ウクライナ危機は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大、つまりロシアが歴史的、民族的に不可分とする特別な隣国ウクライナを西側に組み込む動きがプーチン・ロシアを追い詰めたことで発生した。これは否定できない。だが、米国のユーラシア制覇の野望に対し中国、ロシアが主導して組織した上海協力機構(SCO)が対米(反米)同盟として拡大中である。注 これが米欧を追い詰めている面を見逃してはならない。原加盟6カ国にインド、パキスタン、イランが加わり、加盟9カ国の人口は世界のほぼ半分、国内総生産(GDP)は世界の2割超、面積はユーラシア大陸の6割超を占める。憲章では軍事、政治、経済・貿易、科学技術、文化面での包括的協力が謳われ、加盟国による合同軍事演習を毎年実施。さらに20カ国を超える国が相次いで加盟申請へと動いており、雪崩現象を起こしそうな気配にある。これが米国の単独覇権を確実に綻ばせ、米NATOにとってのっぴきならぬ脅威となった。米・NATOが「自由主義VS専制主義」の戦いを唱え中国、ロシアの現体制転覆に躍起になっているのはこのためだ。ウクライナ危機を考えるにはこのもう一つの視点が不可欠である。
注:2022年3月3日掲載記事「プーチン追い詰めたブレジンスキー構想 ウクライナ危機と米のユーラシア制覇」を参照されたい。
ロシアのウクライナ侵攻に先立つ2021年11月10日。上海協力機構(SCO)第20回首脳会議がオンラインで実施された。ロシアのSCO特別事務代表は「SCOは引き続き新たな加盟国を受け入れており、現在16カ国が加盟申請書を提出している」と発言。これはワシントンの神経をひどく逆撫でしたはずだ。
1996年に上海に集まった中国とロシア、カザフスタン、キルギスタン、タジキスタンの5カ国が「上海ファイブ」を組織、2001年にウズベキスタンが加盟して6カ国によるSCOが発足した。2015年にインドとパキスタンが加盟し加盟国は8カ国に増加。2021年には米国に敵対するイランが9カ国目の加盟国となった。
このほかアフガニスタン、ベラルーシ、モンゴルがオブザーバー(準加盟国)、アゼルバイジャン、アルメニア、カンボジア、ネパール、トルコ、スリランカの6カ国が対話パートナーとして加盟に備えている。さらに中東のイスラエル、バーレーン、カタール、シリアなども加盟や対話を望み、欧州連合(EU)加盟を拒まれてきたトルコがSCO正式加盟へと動き、東南アジア諸国連合(ASEAN)は客員参加」した。ASEAN加盟10カ国中9カ国が先行するカンボジアに続く形となっている。2021年現在、39か国がSCOに関わっている。
また反米政権の多い中南米や親中国のアフリカ諸国で作るいわゆる「G77プラス中国」はSCOがグローバルな「もう一つの国際連合」に発展することを期待しているという。まずはSCOが米主導のNATOに対抗する勢力になることを望んでいるのだ。雪崩現象一歩手前まで進んでいるのは、米国の覇権が衰退しているという判断の下に米欧勢力の対称点にある中露主導の組織に加入することを恐れない国が増えているためであろう。
実際、1980年代半ばには世界の約7割を占めた主要先進7カ国(G7)のGDPは2008年のリーマンショック以降は4割近くにまで落ち込み、この40年でシェア半減へと向かっている。人口はSCO加盟9カ国の4分の1にも満たず、G7の経済力はSCOのそれに年々着実に追い上げられている。
SCOをアジアの地域協力機構とみていた東欧の国ベラルーシがオブザーバー加盟に踏み切ったことは、G77を構成するアフリカ、中南米諸国の加盟に道が開かれた。グローバルサウスG77が雪崩打ってSCOに加盟すれば米国のルールで作ってきた国際秩序は崩壊の危機を迎えることになる。
