菅政権が日本学術会議の6人の候補について、理由も示さずに任命しないことを決めたことが10月に入り大きな論議を呼んでいる。菅義偉首相は任命拒否の理由を示さず、新政権の看板政策の1つ「悪しき前例主義の打破」に固執する。しかしことの経緯を追えば、化けの皮はすぐにはがれてしまう。今回の騒動は、集団的自衛権行使容認と新安保法制を柱とする2015年4月に改定された新日米防衛協力指針に沿い、学術会議に日本の大学や研究機関での軍事研究を容認させるよう迫る米国の意向に日本政府が忠実に従っているために起きた事件である。
■新防衛協力指針と学術会議
今回任命を拒否された6名はいずれも社会科学分野が専門で、安倍政権下で特定秘密保護法、安保法制、共謀罪などに異議申し立てしていた。菅政権は、大学での軍事研究に反対する勢力を少数派にしようと画策した安倍前政権で準備された「学術会議会員の任命拒否権」を発動しただけである。一部報道によると、この6名を外すことによって日本学術会議内部で軍事研究賛成派の数が反対派の数を上回る可能性があるという。この情報の信ぴょう性は高い。
2015年に18年ぶりに改訂された日米防衛協力指針は集団的自衛権行使を合憲とした2014年7月閣議決定の翌15年9月に新安保法が制定される5か月前の同年4月に策定された。新ガイドラインには「日米共同の取組 」の項目の筆頭に「防衛装備・技術協力」が挙げられ、新安保法制成立直後の2015年10月に「防衛装備品等の開発及び生産のための基盤の強化を図り、研究開発・調達・補給・管理の適正かつ効率的な遂行並びに国際協力の推進を図ることを任務」とする防衛装備庁が新設されている。「国際協力」とは「対米貢献」の言い換えである。
■科研費削減で追い詰める
これを受ける形で、2016年から日本学術会議は、防衛・軍事技術の研究に学術界がいかに関与すべきかを1年にわたり議論した。翌17年の声明で、軍事目的の研究を行わない従来の姿勢を継承する方針を打ち出した。声明は防衛装備庁が研究費を支給する安全保障技術研究推進制度については「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」と指摘した。しかしながら、国公立大学の法人化に伴い、文部科学省からの科学研究費(科研費)が年々削減されていることが日本の学術研究を巡る大問題になっている。研究者は追い詰められている。こんな中、当時の学術会議会長が学長を務めていた豊橋技術科学大学から安全保障技術研究推進制度に採択される案件が提出されるなど「背に腹は代えられない」と同制度に前向きな動きが噴出してきた。
安倍前政権が学術会議幹部に強い圧力を掛け続けたことは容易に推察できる。実際、前政権は2016年に学術会議の会員人選に横やりを入れ、欠員補充の候補を受け入れず欠員が生じたことが今回の騒動を契機に明らかになった。その際、菅政権でも内閣の中枢で活動するある官邸詰め高官は「安保法制など政府の対応に反対した人物は会員になじまない」などと露骨に述べたとされている。菅政権が繰り返す意味不明な「総合的、俯瞰的」とは「親米的」の言い換えにすぎない。
【表】任命を拒否された6人の候補者
■成果を搾り取る
米国は日本で生み出された新しい軍事技術の多くを日米協力の名の下に無償提供させ、米国の最先端技術はブラックボックスに入れることだろう。
例を挙げる。
米政府はかつて日本からの最新ステルス戦闘機F22の輸出禁止解除の要求を一蹴した。さらに、F22を補完する米国の次期主力ステルス戦闘機F35の開発では、英、豪、カナダなど白人系コモンウエルス加盟国中心に八カ国の出資を認め、売却の対象はイスラエル、シンガポールを含む計一〇カ国とされた。日本は出資、売却対象から一時は完全除外された。
日本の軍需産業関係者が「臥薪嘗胆」を胸に刻んだとされるのが、三菱重工を主契約企業、米ロッキードマーティンなどを協力企業とする、日米共同を強要された航空自衛隊のF-2支援戦闘機開発事業である。2000年に運用開始されたF-2は元々日本の自主開発が目指されていた。
ところが、米側はエンジンを国内開発できない日本側の弱みに付け込み、1989年に日米共同開発を強要した。日本側の最先端分野である主翼を一体成形できる炭素系複合材、レーダー技術、ステルス技術など米側が垂涎の的とした最先端技術はすべて日本に無償供与させる一方、F110エンジンなど米側が凌駕している技術は「ブラックボックス」に封印した。
この件を見るだけで、米英をはじめアングロサクソン同盟国が日本をどう利用しようとしているかが分かる。日本は決して米国の「普通の同盟国」ではない。ワシントンは「日本は東の英国」と自尊心をくすぐり、「ファイブアイズへ参加を」などと飴をしゃぶらせながら、日本の生んだ軍事技術の成果を力で奪い取ることだろう。なぜなら今日に至るも日本は「異質で警戒すべき敗戦国(旧敵国)」であり、潜在的に危険なこの国に独自の先端軍事技術を占有させるわけにはいかないというのが米国の建前であり、本音である。
■根源的課題は何か
日本学術会議の会員任命を巡る今回の騒動は「学問の自由の侵害」、「軍事立国化の促進」との懸念が中核となっている。だが同時に国際社会における真の信頼を阻む「戦前の日本」がこの20年ほど顕著に浮上していることを省みなければならない。不信感を覆い隠されながら安倍・菅政権率いる日本政府がワシントンに巧みに利用されている現実がある。もっと言えば、中韓両国からの拭い難い不信を含め、対日不信の根源にあるものに真摯に目を向けなければ米国に操られる「敗戦国の地位」は永続することになる。