オバマ政権下の日米ASEAN連携

以下は、「世界」2013年10月号掲載の「共同防衛体制構築で集団的自衛権行使に備える~安倍ASEAN歴訪の舞台裏」の原文です。トランプ現政権下では米中の全面対決が進み、東西冷戦時代のような経済的な結びつきさえなくなり、世界が米欧ブロックと中露ブロックへと分断されようとしているだけに、中国に対し融和と対決の間でに揺れていたオバマ米前政権の姿勢、いわゆる関与政策が異彩を放っている。今秋の米大統領選ではオバマ前政権の副大統領だったジョー・バイデン氏の当選が有力視されており、この論考でも安倍首相にASEAN諸国に対し中国との対決姿勢を露骨にするなと諫める言動が描かれており、次期米政権の対中外交を予想するうえでも興味深い。

 

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共同防衛体制構築で集団的自衛権行使に備える

~安倍ASEAN歴訪の舞台裏

 

■はじめに‐浮上するフィリピン

 参院選での“大勝”を受け、安倍政権が集団的自衛権行使の容認に向け、一気に走り始めた。その地固めとなったのが7月25日から3日間にわたる今年3回目の東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国への安倍首相の歴訪だった。1月のベトナム、タイ、インドネシア、5月のミャンマーに続き、7月にはマレーシア、シンガポール、フィリピンと就任後わずか8ヶ月間に加盟10か国中計8カ国を矢継ぎ早に訪問したが、最重要国はフィリピンだった。

今回の歴訪中、「敵基地攻撃能力の保有検討を盛り込む」(小野寺防衛相)防衛大綱の中間報告書発表、集団的自衛権行使の全面解禁を提言する首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」を8月中にも開くとの表明に続き、最後の訪問国フィリピンでは首相自ら「(集団的自衛権の行使容認に関し)今回会談した各国首脳に説明し、理解を求めた」と総括。8月半ばには安保法制懇が年内にまとめる報告書に「安全保障上密接な関係がある米国以外の国とも集団的自衛権行使をともにする」との趣旨の提言を盛り込むことが判明、「フィリピンが当面の共同行使対象国」と示唆された。

一方、シンガポールで到着を待ち受けていたバイデン米副大統領が安倍首相と会談、「中国と軍事緊張を高めるような言動は慎むように、と首相に伝えた」と報じられ、同じ日にワシントンからは“最良の理解者”のはずのアーミテージ元米国務副長官が「経済の再活性化に最も力を注ぐべき、と警告した」とのニュースが飛び込んだ。

異例ずくめの7月の安倍ASEAN訪問の舞台裏では何が画策されていたのか。日比両国の動きを見据えつつ、一国覇権の立て直しに焦る米国が安倍政権をどうハンドルしているかを探る。

■暗黙の合意

「この国では政治が最大のビジネス。アキノはこれ以上懐を暖めてどうする」。

安倍晋三首相一行がマニラを立ち去った翌7月28日、旧知のフィリピン有力紙編集幹部は、安倍首相との首脳会談に続いて共同記者会見に臨んだベニグノ・アキノ3世比大統領を精一杯皮肉った。

事前収集していた日比2国間関係の現状とアキノ大統領と安倍首相との首脳会談後の発言内容とが余りに隔たっていたため、この記者は共同会見で両国首脳が「大芝居を打った」のを見抜いたのだ。

表舞台と裏舞台とでは何が決定的に違っていたのか。まずは、このギャップを確認する。

日比両政府発表のニュースリリースを読んでみると、今回の首脳会談の内容が2011年9月のアキノ大統領訪日の際、野田佳彦首相(当時)との間で合意をみた「『戦略的パートナーシップ』の包括的推進に関する日比共同声明」と内容が大同小異であるのに気づく。つまり、両国は「戦略的パートナーシップ」の更なる強化のため、①経済連携の強化、②防衛当局間,海上保安機関間の共同訓練や各種交流など海洋分野での協力の一層の促進、③イスラム教徒反政府武装勢力とフィリピン軍との武力衝突の続くミンダナオ島での和平プロセス支援の強化、④人的交流の一層の強化、で合意した。この4項目は前回の共同声明とうりふたつで、今回は②の実行として「比沿岸警備隊の能力向上のための,円借款による巡視艇10隻の供与」が追加されただけだ。

「木で鼻をくくった」内容と言える。フィリピンのメディアの中には中国の名をおくびにも出すまいとする両首脳の物言いの不自然さを率直に指摘する記事が目立った。一方、日本のメディアは概して“大人しく”受け止めた。

