ウクライナを代理にして米英がネオコン主導で行っている対ロシア戦争の真の狙いは何か。繰り返すまでもなく、それはロシア現行体制の解体である。プーチン体制を崩壊させて、再びロシアで親米政権の擁立を図ろうとしている。であればウクライナ戦争をできるかぎり長期化させ、戦線をロシアと中国に挟まれた旧ソ連構成国の中央アジア5か国にまで拡大し、ロシア国民の厭戦気分を決定的に高め体制転換を図っていく他ない。ロシアを従属させた後は中国攻撃に専念し、米欧・北大西洋条約機構(NATO)最大の脅威であり世界規模の反米欧結集体へと向かう中露主導の上海協力機構(SCO)を解体し、多極型世界秩序の形成を挫折さるのがそのシナリオだ。3月に中国の仲介でサウジアラビアとイランが歴史的な和解を遂げ、これを受けたサウジとシリアの関係回復はロシア、中国、イランに支援されたシリアでの内戦終結に弾みをつけ中東から米国を排斥しつつある。アジアや中南米、アフリカのグローバルサウスは総じて米欧支配に代わる新秩序を希求している。であるがゆえに米英は中露の裏庭・ユーラシアの中核に”弾薬”を仕掛け、新秩序形成阻止へと向かわざるを得なくなったようだ。ネオコンは追い詰められた末の一か八かの賭けに出るのか。
■「ロシアの手を広げすぎにする」
ウクライナ戦争はNATO東方拡大の波がロシアの隣国で兄弟国とみなしていたウクライナに押し寄せたことに起因するー。一般にはこうとらえられているが、ウクライナ戦争は米NATOによるロシア現体制解体を目指す戦いの一環であり、その戦線はロシア南部を取り囲むグルジュア、アルメニア、アゼルバイジャンの南コーカサスから旧ソ連諸国のカザフスタン、キルギス、タジキスタン、トルクメニスタン、ウズベキスタンのいわゆる中央アジア5か国に及ぶ。
米シンクタンク「ランド研究所」は2019年に「ロシアに手を広げさせる:有利な立場からの競争」というタイトルのレポートを発行した。同研究所(RAND Corporation )は1948 年に設立された米国で最古のシンクタンクの 1 つ。その資金の 半分以上は、国防総省(ペンタゴン)や国家安全保障局などの政府機関から直接提供されている。さらに米軍需産業も出資しており、その提言は米軍産複合体のものである。
このレポートでは米国が競争で優位にたつ領域や地域でロシアを競争に駆り立て、軍事的あるいは経済的にロシアを過度に手を伸ばさせて、国内外での影響力を失わせ、現体制をかく乱するよう提唱されている。第 4 章では、米国が取るべき 6 つの「地政学的措置」を挙げている。すなわち、1.ウクライナへ強力な軍事援助を提供する 2. シリアの反政府勢力への支援を拡大する3. ベラルーシの政権交代を促進する 4. 南コーカサス 、とりわけアルメニアとアゼルバイジャンとの緊張を利用する 5. 中央アジアにおけるロシアの影響力を減らす 6. モルドバでのロシアのプレゼンスに挑戦するーがそれである。
1と2は言うに及ばず、米国はすでにベラルーシの政権交代を試み、アゼルバイジャンとアルメニアの間の戦争(ナゴルノ・カラバフ紛争)を扇動し、ウクライナ戦争を機に再びNATO、欧州連合(EU)に急接近するグルジアとロシアとの戦争の再燃を企てている。ワシントンはウクライナで推進している代理戦争の戦況を改善するためにロシアに対する第二の戦線を開こうと努めているのである。
■ウ戦争勃発直前のカザフ騒乱
ロシアのウクライナ侵攻1月半前に起きた2022年1月初めのカザフスタンの騒乱。それはまるでウクライナで2014年に起きたマイダンクーデター(ウクライナ政変)を模した騒乱の予行演習であるかのようにみえた。
1月1日にカザフスタン政府が価格上限を撤廃した液化石油ガス(LPG)の価格は一夜にして約2倍に跳ね上がった。それを待ち受けていたかのように、翌2日、カザフスタン西部の都市ジャナオゼンで抗議デモが発生。当初穏健だったデモは、アクタウ、アクトベ、アティラウなどの西部の街から首都アスタナや経済中心地アルマトイなど大都市に波及するとともに次第に過激化し、警察と衝突し始めた。アスタナやアルマトイでの数万人規模のデモは激しい暴動へと発展した。
抗議の声はすぐに大きな政治的変革を要求するものに変わった。不正選挙や政治腐敗の糾弾、政府首脳の辞任、自治体首長の直接選挙による選出、富の寡占、経済格差の是正、憲法の改正などを訴え始め、抗議活動も警官隊だけでは対応できないものとなった。政府は非常事態宣言を発令しカザフスタン軍をはじめ旧ソ連6か国加盟の集団安全保障条約機構(CSTO)からロシア軍などの部隊が派遣された。
