漂流日本③ 日本衰退凝縮する内部留保爆増ー企業栄えて民滅ぶ

本稿は

漂流日本ー明治維新、対米敗戦、失われた40年へ  序

漂流日本② 米国の見えざる占領ー破綻か再生かの岐路に

の続編である。

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序章で、筆者は2023年以降の日本を近代第3期と命名した。だが日本は近代第3期に入っても、30年続く長い衰退からの脱却の展望を拓けないでいる。この30年間、経済先進国とされる日本が、高度成長からバブル期までに蓄えた富を簒奪されながら、軍事的に米国に統合されていった形態は21世紀型新植民地主義と呼ばれ後世に語り継がれることとなろう。

異様な富の蓄積

第二の対米敗戦と呼べる1991年バブル経済崩壊を受け、以降、米国は日本を目に見えないまま事実上経済占領し、主としてウォール街の意向に沿って規制緩和、構造改革の名の下、日本改造を進めた。この「改革」は、生活コストの上昇と実質賃金の停滞を引き起こし、日本の庶民の生活水準の顕著な低下をもたらした。

「目に見えない占領」が生み出した問題の根深さを端的に示しているのが、日本企業がこの30年間に貯め込んだ膨大な内部留保(利益剰余金)である大企業を中心に蓄積されたその額は2024年末には空前の637兆5316億円に達し、2024年の名目国内総生産(GDP609兆2900億円を上回った。内部留保の総計が年間GDPを上回るのは世界にも過去にも例がない、異常というより異様な事態である。余剰利益は人々の日々の労働の成果でもあり、グローバル資本による労働者搾取の蓄積とも言える。

さまざまな要因が複合的に絡み合い、かつてない額の内部留保が積み上った。米国は日本を株主資本主義に転換した。すなわち外資規制緩和を要求し、米国投資ファンドを中心に外資が株式を大量取得して日本企業をコントロールしている。また雇用規制緩和を要求し、派遣社員、契約社員、パートタイマーなど非正規労働者を激増させ総賃金を抑制し余剰利益を蓄積させた。さらには法人税の引き下げで企業財政を優遇する一方、消費税の引き上げにより内需を低迷させ設備投資や研究開発費を抑制させた。

富と権力の不可逆的再配分

こうして日本企業の余剰利益である内部留保はこの20年余りで3倍増となり、異常な勢いで膨張している。トヨタだけで30兆円規模、ソニー約5兆円、任天堂約3兆円といわれる。これは米国からの圧力によって日本社会における富と権力の再配分が不可逆に進んだことを示すものである。

整理してみよう。「失われた30年」における外資規制緩和とコーポレートガバナンス(企業統治)改革は「効率」を錦の御旗に、短期的な株主価値を優先する株主資本主義への制度設計をもたらした。これにより自社株買いと配当が資本配分の主要な出口となり、同時に雇用の非正規化と賃金抑制は消費力を削ぎ、消費税の10%への引き上げは家計へ逆進的な負担を強いた。こうして利益は企業の簿外に滞留し、手元資金は成長に向かわず資産保有者へ集中する。これは市場の自然な帰結ではなく、「見えない占領」による権力転換が作り出した構造的な帰結である。

労働者の平均年収は1997年の467万円から2022年には443万円と減少した。この間、少子高齢化の進展に伴い現役世代の社会保障料負担は増加を続け、日本政府は社会保障の財源を名目に消費税を3%から10%にまで引き上げた。だが現役世代の負担は一向に軽減されず、負担は限界に達している。

一方、1980年代に40%を超えていた法人税は国際競争の維持を名目に現在は23%にまで引き下げられた。消費税の税収は導入当初の約3.3兆円から近年は25兆円規模にまで拡大。法人税収は2009年度に10兆円規模だったが、景気循環に影響され、近年は20兆円規模に拡大している。いずれにせよ、「消費税は法人税の減税の穴埋めだったのではないか」との見方が自然に生じた

ところが、財務省や一部専門家は、消費税導入は「法人税減税の穴埋め」ではなく「所得税減税の穴埋め」と説明。これが教科書的な解釈とされている。しかしながら、消費税収入が法人税減税による税減を補填し、同時に企業の税負担を軽減して内部留保激増に寄与してきたのは紛れもない事実である。法人税率大幅引き下げには米投資ファンド=外国人株主からの間接的にせよ見えない圧力があったとみるのが自然だ。

こうして日本では経済低迷下の株高が起きている。2025年10月末、日経平均株価が初めて5万円を突破した。景気実態と乖離していることは誰もが認めるところである。膨大な内部留保を背景にした自社株買いと株主還元要求(増配)が株価を押し上げている主要因と言える。富裕層や機関投資家への富の偏在がさらに進んでいる。