バイデン米副大統領がフィリピンへと乗り込む安倍首相をシンガポールで待ち受け“諌言”したのは、今回の安倍首相のASEAN歴訪の主目的がフィリピンとの対中共同防衛体制の構築を事実上仕上げることにあったからだ。

日本の外務省が公表した日比首脳会談概要をみても、米国がいかに日本に対して手綱を締めていたかが判明する。それは、日比両国が直面している中国との領土問題への言及を避け、さらに改憲、自衛権解釈を巡っては、あたかも日比両国の2国間防衛・安保協力とは別問題であるかのように扱った。

一方、アキノ大統領は共同会見で役者ぶりを発揮した。両国のパートナーシップの内実に関して、「海洋協力こそが両国の戦略的パートナーシップの大黒柱であり、これは強化される」とさりげなく語り、尖閣、南沙、中国の名こそ伏せたものの、領有権問題を巡る中国との対決能力向上のため日比両国が共同防衛体制を構築したことを示唆。米国に口を封じられた安倍首相の意思を代弁する格好となった。

上述の有力紙編集幹部の告発は、6月下旬に訪比した日本の小野寺防衛相との会談後、比国防省担当記者たちに“秘密を漏えいした”カズミン比国防相の発言に向かった。

それによると、同国防相は、①アキノ大統領は米国に続き日本にフィリピンの軍事施設・基地へのアクセス権付与を承認した、②アキノ政権は日本の改憲を支持する、③安倍政権とは現在、自衛隊の比基地へのアクセスを可能にする協定締結に向け詰めの協議に入っている、③同盟国軍のため、(旧米軍海軍基地)スービックにある空港を軍事用に再転換する、と明言。一部の比全国紙はこれを大きく報道した。

 カズミン国防相のリークには伏線があった。前日、フィリピン海軍の幹部が「中国の威嚇に抗し、フィリピンは同盟国軍に空、海軍基地を駐屯地として提供する」と核心を突く発言をしたからだ。「外国軍に基地を提供し、駐屯させることはない。アクセスを容認するだけだ」。同国防相は苦し紛れに反論した。

 いずれにしろ、日本とフィリピンとの間に、防衛・安保協力の実施に向けての基本合意はすでにでき上がっている。日比両国は米国の意向を踏まえ、それを暗黙の合意にとどめた。安倍政権にとって、フィリピンとの基本合意を実体のあるものにするためには、集団的自衛権の行使容認という“解釈改憲の枠拡大”が極めて重要な課題となっている。

 

■曖昧な?オバマの対中政策

 次に「盟主」である米国の抱える事情とその政策の動向を検討してみる。

 オバマ米大統領が打ち出したアジア太平洋地域へと方向転換(pivot)するリバランシング政策は、2011年11月のオーストラリア訪問時に北部準州のダーウィンで行った演説がその嚆矢となった。ハワイ、グアム、フィリピンとともに、ダーウィンへ米海兵隊をローテーション配備し、米空軍のアクセスを強化する計画を発表、アジア太平洋地域への米軍の重点配置を最優先事項の一つとしたからだ。

 オバマ政権が、年2ケタ台の国防費の伸びを事実上四半世紀続け、急拡大した中国の軍事力を意識し、同盟国を束ねて対中包囲網作りを進めているのは否定できない。一方、今年6月に米カリフォルニア州で前例のない形で米中首脳会談を実施、7月にはワシントンで両国の主要閣僚が参加した第5回米中戦略・経済対話を行って、内外に対中対話重視を強く印象付けた。今回の安倍ASEAN訪問をにらみ、バイデン副大統領をシンガポールに“特派”したのも、「対話促進を妨げる言動は受け入れない」とのオバマ大統領の意思表示とみるのが自然であろう。

 米中メディアの報道によると、米中戦略・経済対話後に記者会見したロックリア米太平洋軍司令官は中国海軍の太平洋方面への勢力拡大を事実上容認する発言を行った。「米中両軍の関係強化の進展を高く称賛すべきだ」と語り、その理由について「意見不一致の事案も、解決不能な摩擦案件も、両軍で管理できるからだ」と説明した。

 具体事例として、両国海軍による人道支援・災害救助合同訓練や同机上訓練の実施、艦船の相互訪問などを挙げた。さらに、ハワイ沖で年次開催されてきた米海軍主催の2014年リムパック(RIMPAC-2014)への中国海軍の初参加に触れ、「成功を願う」とエールを送った。

このように軍事面だけに絞っても、オバマ政権の対中政策にはタカ派路線とハト派路線、封じこめ派と政策関与・対話重視派が混在しており、分かりにくさが部外者を戸惑わせる。

