2025年11月7日、高市首相は国会答弁で「台湾有事は存立危機事態になり得る」と述べた。前段は官僚機構が準備した応答要領に沿ったものであり、歴代内閣の立場と一致していた。しかし後段では独自の見解を披露し、台湾を中国の支配下に置く場合に武力が伴えば存立危機事態に当たると断言した。この部分は官僚答弁要領を逸脱した暴走であり、歴代内閣の立場を逸脱する重大な発言であった。植草一秀氏は自身のブログ「知られざる真実」でこの発言を厳しく批判し、日中共同声明・平和友好条約の根幹を覆す危険性を指摘した。
■支持率は歴代最高レベル
高市氏は午前3時から独自に準備を始め、この後段発言を自らの言葉で披露したとされる。深夜から準備してまで官僚の統制を外れた発言を行ったことは偶発的な失言ではなく、意図的な暴走と断ぜざるを得ない。中国政府はこの発言に激しく反発し、「レッドラインを超えた」として対日政策を硬化させた。渡航制限や経済制裁が発動され、日中関係は根底から揺らいだ。
しかし国内世論は逆に高市氏を支持する方向に動いた。危機を煽る強権的言葉は「強いリーダーシップ」として受け止められ、支持率は歴代最高レベルの75〜82%台の高水準を維持した。外交的には危機を招きながら、国内的には支持率が上昇するという二重構造が現れたのである。これは民主主義の空洞化とファッショ化の兆候を先行して示すものであり、国民が危機を煽る言葉に安心を見出す異常な構造を浮き彫りにした。
■「死ぬのは日本人」と米側
この二重構造は国内政治にとどまらず、米国戦略とも連動している。米戦略国際問題研究所(CSIS)は台湾侵攻を想定した机上演習を公表し、「在日米軍基地や自衛隊が標的となり数千人の隊員が命を落とす」と結論づけた。これは「日本人よ、今度は米国のために死ね」と言うに等しいものであり、日本を米国戦略の犠牲として扱う姿勢を露わにした。
ランド研究所も2022年に「日本列島全体が中国軍の攻撃対象となり、破壊的なミサイル攻撃が行われる可能性」を警告している。米国のシンクタンクが相次いで日本の犠牲を前提とする分析を公表することは、日米安保体制の本質を示している。日本は「最も重要な同盟国」と持ち上げられながら、実際には米国の戦略的犠牲として扱われているのである。
■安保条約の歴史的軛
1951年、サンフランシスコ講和条約と同日に日米安全保障条約と地位協定が締結された。昭和天皇がジョン・ダレスに「防共と国体維持」を要請したことが背景にあり、安保条約は日本の新たな「国体」として定着した。敗戦の軛は、憲法9条の平和主義と並存しながら、米国の軍事的支配を制度化する形で続いてきた。
米国は当初、日本を非武装国家にする方針を持っていたが、1949年までに転換し、朝鮮戦争を契機に再軍備を推進した。警察予備隊から自衛隊へと発展する過程は、米国の戦略的必要に応じて日本を再び軍事大国化させる道筋であった。安保条約はその制度的基盤となり、日本を「潜在敵国」と見なしつつ縛り付ける仕組みとして機能してきた。
この構造は今日まで続いている。米国は日本を「最も重要な同盟国」と称賛する一方で、安保条約を通じて日本を封じ込め、勝手な行動を許さない。CSISやランド研究所の警告は、この歴史的軛の延長線上にあり、日本が敗戦以来一貫して米国の戦略的従属に置かれてきたことを示している。
■二重構造とジャパンプロブレム
外交的には危機を招きながら、国内的には支持率を維持する。この二重構造は「ジャパンプロブレム」の核心である。高市首相の台湾有事発言は日中関係を破壊する危険な逸脱であった。だが国内では支持率が高水準を維持した。
中国嫌いはエスカレートする一方で、世論が反米、親米離れと向かう兆しはない。この20年の米国の中国封じ込め戦略と日本の中国嫌悪プロパガンダは見事なまでに奏功した。
本来なら政治リーダーの外交的失策は支持率低下につながるはずだ。しかし日本では逆に支持が維持される。「高市は対ロシア関係でもやみくもに暴走している。暴走は自爆に繋がる」と元ウクライナ大使馬淵睦夫氏は警告した。
この構造は、戦前翼賛体制の「一億火の玉」と同質であり、形式的には自由主義を掲げながら実質的には新翼賛体制に組み込まれている。国民の沈黙と同調が、危機を煽る政治を支える土台となっているのである。
米ネオコンに親和する高市発言の暴走、旧敵国条項を発動するとの中国の怒り、日本世論の反発と支持率上昇、そしてファッショ化の兆候は、CSISやランド研究所の分析と同じ文脈に位置づけられる。すなわち、日本は米国の戦略に従属しながら、国内では強権的言葉に支持が集まる。この異常な構造こそが「ジャパンプロブレム」であり、敗戦の軛とファッショ化が結びついた危機的状況を示している。