「すべてロシアの責任」ー漂う米英による謀略の腐臭 マレーシア機 撃墜最終報告書

またまた「プーチン=悪魔」のプロパガンダである。発信地はベルギー・ブリュッセル。ウクライナ東部で2014年に起きたマレーシア航空機(MH17) 撃墜事件で、オランダ主導の共同捜査チームがこのほど「撃墜に使われたミサイルの提供はロシアのプーチン大統領が決定した可能性が高い」とする最終報告書を公表した。報道によると、「『完全かつ決定的な証拠は見つかっていない』として、訴追は困難との結論に達した」という。決定的な証拠がないのなら公表は抑制すべきであり、報告書の狙いはロシアを貶めることだ。虚偽と陰謀の腐臭漂うこの惨劇を巡る米英の不審な動きを簡潔に記す。これほどまでにプーチン・ロシアを悪として排除したがるのは米英アングロサクソン主導の世界秩序に入った亀裂がウクライナ戦争を通じて急速かつ不可逆的に拡大しているからに他なるまい。

■親米政権樹立クーデターの延長線上で

この撃墜事件は米ネオコン主導による2013年から2014年にかけてのウクライナ政変・ネオナチクーデターを起点とするウクライナ戦争発生までの一連の流れを無視しては語れない。親米政権への体制転換だったクーデターのまさに延長線上で発生し、米主導の対ロシア制裁がさらに強化されたからである。

つまり2014年2月に親露派のヤヌーコビッチ大統領が追放されてマイダン・クーデターが終結、翌3月にはロシアが住民投票によってクリミアを再併合、翌4月のウクライナ東部の親ロシア派勢力のドネツク共和国樹立宣言、同6月のウクライナのポロシエンコ大統領の正式就任(親米ファッショ政権の樹立)、そして、翌7月にMH17便撃墜事件が起きたのである。

クリミア再統合を巡る米英の対ロシア制裁は、個人・企業に対する入国制限、資産凍結であった。だが、マレーシア機撃墜事件を待っていたかのように、米英は直ちに撃墜はウクライナ東部の親ロシア分離独立派がロシアに提供されて発射した旧ソ連製ミサイル「ブク」=写真=によるものと断定、対ロシア経済制裁はロシアの経済活動の根幹である石油産業を標的とした制裁へと飛躍的に強化された。将来的に石油生産の大きなポテンシャルのある北極海、北極圏の大水深(500 フィート以深)での埋蔵原油やシェール層開発に必要な資機材について 7 月から実質的な禁輸措置が実施された。

■綻びていた米英のロシア犯行説

米政権はウクライナ新政権と共に間髪を入れずマレーシアの民間機が(ロシア軍が関与する)ウクライナ東部の親ロシア勢力が発射したロシア製ブークミサイルによって撃墜された」との見解を示した。まずはこの嘘を追及する。

現在進行中のウクライナ戦争でもウクライナ軍は旧ソ連製の兵器を使用しており、これを米英などのNATO仕様の武器に転換するのに躍起になっている。9年前の事故発生当時、ウクライナ軍及びネオナチ武装勢力も「ブク」ミサイルを使用して東部分離独立派と戦っていた。従って、MH17便撃墜に使われた「ブク」をどちらが発射したものかを直ちに断定するのは不自然だ。

ロシア最大の軍需企業アルマズ・アンテイ社は事故から3カ月後の2014年10月に記者会見し同社の製造担当者に事件について説明させた。それによると、マレーシア機が被弾した破片は立方体型であり、弓型ではなかった。このタイプの旧式9M38型ミサイルが最後に製造されたのはソ連時代の1986年で、その耐用年数(寿命)は部品交換、補修などあらゆる耐用延長を施しても25年が限度とみてロシア軍はこのタイプのミサイルを2011年に退役させた。

MH17 便への損壊の角度に基づいて、「ブク」製造担当者は、ミサイルが発射された最も可能性の高い場所はウクライナ東部・ドネツク地域におけるウクライナ軍支配地域であったゼロシュツエンスカ村の南方域であったことを立証した。「ブク」製造担当者は、ミサイルがMH17 便墜落現場のトレーズに近い、親ロシア派武装勢力の支配するシーズネイから発射されたとの事故当初に米英が発表した見方に反論した。「ミサイルがシーズネイから発射されたとすれば、ボーイング機の機体左側を損壊させることはできなかった。1つの破片たりとも航空機の左側の翼やエンジンに命中することはなかったはずだ」とアルマズ・アンテイ社の専門家は断じていた。

つまり、ロシア軍が退役させた旧式9M38型「ブク」ミサイルは当時はウクライナ側だけが使用していたのだ。そして米英側の発表した撃墜機の被弾状況は親ロシア派発射説が「ブク」ミサイルを製造した専門家によって否定されたことになる。オランダの裁判所にロシアの専門家は誰一人証人として招かれていない。裁判は被告人はもとよりロシア側を一切排除して西側だけで審理されている。

これは反対尋問を伴う対審構造を具備しておらず本来の裁判とは言えない。判決は無効なのだ。それが分かっていながら欧米メディアはオランダの裁判所の判断をあたかも妥当であるかのように垂れ流す。これも報道とは言えない。

「ロシアの反論は聞かない。だが責任はすべてロシアにある」。これが一貫した米英蘭政府の姿勢である。

英の証拠隠滅?