ただ最も留意すべきは、日本政府の尖閣国有化が中国との関係を決定的に悪化させ、韓国の竹島領有権の主張までを煽る形となった中、2012年末に安倍第2次政権が発足し、これを追う形で年明けに2期目に入ったオバマ政権が旗幟鮮明に対話重視の対中デタント路線を打ち出したことだ。

これを端的に象徴したのが、上記ロックリア米太平洋軍司令官のリムパックへの中国の初参加歓迎発言である。「中国軍は、太平洋をわたっての参加に胸をときめかしているようだ。是非とも成功させて欲しい」と最大級の“歓迎光臨”の辞を送った。中国側はかねてより米中両軍の制服組トップ会談などで「太平洋を分割管理したい。ハワイから西は中国が管理する」と発言したと伝えられているが、太平洋権益を死活的とみる米国はこの種の中国側の言辞を脅威とみて退けてきた。ロックリア発言を額面通りに受け止めれば、事態は“コペルニクス的転回”を遂げたこととなる。

ところが、このような“転回”の背後には、米国の軍事費削減が世界の警察官としての地位の維持を難しくしている状況を踏まえ、中国の軍拡ペースをできるだけ遅らせたいとの事情がある。中国指導部もそこは先刻承知のうえだろう。同指導部がデタントを利用して、一党支配体制に亀裂をもたらしている国内矛盾の緩和、つまり社会・地域格差の是正をはじめ、環境問題対策、産業構造の知識集約型への転換などに国防予算の一部を割り振りたいと考えているとみても不自然ではなかろう。

さらに、オバマ政権の中国との対話重視は、日本に安倍政権が再登場したことと無縁ではない。日米同盟の強化を声高に唱えながらも、戦後レジームの基底をなす米国の対日占領政策によって失った「強い日本」を改憲、国防軍創設、天皇元首化を柱に「取り戻そう」とはやる安倍政権に対し、オバマ政権は神経を尖らせているからだ。

自主憲法制定と対米自立を是とした岸信介元首相を祖父に持つ安倍晋三氏。「祖父と並び、戦後日本の歴代首相の中では突出した右派。4月の主権回復式典で、退場しようとする天皇夫妻に向かって突如会場から、天皇陛下万歳の声が上がり、これに同調したのには驚いた。2月の訪米前、米国人記者はオバマの最も嫌いなタイプだと言っていた。」(在京ドイツ紙記者)。

1月訪米のオファーを袖にし、2月にしぶしぶ迎え入れた格好のオバマ大統領が安倍首相に向けた冷淡さは、キャピトル・ヒルで演説した韓国の朴槿恵大統領(5月)、異例の計8時間に及んだ中国の習近平主席(6月)との首脳会談でみせたパフォーマンスと比較してみれば、歴然とする。

ただ、水面下での対米自立への動きをしっかりと封じこめておけば、当面、安倍政権の利用価値はあると判断しているようだ。

 

■一国覇権の堅持こそ米国の核心的利益

世界の成長センター、東アジア諸国の多くが軍事費の大幅拡大へと動いている。深刻さを増す財政赤字問題を抱えながらも、安倍政権は防衛支出の増額を決断した。財政立て直しを至上命題とする米国政府・議会の軍事費大幅削減で内需が縮小し、外需に活路を見出さざるを得ない米軍産複合体にとっては“干天の慈雨”となった。

一方、超党派の提言をキャッチフレーズとする第3次アーミテージ・ナイ報告書(2012年8月発表)が日本の改憲を非とし、現行憲法の解釈の枠内で集団的自衛権の行使を容認するよう釘を刺したのは、ジャパンハンドラーたちも日本の政治動向への懸念、警戒心を抱いているとみるべきであろう。

米国の対中政策を明確に定義するのは極めて難しい。時の政権に加え、最大、最強の既得権益集団である軍産複合体、ウォール街、石油・エネルギー業界、これに新興のIT通信産業などで構成される、“影の政府”があらゆる局面で暗躍するからだ。

だが、その根底にあるものを見抜けば解がはっきり見えてくる。根幹に据えているのは、いうまでもなく、「揺らぎ続ける一国覇権を立て直し、維持する」との強固な意思である。

その大前提をなすのが財政・金融危機の克服と経済の強化であり、根治策の柱として膨らみ過ぎた軍事予算に大ナタを振るっている。同時に、「責任の分担(burden sharing)」を口実に日本をはじめ主要同盟国に軍事力と関連経費を可能な限り負担させつつ、政府・党の高級幹部や富裕層の子弟を移民として米国に出来る限り沢山取り込んで、中国を内部から変容させる戦略を採用しているのはこのためであろう。