暴動のピークとなった1月5日。デモ隊は検察庁を襲撃して銃器を入手。襲撃された市庁舎は炎上=写真=、トカエフ大統領の居宅、与党ヌル・オタンの事務局も襲撃を受けた。首都アスタナにある国営メディア機関の建物が焼き払われ、雑貨店、銀行、ATM、ショッピングセンターなどで略奪が発生した。
1月11日に騒乱の終息が宣言され、死者総数は政府発表で225人とされた。CSTO加盟の各国平和維持部隊は同19日までに撤収した。ロシア軍を撤収させる際、プーチン大統領は暴動を「外国に支援されたテロリストの蜂起」、トカエフ大統領は「外国で徹底的に訓練を受けクーデターを狙ったテロリストの攻撃」と非難。ロシアメディアは「背後に米国がいる」と名指しした。いずれの指摘もこの騒乱を2014年2月のウクライナ政変を念頭に置いて位置付けている。
■ウクライナ秘密部隊の潜入
カザフスタン政府は非常事態宣言をカザフスタン全土に拡大し軍を投入して抗議運動を抑え込もうとした。とりわけカザフスタン最大の都市で経済中枢のアルマトイでは暴徒化したデモ参加者が政府施設やアルマトイ国際空港を占拠、一部の勢力は軍や治安部隊の武器を奪い抵抗を始め、至るところで銃撃戦が発生した。カザフスタン軍の空挺部隊が占拠された施設の奪還を試みたが、暴徒は組織化された抵抗を続け、軍部隊は奪還に失敗した。カザフ政府は「騒乱は明らかに戦闘訓練を受けた勢力による抵抗であり海外の反政府勢力が今回の騒乱に介入している」と主張している。
「カザフスタンでの抗議運動はウクライナが統率している」。ロシアメディアはこう断定する。高度に戦闘訓練を受けた勢力がウクライナの支援を受けて密かに今回の暴動に介入したとの見方である。
ウクライナのネオナチ・アゾフ大隊の母体となった右派セクターはアンドリー・ビレツキーとドミトリー・ヤロシュが創設した。極右ネオナチ党ナショナル・コーの党首ビレツキーはアゾフ大隊を率い、民族浄化としてウクライナ東部、南部のロシア人(ロシア語話者住民)を虐殺、虐待してきた。
ヤロシュは1991年のソ連崩壊によるウクライナ独立を受けて、ウクライナ民族主義に傾倒し、1994年にステパーン・バンデーラの系譜を汲む民族主義組織かつ準軍事組織であるトリズブに参加、2005年以来リーダーを務めた。2014年ウクライナ政変の際、トリズブを中核とした極右組織連合である右派セクターの結成を主導してきた。2021年11月2日、ゼレンスキー大統領はヤロシュをウクライナ軍最高司令官顧問に据えた。
注:2022年3月22日付論考「ウクライナ・ネオナチや日本会議操る米ネオコン 覇権拡大に手段選ばず」を参照されたい。
ネオ・ナチだけでなく、NATOの秘密部隊ネットワークに属するヤロシュが軍最高司令官顧問になった段階でウクライナ軍はヤロシュの指揮下に入ったと言える。言い換えれば、米英情報機関が実質的にウクライナ軍を動かしていることになる。
カザフスタン騒乱時にカザフ軍を圧倒する高度な戦闘能力を発揮した上記の外国勢力は潜入したNATO傘下のウクライナ秘密部隊とみるほかない。プーチン、トカエフ両大統領やロシアメディアはカザフ騒乱の背後にあるものをすぐさま見抜いた。
■イスラムテロリストの動き
人口約1900万人のカザフスタンでの多数派はムスリム(イスラム教徒)である。ソ連構成国だった時代はイスラム教は世俗化が進められた。しかし、独立後はイスラム再生の動きも進み、折からのイスラムテロリズムの勃興とともに過激派の活動が目立ってきた。
アルカイダを筆頭に米英の「テロとの戦いの敵」とされるイスラム過激派は米英諜報機関の作り出した産物と言える。中央アジアでもロシアで禁止されているアルカイダ、タリバン、東トルキスタン・イスラム運動(ETIM)、ウズベキスタン・イスラム運動勢力(IMU)などの動きが顕著である。最近ではカザフスタン西部のアクトベでは2016年6月、シリアから流入したとみられるイスラム国(IS)の構成員が軍の施設などを攻撃し、30人近くの死者が出た。
米英にとって中央アジアは地政学的に欧州と東アジアとの間の架け橋としての位置にあり、19世紀以来極めて重要な戦略的地域で、なおかつ世界有数のウラン鉱石、石油・天然ガスが埋蔵している。カシャガン油田などの大油田があり、エクソンモービルやロイヤル・ダッチ・シェルなどが多額の資金を投じている。
リチャード・ムーアが2021年に英諜報機関・対外情報部(MI6)の長官になって以来、ロシアを閉め出すためカザフスタン、キルギスタン、タジキスタン、ウズベキスタンでの米英諜報機関の反ロシア活動が顕著である。汎チュルク組織や手先のイスラム集団が破壊作戦を実行している。こうした動きを拡大してゆき、ロシアと中国を中央アジアにくぎ付けにするのが米英の思惑である。
