3月22日にロシアのモスクワ郊外コンサート会場で起き143人が死亡したテロ事件はかつてなく米国、英国の関与を赤裸々に示した。本稿では犯行声明を出したISKP(イスラム国ホラサン州、Islamic State – Khorasan Province)が米国の支援を受けて結成されたテロ組織であり、2001年の9・11(米同時多発テロ事件)に伴う米軍主導の多国籍軍によるアフガニスタン侵攻と20年に及ぶ駐留の中で生まれたことを指摘する。そもそもISの組織化はイラク戦争とシリア騒乱における米国による産物であった。このことは米政府や米軍の高官が10年も前に認めている。イスラムテロ組織は決してジハードを唱える反米イスラム過激派として自発的に生まれたものとは言えない。23年前の9・11を口実にブッシュ米ネオコン政権がアフガニスタンに軍事侵攻した目的は、米同時多発テロ事件に対する報復、すなわちアルカイダと結ぶタリバン掃討ではなかった。それは米英が中国とロシアの裏庭に地政学的支配の楔を打ち込むことにあり、イスラムテロ組織はそのコマだった。ウクライナが対露戦争で決定的な劣勢に立っている今、ロシア側は「米英・NATOはウクライナの支援を受けて高度に訓練を受けた武装勢力をロシア国内、中露に隣接する旧ソ連圏中央アジア五か国へ密かに送り込みテロ活動を活発化させようとしている」と警戒している。
2006年にイラクを源に出現したイスラム国(ISIL)はアルカイダと合流して勢力を増し、2014年にはシリア領内のラッカを「首都」とする「国家」樹立を宣言した。シリアの反政府勢力を支援する米英・有志国軍が2015年に開始したISILの殲滅を目指すとする軍事作戦でもたついている中、シリア・アサド政権を支持するロシアの空軍は短期間でISILを掃討した。米英がISILの温存に関与しているとの疑いが決定的になったのは、ISIL勢力が2015年にシリア東部の砂漠をトヨタ車で大挙して移動しているのを米軍が衛星で確認していたはずなのに放置した事件だ。米軍主導のIS壊滅に向けた「生来の決意作戦」はその後も2020年過ぎまで続き、米英は2019年にはシリア東部のISIL最後の拠点を制圧したと発表した。
だがISは中央アジアに移動した。今回のモスクワ郊外テロ事件の犯行声明を出したISKPの拠点ホラサンとはイランの一部、アフガニスタンやパキスタンの一部を包含する地域を指す。主要拠点はアフガニスタンとされる。今回の事件の実行犯4人はタジキスタン出身であった。ISKPの活動範囲は中央アジアだけでなく東南アジアにも及んでいる。2017年にはフィリピンで大乱が起きた。反米へと外交政策を大転換し親中露路線を打ち出したフィリピンのドゥテルテ前政権と反政府勢力による内戦となったミンダナオ島マラウィではマウテグループとISILが反政府勢力の主力となり、政府軍による鎮圧まで戦闘は半年近くに及んだ。バンコク在住の米国人地政学アナリスト、トニー・カタルッチは「長年にわたるサウジとカタールによる国際テロへの支援は、米国の提供する物資や政治的な支援によって可能になっている」、「(ミンダナオにおける)ISとマウテの活動は、このパターンにピタリと符合する」と解説した。
【写真】半年間の戦闘で廃墟となったフィリピン・ミンダナオ島のイスラム拠点都市マラウィ。
ISをはじめ中東、中央アジア、東南アジア各地から結集したイスラム武装勢力のフィリピン国軍への本格攻撃は歴代比大統領として初めてロシアを訪問したドゥテルテ大統領=当時=が2017年5月22日にモスクワに到着したのとほぼ同時に開始された。武装勢力から押収された武器に米国製が多数見つかったという。ロシア、中国はフィリピンに軍事援助しており、この内戦は中露VS米国の代理戦争の様相を呈した。
米政府や米軍の高官の中には、イスラム国(IS)が米国に直接、間接に支援されていたことを明かした人物が少なからずいる。2014年1月に「イスラム首長国」の建国を宣言したISについて同年9月、トーマス・マッキナー米空軍中将(当時)がFox Newsでワシントンの組織化支援を明かし、マーティン・デンプシー統合参謀本部長は米議会でアラブの米同盟国が資金提供したと証言した。米軍撤収後のアフガニスタン・タリバン政権と中国の将来の関係について問われたジョー・バイデン米大統領は記者団に、愉快そうにオフレコでこう答えたという。「中国はタリバンで大きな問題を抱えている。中国だけでなく、ロシア、イラン、パキスタンも…。彼らは今起きていることを理解しようと努めている。だから、今後の展開を見るのは興味深い」
2021年にアフガニスタンから米軍が撤収し首都カブールをタリバンが制圧したことは、中央アジア地域のイスラム過激派を触発した。2021年1月にイスラム過激派による騒乱に対処したカザフスタンをはじめ中央アジア諸国の政府がこれに神経をとがらせていることは確かだ。米国はアフガニスタンで屈辱的、歴史的敗北をなめさせられたと言われてきた。だが米国には、「明るい兆し」を見てとる者がいる。それはブッシュ米政権がアフガニスタンに侵攻した動機は、決して米中枢同時テロ事件(9/11)に対する復讐ではなく、むしろ中国とロシアの裏庭に対する侵攻であり、「20年戦争遂行に何兆ドルもの資金を投じた米国はアフガニスタンを中国やロシアやイランや中央アジア地域にとって、不安定化が煮えたぎる大釜にした」と考えるからだ。
20年前の9・11後の一時的なものにせよ、ネオコンはロシア、中国の警戒心を緩ませて「テロとの戦い」に協力させ、中央アジアのキリギスタン、ウズベキスタンに米/NATO基地も設けた。そこを拠点にこれまでにテロリズムの種を十分に蒔いてきた。これが対テロ戦争の真実と言える。
ついでながら、中国は広島でのG7サミット開催と日時を合わせ、陝西省西安市で2023年5月18日から19日、中国と中央アジア5カ国による「中国・中央アジアサミット」を開催した。これに対し、米国は国連総会に併せ同年9月21日にニューヨークで中央アジア5カ国と初めて首脳会合を開き、この枠組みを「C5+1」と命名した。日本は米国の下請けとして12年前から「『中央アジア+日本』対話」を開き、東京と各国首都で交互に対話を続けている。表向きの「きれいな援助外交」の裏ではテロリストを活用した破壊工作が続いている。モスクワ郊外テロ事件の実行犯はウクライナに逃亡しようとして身柄拘束された。ウクライナ戦争はNATO東方拡大の到着点を目指すものだったが、ウクライナ戦争がとん挫すれば日本も組み込まれた米英・NATO勢力は中央アジア5か国、アフガン、パキスタン、新彊ウイグルなどに散らばるテロリストを育成拡大し、ロシア攻撃や中国かく乱へと総動員していくことだろう。
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