米国の時の政権は、強弱の差があっても、上記の既得権益集団への配慮と、“影の政府”との協調を宿命づけられている。このため、オバマ政権は対中政策で対話最重視を唱えながらも、一方で軍需関連産業のビジネス拡大を念頭に置き、封じ込め政策を展開して、主要同盟国を軍拡へと導き、米軍備品の外需拡大に努めている。

オバマ政権第1期目の国家安全保障会議(NSC)の大統領直属スタッフとして上級アジア部長を務めた人物が「オバマと中国の台頭」と題した書物の刊行を許可され、1期目のオバマ政権の対中政策を現場から“生々しく”説明している。この異例な事態は、習主席とのマラソンサミットと質的には同レベルの措置と言え、2期目の対中政策で独自色を打ち出そうとするオバマ氏の並々ならぬ意欲の現れと読める。

直ちに邦訳されたこの書物の中で著者は、日本に1章を割き、「日本びいきか、中国寄りか、とのゼロサムゲーム的なアプローチを取る」日本のメディアに警鐘を鳴らし、日本の読者にオバマ政権の政策の“深み”に理解を求めている。それは同時に、同政権の対中政策の“柔軟さ”を内外にアピールする情報戦の一環である。

 

■自衛隊初の本格的海外基地建設へ

 共同防衛体制構築で基本合意した日比の防衛・安保協力がどのように展開するかは、グアムの統合軍事開発計画の裏側を覗けば、その輪郭がみえてくる。それは在沖縄米海兵隊のグアム移転を巡る暗部をあぶり出すことにもつながる。

実は、在日米軍再編の目玉のひとつとして日米両政府が合意しながら、米議会の予算凍結措置でこう着したままの在沖縄米海兵隊のグアム移転を巡って、日米当局の実務者らは当初からグアムでの自衛隊基地設置を検討していた。

 米軍の再配置に取り組んだブッシュ前政権は、太平洋を西から東へと着実に“侵攻”してくる中国軍に対し、米軍を第1列島線にある日本に加え、フィリピンにも前方展開させることに奏功した。一方、中国大陸からの短距離弾道ミサイルの攻撃を回避できる可能性があるとされる第2列島線上に位置するグアムが米軍のアジア太平洋地域の中枢拠点とされた。

「自衛隊はグアムの新航空基地を米軍と共同使用する。現時点では公にできないが、合同訓練を名目に自衛隊の海外基地が初めて建設されることになる。米海兵隊のグアム移転費の大半を日本が負担するのはこのためだ」。

森本敏氏が2012年6月4日に発足した第2次野田改造内閣で初の民間出身防衛相に登用される約2カ月前、同氏を良く知る有力な防衛省・自衛隊筋はこう明かした。

この発言で、在沖縄米海兵隊のグアム移転計画を巡る計略が目から鱗が落ちるように見えてきた。米4軍と自衛隊を統合し、グアムをアジア・太平洋地域の中核拠点とするための移転計画は嘘で塗り固められてきた。米政府は議会と一体となって財政支出をできるだけ抑制し、日本に可能な限り資金拠出させるため、過剰な負担に苦しむ沖縄の基地問題を逆手にとって画策を続けているからだ。

グアム移転の実態は以下ように総括できる。

  • 日本政府は在日米軍再編の最優先課題である米軍と自衛隊の統合・一体化を米軍のグアム統合軍事開発計画においても実現しようとしている、
  • 集団的自衛権の行使容認を通じてグアムに自衛隊の初の本格的な海外基地を設置する、
  • したがって、在沖縄海兵部隊のグアム移転は“沖縄の負担軽減”とはまったく別次元の問題となる、ということだ。

在沖縄米海兵隊のグアム移転計画の見直しが決まった2012年初来、森本氏は自衛隊のグアム基地移転を促進するよう公然と主張し始めた。グアムに移転するのは在沖縄米海兵隊だけではなかった。同氏によると、専守防衛という制約から、日本の領土外に基地を設置できないはずの自衛隊も整備・拡充されたグアムの航空基地へ駐屯することになる。

「移転する米兵員数が減るのなら分担する経費も減らせ、という論理は、単純すぎる。この際、自衛隊のグアム基地移転を進め、基地の賃借料を含めて現行のグアム協定通りの経費を日本が負担するのが望ましい。要は米議会がグアム基地建設予算を承認するよう日本としてできるかぎり協力することだ。それが日本を含む西太平洋全域の抑止力強化になる…」(2012年2月16日付産経新聞「正論」掲載の森本論考)。

野田佳彦民主党政権(当時)が森本氏を防衛相に任命したのは、氏が持論とする集団的自衛権の行使容認と自衛隊のグアム基地駐屯実現に向けての地固めであった。換言すれば、米軍と自衛隊の統合運用、一体化を最優先課題とする在日米軍再編合意の円滑な実施に最適の人物だったからであろう。

