朝日のプーチン演説批判記事に聴く日本新聞産業の挽歌

「ぶち切れ」演説30分 ウクライナ侵攻への足音ー。2022年8月末、日本の朝日新聞は1面トップに「プーチン氏、侵攻の予兆は15年前」との見出しを付けた記事を掲載し、筆者を驚がくさせた。本ブログは1月7日掲載論考「ロシア巡る米独の攻防 全欧安保体制とブレジンスキー構想 近代日本考:補」の柱の1つとしてプーチン露大統領の2007年ミュンヘン安保会議での演説の意義を強調した。かつて日本の良識を代表するとされたこの新聞は同演説について「歴代米政権はロシアと前向きな関係を築こうと努めたが、敵意を強めるプーチン氏には通じなかった」と報じた。上記本ブログ記事を頭ごなしに否定しようとしない読者であれば、朝日新聞の記事に米国主導の西側世界への過剰同調と姑息なへつらいを読み取ることは困難とは思えない。衰退から消滅へと向かう日本の新聞産業の末路を象徴した。

この新聞記事は「民主主義を広げることで平和で安全な世界が形成されるという理想をブッシュ(子)政権は持っていた」と書いた。確かに、ブッシュ子政権は2003年イラク侵攻に際しても同様なレトリックを用いた。しかし、その裏は本ブログの上記論考に収めた「■米ネオコンの狂気」を読めば理解してもらえるはずだ。要約してみる。

「米欧日の既成メディアは『ウクライナの戦いはプーチンの狂気のなせる業』として日々伝えるが、どうみても「ウクライナ戦争はネオコンの狂気のなせる業」である。

米ネオコンの論客ロバート・ケーガンが2003年のイラク戦争開戦に併せて出版された著作「OF PARADISE AND POWER America and Europe in the New World Order 」で、ケーガンは、イラク戦争に強く反対したドイツ、フランスを念頭に置き、「ヨーロッパは『ポストモダンの楽園』に向かっており、アメリカは力を行使する」と宣言した。

ネオコンにとって東西冷戦の終結は『永遠平和の始まり』ではなかった。「世界はいまだ力と力がぶつかり合う絶え間ない戦いの只中にある。それ故唯一の覇権国となった超大国アメリカは既存の国際ルールに拘束されない第二次大戦の戦勝国が組織した国連の唱える集団的安全保障体制は機能しておらず、米国が定めたルールに基づく新たな世界秩序を構築するため力を行使して行く」のだ。

2014年に親露派ヤヌコビッチ政権を打倒したクーデター=写真=を現地で指揮したのがケーガンの妻で当時のヌーランド米国務次官補だ。ホワイトハウスから当時の副大統領だったバイデン現大統領の采配を受けていた。ドイツ、フランスが米主導のクーデターに立ちふさがったため「EUなんてクソくらえ」と捨て台詞を吐いたことが盗聴された電話に記録されている。

ネオコンは、中東では2003年のイラクを嚆矢にリビア、イエメン、シリアなどでロシアと親しい反米国家や社会主義に近寄る政権を転覆するため反政府武装組織に代理戦争を行わせた。これは米国主導でイスラエルを中核に中東の勢力図の抜本的再編を図るとともに、独自共通通貨を持とうとしたリビア主導のアフリカ連合(AU)の台頭を阻止するものだった。

イラクだけで民間人50~60万が巻き添えになった。キリギス、アゼルバイジャン、ジョージアなど旧ソ連圏でのカラー革命の中核にあるのがウクライナである。米ネオコン主導の一連の戦禍で100万単位の非戦闘員が犠牲になっている。

「自由と民主主義、人権、法の支配」という普遍的価値の共有。これが米G7の表看板である。彼らの欺瞞はここに極まっている。

1992年2月ニューヨークタイムズは「米政府、冷戦後に新たな大国出現を防ぐ方針」といった見出しを付け、国防総省作成の「国防計画指針」の最終草案を入手したと報じた。ウォルフォウィッツ国防副長官が中心になって作成したといわれる同草案には、①ソ連崩壊後、唯一の超大国となった米国は新たに対抗する大国の出現を防ぐ②この目的のために挑戦者を受け付けないほどの巨大な軍事力と建設的な力を保持する③連合組織が十分に機能しないとわかれば、独自に軍事行動を行う-などの指針が盛り込まれていた。

ケーガンの思想を先駆けたこの指針は、米単独覇権のためには国連憲章をはじめとする国際法を無視し、米国に敵対する勢力は巨大な軍事力でことごとく潰すとの宣言と読み取れる。彼ら米ネオコンこそ「現代世界の悪魔」と言える。2007年ミュンヘンでネオコンの狂気の行き着く先に警鐘を鳴らしたプーチンは、ウクライナで追い詰められた

キッシンジャーと並ぶ「歴史現実主義」者とされる米政治学者ミアシャイマーが2014年に発表した論文「ウクライナ危機は西側が引き起こした」などは決して引き合いに出したからず、現代世界を覆う狂気に眼を覆う西側メディア。彼らもまたあまりに狡猾である。

朝日の2面には「対ロシア外交 20年の舞台裏」と題して、「オバマ政権 リセット政策失敗」、「対ロシア制裁 増やすべきだった」、「クリミア併合 甘かった対応」、「不合理な戦争に突き進むほどプーチン氏の歴史観や被害者意識は強固なものだった」、「トランプ登場で、ロシアの思惑通りに」…との小見出しが並ぶ。まるでバイデン政権の広報紙となっている。あるいは最も米政権に好意的な米メインストリームメディアのロシア報道の縮刷版である。

この新聞の記者たちが回避されるべきだった2022年2月のロシア軍によるウクライナ侵攻という悲劇を招来した2014年・15年ミンスク合意のウクライナ政府による不履行を知らないはずがない。2004年と2014年のウクライナでのクーデターの背景、欧州とロシアに挟まれたウクライナの歴史と住民・言語・文化・宗教の複雑な構成、ロシア革命に伴いともにソ連邦構成国家となったロシアとウクライナの国境線引きの背景、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長による思い付きと言えるクリミア半島のウクライナへの割譲をもっと丁寧に報道すべきではないのか。さらにはゼレンスキー現ウクライナ政権の発足にどのような勢力のどのような力が働いたのか。

これらを一切報道せず、プーチン・ロシアを不俱戴天の敵と断じるのは何のためか。日本の新聞発行部数は昨年だけでも200万部は減少したという。あと10年経てば販売店を通じての宅配制度は確実に消え去る。たとえ全紙が合同の販売システムを構築しても15年もすればそれも破綻しよう。不動産収益で新聞経営を続けているという朝日はデジタル版で存続しようとするのか。今やオルタナティブメディアの多くが深く、内容の濃い報道を行っており、権力サイドにとって「お行儀の良すぎる」「深みのない」既存メディアの生き延びる道は閉ざされている。

この記事が日本の新聞産業の「挽歌」に聴こえてならなかった。