倍が必要か

再々登板した安倍氏は壊れた録音機のように「必ずや憲法改正は私の手で成し遂げる」と唱え続けるだろう。しかし本音で改憲する気はないし、出来るとも毛頭思っていない。「改憲占領憲法唾棄」は祖父岸信介の敷いた巧妙な従米路線維持のためのレトリックである。

親米を装う日本の右翼には間違いなく積年の反米マグマが溜まっている。その右派グループの主任務は中国・韓国ヘイトだ。民主化を徹底したGHQの初期占領政策や侵略断罪の東京裁判否定を柱とする対米批判が禁句である中、戦後レジューム脱却の最大手段である改憲だけは例外扱いされている。一つのガス抜きだ。政界からメディアに至るまで親米右派を束ねて率い、愛国者を演じながらワシントンの最良のパペットたり得るのは岸信介を後継する安倍晋三しかいない。

日本ではいまだ家系、血筋が決定的ともいえる力を持つこともワシントンは熟知していた。度重なる大スキャンダルに際しても日本の検察は安倍を追い込まず、無傷で生かしておいた。カリスマ性の頂にある彼を三度御輿に乗せる準備は着々と進められている。世論を動かすキーワードは何か?恐らく「『太平洋版NATOの盟主』日本をけん引できるのはミスター安倍だけ」の類となろう。

 

(注:この記事は岩波書店の「世界」2018年4月掲載記事「安倍『加憲』案の迷走が示唆するもの」を全面的に書き改めたものの冒頭部分です。近く全文掲載します。本ブログ掲載記事「「私の手で改憲成し遂げる」は安倍首相最大の虚言--どう我々を欺いているのか」なども参照願います。)