2012年8月に発表された第3次アーミテージ・ナイ報告書での提言を受ける形で、民主、自民両党は手を携えるかのように集団的自衛権の行使容認を公言し、自衛隊の海外基地設置のお膳立てに努めた。この時、同じ論理が貧困極まる軍備のため中国にまったく対抗できないでいるフィリピンへの自衛隊派遣に適用されようとしていた。つまり、日米比3国は、フィリピンで米軍と自衛隊を統合運用し、軍事施設・基地を共同使用することを討議していたのだ。


■フィリピンは安倍政権への“天恵”

森本氏は防衛相に就任すると、一転して「集団的自衛権の行使は容認しない」と語り、自衛隊のグアム基地移転にも口を閉ざし続けた。就任前に著書で集団的自衛権の行使容認を主張した野田首相(当時)が2012年2月の国会答弁や同年10月の自民党の安倍総裁(同)との党首討論などで「政府としては行使できないという解釈をしてきた。現時点でその解釈の変更は考えていない」と発言しており、森本氏はこれに歩調を合わせただけだった。

自民党が日米同盟強化と集団的自衛権の行使容認を訴える中、民主党政権の国家戦略会議フロンティア分科会は2012年6月に集団的自衛権の行使容認を提言する報告書を野田首相に提出した。時間の問題となっていた公人による

行使容認への言及は2013年7月の参院選後、安倍第2次政権によって堰を切ったように行われ、タブーは解消された。

 自衛隊の海外基地設置に関して、上述の有力な防衛省・自衛隊筋は「共同訓練、合同演習といっておけば、集団的自衛権の行使という憲法問題には抵触しない。あくまで訓練で押し通すしかない」と語った。だが、今や状況は一変した。それでも日本政府はグアムと同様、フィリピンの件も、世論の刺激を避けるため、当面、基地を米軍との共同訓練、合同演習の拠点と言い包め、押し通す構えだ。 

だが、民主党政権時代にすでに衣の下から鎧は見えていた。2012年4月18日付の日本経済新聞は「政府は…自衛隊を初めて米国領(自治領)に駐留させて、米軍との本格的な演習や訓練に乗り出す方向で調整に入った。米自治領・北マリアナ諸島のテニアンに拠点を確保する計画だ。実現すれば、日米安保協力は新しい段階に入る」と報じている。

米国防総省によれば、テニアンの軍事施設は米海兵隊のグアム移転計画の一環として建設され、大半が日本の負担で実施されるアンダーセン空軍基地をはじめグアムの米軍事施設の整備・拡充計画の延長線上にある。上記の報道は「自衛隊を初めて米国領に駐留させる」と伝えたものの、テニアン駐留の目的は「安全保障上の大きな課題になっている離島の防衛能力などを高めるため」の訓練や演習としており、「あくまで訓練で押し通す」との政府の意向に沿った形となっていた。

今回の日比首脳会談での合意には、テニアン、グアム両基地の日米共同使用、事実上の自衛隊基地建設と同じ論理が貫かれている。フィリピン国軍は国防能力を欠如し、その実態は国内向けの治安部隊である。歴代米政権は、フィリピン政財官の目を覆わんばかりの腐敗に目をつぶり、財政力を意図的に脆弱にして、軍事費を雀の涙にしてしまうことで、対外防衛での米国への全面依存と在比米軍のプレゼンス維持を図ってきた。

日比防衛当局が2013年6月下旬、「海と空での協力」(小野寺防衛相)で合意したのは、日本が米国の負担を一部肩代わりするとの誓約を意味する。日比間で協議中とされる安全保障協力協定(仮称)が締結されれば、フィリピン有事の際、比軍はもとより自衛隊は米比相互防衛条約を順守する米軍とともに、共同防衛活動に踏み切らざるを得なくなる。連立を組む公明党に集団的自衛権の行使容認を強く拒まれていた安倍政権にとってフィリピン政府からの安保・防衛協力を巡る強い要請は天の恵となった。

これを裏でアレンジしたのは米保守中枢の共和党主流とみられる。いずれにしろ、安倍政権には「フィリピンからの強い要請」に基づく支援という免罪符が付与されることになる。

 

■米国のフィリピンロビー

 参院選が終盤に入った2013年7月16日。東京・市ヶ谷にある国際協力機構(JICA)研究所で、同研究所がアジア財団(本部・米サンフランシスコ、TAF)と共催し、6月に発表されたTAF報告書「アジアにおける国内紛争」をテーマにしてシンポジウムを開催した。