倒錯した沈黙社会

異様に膨らんだ日本企業の内部留保に対し西欧諸国にみられるような「過剰利得」税を課し、法人税率を一定程度引き上げれば消費税は容易に廃止できる。消費税廃止に踏み切り、給与を物価上昇を上回る形で大胆に引き上げればGDPの半分を占める個人消費は間違いなく拡大し、経済は成長軌道に乗る。

だが経済再生の芽は摘まれている。株主資本主義の定着と企業・団体献金にみられる政界と財界の癒着、政治とカネの問題が深刻化する一方、労働組合の力の低下が顕著である。日本では市民による異議申し立ての声も弱まり、社会は沈黙して「見えない占領」は一層強化されている。

こんな中、岸田政権時代(2021~2014)に倒錯した現象が起きた。戦後の労働運動に一貫して敵対的姿勢を示してきた日本の自民党政権が経団連など財界団体やナショナルセンター労組「連合」など労働団体に賃上げと実質所得の引き上げを要請したからだ。

報道によると、岸田文雄首相は2024年1月22日、首相官邸で経済界や労働団体の代表者と意見交換する政労使会議に出席、2024年春闘で「昨年を上回る水準の賃上げ」を求めた。首相は所得・住民税の定額減税と合わせ「可処分所得が物価の上昇を上回る状態を官民で確実につくりあげる」と強調。「物価上昇を上回る構造的賃上げ」を訴えた。

ところが岸田政権はすぐに少額投資非課税制度(NISA)を打ち出した。この「賃上げより投資重視」への路線転換は 石破政権で継承され、高市政権では一層強化されている。投資重視への転換にどういう力が働いたかはもはや語る必要がない。

とにかく問題なのは、日本の保守政権が可処分所得の引き上げを労組に代わって財界や労働団体のトップに訴えなければならないほど日本社会のチェックアンドバランス機能、端的に言えば抵抗勢力の力が衰退してしまったことである。政財労が一体となってしまい、社会は沈黙に覆われ、翼賛化が進んでいる。

■外資ファンドの支配

この30年、日本の主要企業の外資比率は急上昇し、2020年代には外国人投資家が日本株の3割超を保有するまでになっている。ソニー、任天堂、ファナック、オリンパスといった主要企業には、外国人株主が過半数を占め、事実上「外資主導企業」と言えるものが目立つ。特筆すべきは、米国の巨大投資ファンドであるブラックロック、ヴァンガード、ステートストリート、キャピタルグループなどが圧倒的な存在感を示すようになったことだ。

1970年代には外国人の株式保有比率は5%程度だった。1980年代から1990年代にかけての米国からの規制緩和や市場開放要求で資本市場の自由化が進み、外資比率は20%を超えた。 2000年代には株式の持ち合い解消が影響して、30%近くに達した。2020年代に入ると、外国人保有比率は 30〜32%前後で推移、2023年度には31.8%、2024年度には32.4%と過去最高を更新し続けた。

米国の巨大投資ファンドが日本の主要企業の株主上位に頻繁に登場するようになり、議決権行使やガバナンス(企業統治)に強い影響を及ぼしている。

ヴァンガード(The Vanguard Group)とブラックロック(BlackRock, Inc.)は米国に本拠を置く世界最大級の資産運用会社。運用資産はそれぞれ 10兆ドル規模に達し、Apple、Google、ファイザー、コカ・コーラ、ディズニー、JPモルガンなど世界的企業の筆頭株主。両社は日本の大企業株式にも広く投資している。インデックスファンドやETF(投資信託)を通じて、トヨタ自動車、ソニーグループ、三菱UFJフィナンシャルグループ、日立製作所などに出資している。両社の日本の巨大企業への出資比率はいずれも5%未満ながら、「株主の中の株主」と呼ばれ、安定株主として存在感を示している。

彼らは表に出ることはほとんどなく、ニュースで取り上げられることはない。しかし、株主としての立場から企業の株主還元といった意思決定や経営方針、ひいては日本社会の方向性を直接、間接に操作できる。内部留保の膨張や株主資本主義の定着の背景には、この外資ファンドの圧力がある。「世界を支配しているのは国家ではなく資本である」と言われるゆえんである。これが「見えない占領」の実態である。

