- かつての日英同盟は北東アジアにおけるロシアの南進を阻止する英国の世界戦略の要の1つとして機能した。欧州連合(EU)を離脱し、米国とともにアングロサクソン同盟を主導しようとする英国は日本を東アジアにおいて中国の勢力拡大を抑止する要とみなし、新日英同盟とも称せる軍事連携へと進んでいる。確かに、米英の保守本流は中長期な世界戦略として共産中国(中華人民共和国)を揺さぶり、その解体・分割を狙っている。この戦略遂行の重要な駒が日本であるのは間違いない。しかし反面、米英の戦後の対日政策の核心が「日本を再び世界の脅威としない」ことであるのを忘れてはならない。日本が世界規模に拡大した北大西洋条約機構(NATO)へと組み込まれたのは、米英主導のアングロサクソン同盟の補完勢力として日本を引き入れ、操り、これを制御しながら利用するためであるとの見方が必要だ。
- 【写真】2007年1月にNATO本部で演説する安倍晋三首相
- ■日本の極右政権を縛る
- 第一次安倍政権下の2007年1月12日、安倍首相は日本の総理大臣として初めてNATO本部を訪問した。NATO最高決定機関である同理事会での演説では「憲法の諸原則を遵守しつつ、日本人は国際的な平和と安定のためなら自衛隊が海外で活動することをためらわない」と述べた。米国主導のNATOに現憲法(9条)の遵守を誓い、なおかつ第二次安倍政権下の2015年に集団的自衛権行使容認と新安保法制施行を解釈改憲で成し遂げることを示唆した。
- この結果、安倍は日本国内では超国家主義的保守勢力といえる支持母体とともに自らの悲願としての「憲法改正」を唱えながら、米欧諸国・戦勝国側には戦後の平和憲法の遵守を誓うという二律背反に陥ってしまった。東京裁判を否定する歴史修正主義者で、現憲法を押し付けられた占領憲法とみなしこれを破棄すべく任期内の改憲を唱え、「戦後レジュームからの脱却」をスローガンにして登場した第一次安倍政権を米英・NATOは極度に警戒した。
- 安倍晋三を首相としてベルギーのNATO本部に招き入れたのは、「憲法の諸原則の遵守」を国際公約として誓わせることで日本の戦前回帰的な極右政権を脱線しないよう縛ろうとしたとみるべきである。第二次政権でも安倍は同様な誓約を何度も行っている。日本政府のNATO参加には日本の右翼政治に軛(くびき)をかけて、これをコントロールしようとする戦勝国側の警戒という側面がある。
- ■「程遠い日本への信頼」
- 2020年8月15 日付の日本経済新聞によると、河野太郎防衛相(当時)は「米英などアングロサクソン系諸国による機密情報共有のフレームワーク「ファイブ・アイズ」(米英両国とカナダ、オーストラリア、ニュージーランドの5カ国で構成)との連携拡大に意欲を示した」。
- 河野発言について同新聞傘下の日経ビジネス(同年9月9日発行)に投稿したジェームズ・ブラウンは「河野氏の見方は楽観的にすぎる。このコメントは、日本とファイブ・アイズとの間に横たわる障害を深刻なまでに過小評価している。ファイブ・アイズは、メンバー間の信頼が高いことを特徴とするグループだ。この信頼は、メンバーが第2次世界大戦の経験を共有する中で発展した。言語が共通であるとともに文化も似ているため、関係は密接だ。この深い信頼があるからこそ、他の同盟国との間よりも高いレベルの機密情報の共有が可能になる。…率直に言って、グループのメンバーが日本に対してこの高いレベルの信頼を持っていると言うにはほど遠い。」と評し、河野発言を「甘すぎる」と一刀両断に切り捨てた。アングロサクソン系の筆者ならではの本音がむき出しにされた。
- ことの発端は同防衛相が7月21日、英国の「中国研究会」シンポジウムで、日本が「第六のアイズ」になると提案したことだ。河野防衛相は、ファイブアイズが日本の参加を招待すれば、日本側は快く受け入れ、中国共産党からの経済浸透などの脅威を防ぐことができる、と述べていた。