主役を務めたのはTAFの上級職にある米国人2人で、1人はマニラにオフィスを構えるフィリピン・太平洋諸国駐在事務所の代表スティーブン・ルッド氏だった。同氏は基調報告で、フィリピン南部ミンダナオ地方のイスラム教徒反政府勢力と比政府との和平交渉プロセスを事例として取り上げ、TAFがJICAと共同して始めたミンダナオ和平支援プログラムの抱える諸課題を指摘した。上述のように、「ミンダナオ和平プロセス支援の強化」は、11日後マニラで開催された日比首脳会談での合意事項のひとつとなった。

 アジア財団(TAF)マニラ事務所が東アジア地域における米中央情報局(CIA)の代理組織として大きな影響力を行使してきたことは、米国の裏の動きをウオッチしている者にとっては常識となっている。米国務省元職員が2003年に刊行した著書(邦訳名:アメリカの国家犯罪全書)の言葉を借りれば、「TAFはCIAの重要なダミー」であり、反米、左派とみられる研究者、記者、活動家が属する機関、組織に働きかけて、潤沢な資金援助を提供し、それらを中立という名の無力化、あるいは親米化へと導く“影の政府”の諜報・外交部の役割を果たしてきた。

アジア18カ国に事務所、出先機関を擁するアジア財団の米国本部は2013年4月、JICAと業務協力協定(MOU)を締結し、米国務省傘下の米国際開発庁(USAID)が20年近くミンダナオで実施してきた開発支援プログラム「ミンダナオ公平成長計画(GEM)」を後継する新支援プログラムを2013年から立ち上げた。ここでも日本政府が米国政府の肩代わりを行い、米国の財政削減策に全面的に“貢献する”典型的なパターンがみられる。だが、もっと深刻なのは、米国の民生支援を装った準軍事・諜報活動に日本の政府機関が全面的に巻き込まれてしまったことだ。

日本に1週間滞在したルッド氏のスケジュールは、公開されたJICA研究所でのシンポジウム参加以外は不明だったが、シンポに参加したTAFの要人2人が、安倍ASEAN歴訪を控え、外務、防衛両省の実務者と日本とASEAN諸国との共同防衛体制、安保協力の促進を巡り密談したのは確実と思われる。同時に、安倍・アキノ首脳会談での4つの主要合意事項の1つで、米国が権益化を図ってきたミンダナオ問題について討議を深めたはずだ。

 

■豪北部準州とミンダナオ

 「フィリピン第2の大島、ミンダナオ島には時価1兆ドルを超す鉱物資源の埋蔵が見込まれている」。米有力紙国際版が2000年代に米政府筋の予測をベタ記事でこのように報じたことがある。2001年9月の米同時多発テロ(9・11)を契機に、この“約束の島”にテロリスト掃討を名目に米軍が実質駐屯を始めて間もなくのことだった。

 アキノ母大統領を後継したフィデル・ラモス(1992-98)は国軍参謀次長時代の1980年代前半から米保守本流と密接に連携してマルコスの長期独裁に終止符を打ち、米比関係を再構築してきた。そのラモスが政権に就いて最重要政策の1つとしたのが「ミンダナオの和平と開発」だった。

 1992年から比大統領府はUSAIDと共催し、「ミンダナオ経済会議」を同地方各地で年次開催している。詳述は避けるが、日米豪比の軍事協力体制が事実上構築された今、この会議に絡み1点だけ特記せねばならない。それは2011年11月にオバマ大統領がリバランシング政策を初めて表明したとされる豪北部準州とこの会議が密接関連していたことだ。

第4回会議は1995年9月、ミンダナオ島最南端のゼネラルサントス市で開催された。この年から3年続けてオーストラリア北部準州(NT)の州政府は100人近い官民合同の代表団を同島に送り込んできた。褐色の肌をしたミンダナオ現地の人々やマレーシア、インドネシアなど近隣国からの代表団の中にダークスーツに身を包んだアングロサクソン系白人が大群をなして押し寄せた光景は実に異様であった。

同経済会議の発足と併せ、ブルネイ、インドネシアのカリマンタン地方(ボルネオ島)とスラウェシ島、東マレーシアのサバ、サラワク両州とミンダナオ地方とで「ASEANの低開発地域の経済的底上げ」をキャッチフレーズにした「東アセアン成長地帯(EAGA)構想」が打ち出され、ブルネイ、インドネシア、マレーシアからも代表団が経済会議に派遣されたが、NT代表団は数においても圧倒した。

 初回の代表団は当時のシェーン·ストーン州首相自ら率いて乗り込んだ。そして、ミンダナオと経済、技術、文化、人の交流を活発に進め、EAGA加盟国・地域との緊密な連携関係を築きたいとのNTの意向を表明した。