■外資と政財官の癒着進む

日本政府は内部留保に課税しない。一方日本企業は内部留保を労働者への分配・賃上げに回さず、株主還元・配当を優先する傾向を一層強めている。これは賄賂性の高い企業・団体献金の”受け皿”である政権与党自民党が官僚と一体となって企業経営者や株主の意向に沿う政策を行っているためだ。自民党の政策決定の背後に米投資ファンドが「物言わぬ株主」として潜んでいるのは間違いない。日本の政治と経済は、企業献金、政治とカネによる政財官の腐敗の進行に加え、自社株買いと株高誘導による配当拡大を優先する株主資本主義が複合的に作用して著しく歪み続けている。

財務省や経済産業省などの有力官庁は外資ファンドの支配を「放置」しているのではない。むしろそれを「外圧」として利用して自らの権限や利益を維持している。背景には、天下りによる利益循環、国際金融資本との同調、政治との癒着がある。

具体的に記す。まず消費税増税から。外資ファンドは「財政健全化」を投資条件として日本政府に圧力をかけてきた。財務官僚はこれを利用し「国際的信用維持」を理由に消費税増税を推進。消費税増税は法人税減税とセットで行われたため、企業利益は守られ、国民負担が増加。こうして外資の要求を利用し、自らの政策権限を強化している。

外資ファンドは日本企業への投資を拡大する条件として「法人税引き下げ」を求めた。 財務省は「国際競争力維持」を名目に法人税減税を実施。結果、外資ファンドの投資利益が増加し、財務省は政策主導権を維持。 国民には「消費税で社会保障を守る」と説明し、外資の利益と官僚権限を両立させている。

さらに財務省主導で設立された産業革新投資機構(JIC)などの官民ファンドに外資ファンドと共同投資を行わせる。財務官僚は「外資との協調」を名目に、国の資金を外資の投資戦略に組み込むことで、自らの監督権限を拡大。 官民ファンドの「呼び水効果」として外資資金を誘導し、財務省の影響力を強化した。

また外国人投資家が日本の重要企業に投資する際、財務省は外為法に基づき事前届出・審査権限を有する。官僚はこの制度を利用し、外資ファンドの投資を「安全保障上の脅威」として制御する一方で、必要な場合は「外圧」として国内改革を正当化する。外資の存在を理由に、財務省の裁量権は拡大されてきた。

日本の中央官僚たちの脳裏からは庶民の生活維持向上という使命感は吹き飛んでいる。否、歪んだエリート意識は社会正義への共感を切り捨てて、組織としての自己利益の拡大に努めるよう一層仕向けられている。

「省益あって国益なし」。霞が関で自嘲的に語り継がれている言葉だ。

■80兆円対米投資と多国籍企業の本性

トランプ政権は「高関税引き下げの交換条件」として日本から80兆円規模の対米投資を引き出した。日本国内の消費低迷で内部留保・余剰利益を投資する先のなかった日本企業にとって「成長市場で資金を安全に活用する」することが、日米通商交渉の成果として出てきた。日本の多国籍企業が日本市場を回避して、米国での生存・拡張を優先する動きである。言葉を換えれば、日本で蓄積された富が米国に吸い取られる典型例となる。

2025年7月の日米首脳会談で、日本が 総額約80兆円(5,500億ドル)規模の対米投資枠 を設けることで、自動車関税を15%に抑える合意が成立した。対象分野は自動車、半導体、エネルギー、造船、AI・量子技術など、米国が経済安全保障上重視する分野である。

国内では需要不足、人口減少で投資先が限られている日本企業は米国市場なら旺盛な消費、技術開発拠点となり、政策的優遇(補助金・税制)などが投資先として魅力的で需要、余剰資金を「生産的に」使える。しかも、日本の政府系金融機関の国際協力銀行(JBIC)や日本貿易保険(NEXI)が融資・保証を通じて日本企業の投資を後押しする。願ったりかなったりである。

多国籍企業は日本市場が縮小しても、米国やグローバル市場で利益を確保する。仮に日本が破綻しても企業は生き残る構造を強化するのが多国籍企業の生存戦略である。その典型がトヨタである。内部留保30兆円、自己資金100兆円ともいわれ、圧倒的な財務体質を誇るトヨタは今回の80兆円対米投資のトップランナーとなっている。10年以上前から売上、営業利益とも米国(北米)のそれが日本のそれを上回っており、これを機に米国拠点化をさらに進めようとしている。

下請け企業から乾いたタオルをさらに絞らせるよう搾り取ってきた結果、もはや企業というより国家レベルの資金を動かすトヨタ。その蓄積された余剰資金は労働者の血と汗、搾取の塊とも言える。多国籍企業が国家の枠を超えて生存を図る典型例と言え、「日本が破綻しても企業は生き残る」構造を象徴している。蓄積された富の日本から米国への移転に拍車がかかっている。