- この発言について7月29日付英有力紙ガーディアンが「日本側がファイブアイズに加入する提案は英政界に歓迎されている」と報じたうえ、英保守党有力議員がかねてから日本のファイブアイズ参加を「後押し」していたことで”舞い上がってしまった”河野氏は帰国後、日経新聞に対して「ファイブ・アイズ」との連携拡大に意欲を示したというわけだ。
- 安倍前首相が外遊の度に多用した「世界の中心で輝く日本」とは米英中心のアングロサクソングループと対等に扱われる日本に他ならない。英国の政界やメディアは日本の極右ナショナリスト政権の弱点を知りぬき、日本を舞い上がらせて上手く操ろうとしている。基本的には”プロパガンダ紙”として機能していると思われる日経だが、他の”御用メディア”と一味違うところをみせた。「深い信頼があるからこそ、他の同盟国との間よりも高いレベルの機密情報の共有が可能になる」「率直に言って、(ファイブアイズ)メンバー国が日本に対してこの高いレベルの信頼を持っていると言うにはほど遠い。」と核心を突き、当時の安倍政権をけん制した。だが、この筆者は日本がアングロサクソン同盟メンバー国から高いレベルの信頼を得るためにはどうすべきか、どうあるべきかついては言及していない。
- ■J・ダレスの対日観と提言
- 日米開戦直後、米国の対外政策決定に対して大きな影響力を持つ外交問題評議会(CFR)は日本占領に際しては朝鮮蔑視、中国、ロシア、アジア諸国に対する優越感、米英をはじめ西洋諸国と対等に扱われたいとの強い願望を利用すべきと提言している。この提言は戦後一貫して米国の対日政策に採用されてきた。
- 実際、サンフランシスコ講和条約及び日米安保条約が締結された際の米政府外交顧問でアイゼンハワー政権の国務長官を務めたジョン・F・ダレス=写真(右、左はアイゼンハワー大統領)はこう書き残している。
- 「アメリカ人は日本人が中国人や朝鮮人たちに抱いている民族的優越感を十分に利用する必要がある。共産陣営を圧倒している西側の一員として、自分たちがそれと同等な地位を獲得することができるという自信を日本人に与えなければならない」
- 日本は英国とともに有志連合の一員としてイラク戦争に参加して、米英両政府に促され自衛隊はオーストラリア軍とサマーワに駐屯した。このころから日本政府関係者の口から「日米同盟は米英同盟と同格」「日本は東の英国」との言葉が漏れ始めた。心地よい言葉に永田町・霞ヶ関は舞い上がり続けた。
- 日本の自民党政権は1970年代末の日米首脳会談での共同声明でワシントンに初めて「同盟国」と呼ばれて「軍事的意味あいはない」(鈴木善幸首相=当時=)とうろたえた経緯がある。ところが冷戦末期の1989年には非NATO主要同盟国とされ、その後、戦略的パートナー、そしてグローバルパートナーと呼ばれて拡大NATOの輪に急速に組み入れられていく。2019年には在ベルギー日本大使館に日本政府代表部を設け、事実上NATOに加盟した。
- 双務性に欠け通常の二国間相互防衛条約とは異なる日米安保条約に基づく実のない「日米同盟」は今日では用語としてすっかり定着した。冷戦終焉後、日米安保は再定義やガイドラインの見直しが繰り返され、今日では自衛隊は世界規模で活動できる米英・NATOに司令される補完部隊へと変貌した。米英と「同盟した」日本の政府関係者らは果たして「(彼らと)同等な地位を獲得することができたという自信」を得たのだろうか。
- この動きを予測したに等しいジョン・F・ダレスの上の提言からは、日本を永続的に敗戦の軛につなぎとめようとする米英の強固な意思がうかがえる。
「日本の右翼政権に軛かける」 新日英同盟と拡大NATO