 豪州NTはキリスト教圏、EAGAは東南アジアのイスラム圏の結集体。NTの行動は謎だったが、そのEAGAへのアプローチの基底に軍事的意図が隠されているのに気づくのにさして時間はかからなかった。

ビル・クリントン政権下の1996年、米政府は対比経済援助の大半を注ぎ込んだゼネラルサントス市にジャンボ機離発着可能な3000メートル級の滑走路を有するフィリピン随一のモダンな空港を完工した。建設中から、当時の同市長らは時期の明示をできなかったが、空港がいずれ米軍と軍民共同使用されることを示唆した。地元関係者によると、9・11を契機にミンダナオに駐留を始めた米軍が同空港で無人機の夜間飛行訓練を実施し始めたという。

つまり、 “米国外の最大の米国”と言われた1992年のクラーク、スービックからの米軍完全撤収から間髪を入れず、米政府はグアムに加え、豪州北部、フィリピン南部ミンダナオを新たな米軍の中枢拠点とすべく動いたのだ。NT州政府は東南アジア諸国との連携、とりわけフィリピンとの軍事提携を目論むキャンベラに指示され、ワシントンに促されて、ミンダナオ経済会議に代表団を送り込んだのだった。

日本は2007年の安倍第1次政権時代にオーストラリアとの安保共同宣言に署名、安保条約を締結している米国以外の国と初めて安全保障面で連携した。グアムに関しては、上述の通りである。ミンダナオではJICAが米比両国とともに「和平と開発」に全面的に関与中だ。安倍政権は1次、2次にわたり米国のリバランシング政策の最前線で協働している。

オバマ大統領のリバランシング政策は決して目新しいものではない。1980年代に太平洋間の貿易量が大西洋間のそれを抜いて以来、米歴代政権は空母配置の重心を次第に大西洋から太平洋へと移すなど方向転換(pivot)を着実に進めてきた。

共和党系の有力なシンクタンク、ヘリテージ財団(本部・ワシントンDC)が米軍のフィリピン不在中の1998年に発表した米比関係再構築に関する報告書を読むと、在比米軍完全撤収から2002年の米軍の比再駐留に至るまで、そこで提示されたシナリオ通りにほぼ事態が動いたのに驚かされる。

フィリピン政界は米陸軍士官学校卒のラモス元大統領の強い影響の下にある。ラモスは同士官学校の2年先輩でレーガン第1期政権のアレクサンダー・ヘイグ元国務長官との深い交友関係を取っ掛りに共和党主流と強い絆を築いた。関係者によると、アキノ現政権の対米政策はラモスの意向に従っているのが現状という。

米国の対フィリピン政策は米保守本流をなす共和党主流が主導してきた。今回の日比安保協力体制も米保守本流のイニシアティブ、アドバイスなくして構築はあり得なかったと思われる。

 

■経済繁栄の演出

 米国の財政・金融危機、欧州の通貨・債務危機、日本の経済停滞、中国を筆頭とする新興国経済に陰りが見え始めた中、東南アジア経済が“絶好調”である。97年アジア経済危機で終焉した前回の東南アジア経済ブームの中心だったタイに代わり、今回はインドネシアとフィリピンが主役となった。

英フィナンシャルタイムズ紙は2013年に入ると両国経済が金融・不動産を中心にバブル化しているとみて、その崩壊、破たんに警鐘を鳴らす記事を掲載し始めた。

フィリピンを例に挙げると、日本からの直接投資額は中国からの移転投資を中心にここ数年、毎年2ケタの伸びを示し、2011年は対前年比30%を超えて過去最高を記録した。だが、「全体の投資額のうち不動産、株、債券など間接投資(投機)の占める割合が異常に高い」(日本貿易振興機構)。2008年のリーマンショックに端を発した米国の金融危機を受け、米連邦準備制度理事会(FRB)が打ち出した量的緩和政策によりオーバーフローした米ドルがASEAN諸国へと大量に流れ込んだためだ。成長とは無縁な、圧倒的多数を占める貧困層の生活はインフレの進行でさらに悪化している。

フィリピンの2013年第1四半期の国内総生産(GDP)実質成長率が7.8%を記録し、同7.5%の中国を上回った。南シナ海の南沙諸島を巡る領有権紛争で、中国の圧倒的な軍備の前に手も足も出せず、臍をかんでいたフィリピン国民は熱狂した。同時に、中国経済の長期停滞を予測する欧米の有力メディアも出る中、米英の格付け会社に続き、日本の同業者もそれまで「投資不適格」としていた比長期国債を「適格」に相次ぎ格上げし、金融・債券市場をさらに活気づけた。