一方、トルコが旧ソ連・中央アジア地域で存在感を高めようとしている。2021年末に民族・文化・歴史が近いウズベキスタン、カザフスタン、アゼルバイジャン、キルギス、トルクメニスタン、ハンガリーと首脳会議を開き、「チュルク諸国機構」を発足させた。米英はこの地域での作戦でトルコをロシア、中国と影響力を競わせ、中ロに対する破城槌として利用したかったようだ。だがトルコはNATO加盟国ながら中露主導の上海協力機構(SCO)に接近しており、米英の思惑は外れている。
いずれにせよ中央アジア諸国は、権力を独占する長期政権がある点で、多かれ少なかれカザフスタンと同じである。彼らはカザフと同様の騒乱がドミノ倒しとなって広がることを懸念している。ロシアを盟主とする旧ソ連構成6か国の集団安全保障条約機構(CSTO)は絆を緩めていたが、カザフ騒乱は軍事同盟の絆を再び強固なものにした。しかしながらこの地域でキリスト教(ロシア正教)国・ロシアが軍事活動を活発化すれば、イスラム過激派に「イスラム世界への冒涜」との大義名分を与え、騒乱、テロ発生のリスクも大きくなる。
カザフ型の騒乱を繰り返し、ロシア軍を介入させてイスラムテロリスト集団も活発化させる。そして中央アジア地域全体を極度に不安定化しプーチン・ロシアを疲弊させるー。これが米ネオコンの戦略であろう。
■9・11、アフガン侵攻を再考する
2021年にアフガニスタンから米軍が撤収し首都カブールをタリバンが制圧したことは、中央アジア地域のイスラム過激派を触発したとみられている。カザフスタンをはじめ中央アジア諸国の政府がこれに神経をとがらせていることは確かだ。
米国はアフガニスタンで屈辱的、歴史的敗北をなめさせられたと言われてきた。だが米国の戦略家の中には、「明るい兆し」を見てとる者がいる。
すわなち20年前にブッシュ米ネオコン政権がアフガニスタンに侵攻した動機は、決して米中枢同時テロ事件(9/11)に対する復讐ではなく、むしろ中国とロシアの裏庭に対する地政学的支配を主張することだった。一時的にせよ、ネオコンはロシア、中国の警戒心を緩ませて「テロとの戦い」に協力させ、中央アジアのキリギスタン、ウズベキスタンに米軍基地も設けた。そこを拠点にこれまでにテロリズムの種を十分に蒔いてきた。
2021年9月10日付Strategic Culture FoundationにFinian Cunninghamは「米国のアフガンに対するプランB-中国をくしゃくしゃにする(U.S. Plan B for Afghanistan? Screw Up China — Strategic Culture (strategic-culture.org)」との分析記事を掲載した。
それによると、アフガニスタンのタリバン政権と中国の将来の関係について問われたジョー・バイデン米大統領は記者団に、実に愉快そうにこう答えた。「中国はタリバンで大きな問題を抱えている。中国だけでなく、ロシア、イラン、パキスタンも…。彼らは今起きていることを理解しようと努めている。だから、今後の展開を見るのは興味深い。」.
まるで「20年戦争遂行に何兆ドルもの資金を投じた米国はアフガニスタンを中国やロシアやイランや中央アジア地域にとって、不安定化が煮えたぎる大釜にした」と言いたいかのようだ。
米軍は現在、再びウズベキスタンやタジキスタンに軍事拠点を構築しようと動いている。しかし中国、ロシアは米英の意図を見抜いている。策略通りにことが進むとは思えないが、ウクライナ戦争の「転移」と拡大を占う意味では目が離せない。
参考1:2021年8月26日付の本ブログ掲載記事「米は中国を東西から挟撃へ 米軍アフガン撤収の裏を探る」https://yasuoy.com/news/%e3%80%8c%e3%82%a2%e3%83%95%e3%82%ac%e3%83%b3%e3%81%a7%e4%b8%ad%e5%9b%bd%e3%82%92%e3%81%8f%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%8f%e3%81%97%e3%82%83%e3%81%ab%e3%81%99%e3%82%8b%e3%80%8d%e3%80%80%e3%83%90%e3%82%a4/
を参照されたい。
参考2:米国のブリンケン国務長官は2023年2月、カザフスタンの首都アスタナを訪問し、中央アジア5か国の外相らと会談した。これに先立ち日本政府は22年12月、5か国外相を日本に招き、プリンケン訪問の露払い役を務めていた。この問題は稿を改めて論じる。