上記のようにマレーシア機はウクライナ東部・ドネツク地域におけるウクライナ軍支配地域で発射されたミサイルで撃墜された可能性が極めて高い。ブラックボックスはドネツクの親ロシア勢力が機体残骸から発見し保管していた。マハティール元首相の勧告もあって当時のマレーシア・ナジブ政権はウクライナに調査団を派遣した。これに対して米英両政府は「危険区域に入るな」「止めよ」と強く警告した。マレーシア政府の調査団は米英の威嚇を毅然として無視してウクライナ東部に向かった。

派遣されたマレーシアの独自調査団に対し、ドネツクの親ロシア勢力は保管していたボイスレコード、フライトレコードを手渡した。マレーシア調査団がオランダ・アムステルダムの事故調査委員会にブラックボックスを搬入すると、英政府はロンドンでブラックボックスのデータを解析するとして強引に英国内に持ち去った。以来情報は封印されたままである。

これを報道したのは、RT(ロシア・トウディ)などロシアメディアだけではない。当該国マレーシアの有力紙New Straits Timesは米英蘭の政治臭漂う言動を事件発生の2014年7月以来一貫して監視して批判し続けた。3年以上、特別欄を設けMH17 便撃墜の理不尽さを告発した。

■ロシアとマレーシアを制裁か

航空史上未曽有の連続遭難事件が2014年にマレーシア航空(MAS)を見舞った。2014年の3月8日と7月17日に、最新鋭のボーイング777-200ER2機が立て続けに遭難し、計528人の犠牲者を出した。

MH370便は同年3月8日未明、突如交信を断ち、予定航路を逆方向へと飛行した挙句、失踪した。7月のMH17便も交信を断った後、予定航路を外れ、戦闘地域の上空へと飛行ルートを変更した結果、撃墜されている=図。世界トップ級にランクされていた航空会社の、しかも折り紙つきの安全性を誇った同一機材が不可解極まる重大トラブルをあまりに短期間に続発させたのだ。

失踪事件に大なり小なり関心を寄せていた誰もが撃墜事件の一報に接し、「よりによってどうしてまたマレーシア航空機なのか?」と首を傾げたはずだ。民間航空会社関係者は、異口同音に「航空史上初の重大トラブル短期続発は起こり得ないことだ。偶発と割り切るのはおかしい」と語った。

「2機ともマレーシア機だった背景は何か?」と問題設定し、2つの事件の繋がりを正面に据えての論議や報道は意外なほどない。時間の経過に伴い、事態の正確な把握はより困難になった。実際、2件とも事実上迷宮入りしてしまった。

【写真】2003年マレーシアで開かれた非同盟諸国首脳会議に招待されたプーチン大統領。右はマハティール首相(当時)

21世紀に入り、巨大新興国である中国とロシアが連携して米欧主導の世界秩序の改変に挑戦し始め、新らたな冷戦が幕を開けた。一方、マレーシアは東西冷戦が終焉した1990年代以降、中露の動きに先駆け、非同盟運動(NAM)やイスラム諸国会議機構(OIC)のリード役を務め、米国の単独覇権と米欧の新植民地主義型支配に敢然と異議申し立てを続けた。プーチン率いるロシアとも連携を深めた。

1955年バンドン会議の精神を継承するNAMは、中国、ロシアと連携し、米英アングロサクソン同盟が築いた世界秩序に風穴を開け、その亀裂は年々拡大している。これに苛立つワシントンが長年、第3世界の雄といえるマレーシアを「目の上のこぶ」とみて、これを叩く機会を伺ってきたことに疑問を挟む余地はない。

マレーシア航空機がロシア派勢力とウクライナ軍との戦場となっているウクライナ東部上空で2014年7月に撃墜され、乗客乗員298人が死亡した。犠牲者最多のオランダ主導の合同捜査チームは2019年6月、ミサイルを配備したとして殺人罪で元ロシア大佐ら4人を起訴。オランダの裁判所は2022年11月、欠席裁判のままうち3人に終身刑を言い渡した。

マハティール首相は2019年のロシア元軍人起訴の報を受け、合同捜査チームの結論を「ばかげている」と一蹴し、「この件は最初から、いかにロシアの犯行として非難するかという政治問題になった」と西側を糾弾している。

ワシントンはロシアとともにマレーシアを制裁したー。この疑念は高まるばかりだ。