日本が対比安保協力を進めていることが報道されると、最もリベラルで、手厳しく政府を批判することで定評のある有力英字紙の電子版記事の読者コメント欄は日本礼賛であふれた。ウォール街が政治的効果も視野に入れて、投機資金をインドネシアやフィリピンに投入しているのは否定できないところだ。

東南アジア地域の経済は華僑によって支配されている。フィリピンではマニラの旧市街地ビノンド地区に中華街がある。ビノンド銀行と呼ばれる“フィリピンの影の中央銀行”の所在地でもある。

華人商工会議所元役員の華僑(85)と8月初め、旧交を温めた。その際、この好々爺は「アキノ(現大統領)が財政規律を徹底し、汚職に厳格に対処しているのもフィリピンへの好感度が上った一因だ。中国本土からも相当な投機資金が流れ込んだ。しかし、2016年6月に任期満了となるアキノにはまともな後継者がいない。アキノ後の政官界は再び汚職と腐敗の巣となり、確実にバブルは弾ける」と断言した。華僑、米投機筋ともにすでに引き際を入念に探っている。

2014年1月末の任期切れを控え、緩和政策の出口を探るバーナンキ米FRB議長が5月下旬に量的緩和の縮小に言及すると株価は一時急落、比現地通貨ペソの対ドルレートは下落基調に転じた。こんな中、米欧の有力メディアには、アベノミクスの金融緩和効果として東南アジアへ直接、間接投資の形でフローしてくる資金が2015年経済統合を目指すASEANの持続的成長を後押しできる、とASEAN経済減速への懸念を払拭する論調もみられた。

日米一体となった対比防衛・安保協力は、フィリピンの経済動向と密接に絡み合いながら、最終ステージへと進んでいる。

 

■むすび‐日米の暗闘

 集団的自衛権の行使が全面容認されたところで、実質行使のためには国会の承認など険しい壁が立ちふさがっており、即解禁とはならない。安倍政権はこの壁をクリアするための法整備を次なるターゲットにしている。

8月に入ると安保法制懇の北岡伸一座長代理が全国紙とのインタビューに相次いで応じ、集団的自衛権行使の全面的解禁を提言すると、明言した。提言は年内にも行われ、米国以外の国とも共同行使するとの文言が盛り込まれる見通しだ。また安倍政権は行使容認に積極的な小松一郎駐仏大使を内閣法制局長に起用、集団的自衛権見直しに向け着々と布石を打っている。

日比安保協力に関わる法整備は水面下で進行中。日本政府は今後、世論の動向を見極めながら、これを水面に浮上させるタイミングを模索することになる。

さらに、現下の状況からみて、日比安保協力協定(仮称)をはじめフィリピンを“訪問する”自衛隊の地位に関する2国間合意など最終的な詰めの作業は十分に時間を掛けて行える。オーストラリア、インド、フィリピンに続く、安保共同宣言調印あるいは安保協力協定締結の対象国は中国と武力衝突を繰り返すベトナムだ、との声も聞こえてくる。

マニラからの帰途、マレーシア・サバ州(ボルネオ島)の州都コタキナバルに立ち寄った。政府系経済機関幹部となった知人と13年ぶりに再会するためだった。英国、米国の名門校に留学して経済学修士を取得した、温和で寡黙だった熟年紳士が再会するや激しい口調で安倍政権を批判した。

「米国の保守派は、中国の軍事力を脅威だと煽り立て、日本の保守政権はそれに便乗している。チベット、ウイグルは別として、中国が他国を侵略したことはない。逆に、日本は明治維新を契機に新君主制と富国強兵を柱とする近代化政策を採用、旧帝国憲法の欠陥が軍国主義を台頭させ、中国、朝鮮を凌辱し、東南アジアを隷属させた末、大破たんしたではないか。安倍政権は今の日本人の多数派が政治アパシーに陥り、ひたすら経済の好転を願っているのを逆手に取り、反省なく戦前回帰を志向している。膨張する日本の右派勢力の動きが心配だ」

1月から7月にかけての安倍首相のASEAN8カ国歴訪には、「反日は中国と韓国だけ。大半のアジア諸国は親日であり、安倍政権は圧倒的に支持されている」との世論を醸成する目的があったはず。現に、「親日国20VS反日国2」という本質論議を無視した論調が出現している。この傾向に拍車が掛かれば、米国は超党派で安倍第2次政権の長期化を拒む措置を講じる可能性がある。オバマ政権に協調する、中国と韓国の安倍首相との首脳会談拒否と“無期延期”はその前兆ではないのか。日米比による安保協力体制構築とは次元を異にした、日米の暗闘が始まった。