中央公論「日本の近代」シリーズは、薩長史観と“栄光の明治”を軸にした体制派歴史学の典型である。第2巻の付録に掲載された櫻井よしこ氏と坂本多加雄氏の対談は、その精神を端的に示す。坂本氏は「天皇親政とは公議世論の尊重であり、民主主義的要素を含む」と語り、明治国家を“専制ではなく調和の国家”として描く。しかし、この議論は二つの重大な欠落を抱えている。
第一に、坂本氏の言う「公議世論」は、実際には薩長土肥に限定された“閉じた合議”であり、民衆の政治参加とは無縁であった。自由民権運動が「反政府だが反国家ではない」と述べるが、民権派が求めたのは“国家の主人公としての民衆”であり、明治政府が構築した“天皇中心の国家”とは本質的に異なる。民権派は弾圧され、地方自治の芽は摘まれた。坂本氏はこの断絶を曖昧にし、民権派を明治国家の補助線として扱うが、それは歴史の実相を歪める。
第二に、櫻井氏が語る「明治には民主主義的要素が随所にあった」という評価は、近代国家の“制度的暴力”を見落としている。徴兵制、教育勅語、軍事官僚制、統帥権独立――これらは民衆を国家のために動員する仕組みであり、自由と自治の精神とは対極にある。明治国家は、欧米型の市民社会を育てるのではなく、国家肥大化のために民衆を“臣民”として再編した。坂本氏は「天皇親政は独裁ではない」と述べるが、問題は“誰が決めたか”ではなく、“民衆が排除されたか”である。
体制派歴史学は、明治国家の“成功物語”を語る一方で、民衆の政治的沈黙、地方自治の喪失、軍事官僚制の肥大、天皇制の神格化、外征国家への傾斜 を体系的に見落としてきた。これこそが、戦前日本の危機の根源であり、戦後日本の精神構造にも深く沈殿している。
「栄光の明治」は、国家の側から見た物語である。 しかし歴史とは、国家の物語ではなく、民衆の経験である。 体制派の薩長史観は、民衆の沈黙と痛みを消し去り、国家の成功を“自然の成り行き”として描く。その結果、戦前の国家肥大化と戦後の生活保守主義が一本の線でつながるという、日本近代の深層が見えなくなる。
明治を称揚することは容易である。
しかし、明治を批判的に読み解くことこそ、戦後日本が失った“自ら考える自由”を取り戻す道である。