日本ではウクライナ侵攻をめぐり国際社会が対ロシア制裁で一致団結しているかのように報道されているが、この「国際社会」とは米欧とその同盟国に過ぎない。ちなみに、2022年3月2日の国連総会緊急特別会合でのロシア非難決議の採択で、賛成141カ国に対し非賛成52カ国。人口比では賛成国42%、非賛成国58%だった。EUを一カ国としてみると、G20の対ロシア経済制裁実施国と経済制裁非実施国はどちらも10カ国となる。4月20日のG20財務相・中央銀行総裁会議でロシア代表が発言した際に退席したのは米英加豪の4カ国だけだった。
一部の西側論者には米国と一体のイスラエルやサウジアラビアがSCOに接近していることをもってSCOの結束の緩さを指摘する向きもある。米国と距離を置くサウジは近年イスラエルを「潜在的同盟国」とし、敵対するイランと対話する動きもみせている。だがSCOはこの2カ国を加盟の対象しているわけではない。対話の場に引き入れ、交流しようとするのは自然な動きである。
こうしてみると西側報道が決して伝えない、のっぴきならない状況に陥っていることへのワシントンの焦りが透けて見えてくる。ありとあらゆる手段を講じて中国とロシアをこの上なく悪し様に扱いその体制が西側が決して受け入れられない専制主義であるとして攻撃するのはこのためだ。
米欧もまた中露に追い詰められているのである。
こうした「対米同盟」を打ち砕こうとするバイデン米政権は中国の勢力拡大に対抗するため米英豪の3カ国による新たな安保枠組み「AUKUS(オーカス)」を創設。さらに日米豪印4カ国の協力枠組み「クアッド」、米英豪加ニュージーランドのアングロサクソン同盟による機密情報共有枠組み「ファイブ・アイズ」の強化に余念がない。
こんな中、対中国、対ロシアの最前線に位置する日本は米・NATOにとっての存在価値、使い勝手は格段に上がった。ロシアのウクライナ侵攻以降、米大統領やEU首脳の来日、独首相のとんぼ返り訪日、米豪印首脳とのクアッド会合東京開催が行われる一方、一連のG7会合、英国との首脳会談をはじめとする日本政府首脳のひっきりなしの欧州訪問はその現れだ。これが多くの日本人を安倍元首相が在任中に多用した時代錯誤な「世界の中心で輝いている日本」との錯覚に陥れている。それは日本を米NATO戦略にさらに組み込むための日本人向けのプロパガンダと受け取るべきだ。
【写真】岸田首相は5月5日、ロンドンで英国のジョンソン首相と会談し、自衛隊と英国軍が共同軍事訓練を目的に互いの国を訪問する際のルールを定める「円滑化協定(RAA)」締結で大枠合意した。英国はオーストラリアに続くRAA署名国となる。中国、ロシア封じの新日英同盟が100年ぶりに復活する。日本人にアピールするのを狙ってか、元々、英首相が2月半ばに訪日して合意する予定だった。英国側の都合で延期されていた。
ここで改めて、日米安保条約の「生みの親」とされる当時のジョン・ダレス米国務長官がサンフランシスコ講和条約締結後に回想した言葉を引用する。永続敗戦を強いられている戦後日本人はこの赤裸々に吐露された米英の本音を深く心に刻まねばならない。さすれば、日本人は、戦後77年を経てようやく対米従属からの脱却の道を模索せざるを得なくなるはずだ。
「占領によって改革されたとは言え、6~7年前まで熾烈な戦争をした相手の日本人を信頼できるか疑っていた。アメリカと交渉する裏で、共産主義国だが同じ黄色人種でアジア人の中華人民共和国と通じているのではないかと疑っていた。他のアジア人の国々に対して日本人がしばしば持っていた優越感と、「エリート・アングロサクソン・クラブ」のアメリカやイギリスなどの共産主義国に対抗している西側陣営に入るという憧れを満たすことを利用して、西側陣営に対する忠誠心を繋ぎ止めさせるべきだ。日本を再軍備させ、自分たち西側陣営に組み入れるということと、一方、日本人を信頼し切れないというジレンマを日米安全保障同盟、それは永続的に軍事的に日本をアメリカに従属させるというものを構築することで解決した。」(John W.Dower, War without mercy, Pantheon Books,1986)