ノーベル平和賞とフィリピン大統領選 マリア・レッサ授賞でドゥテルテ路線を否定

ノルウェーのノーベル委員会は2021年のノーベル平和賞をジャーナリストのマリア・レッサら2人に授与した。フィリピンのレッサに関して、授賞理由として「精力的な活動でフィリピンにおける権力の乱用や政府による汚職、暴力行為、とりわけ多くの死者を出しているドゥテルテ政権の麻薬取締りの実態を暴いてきた」ことを挙げた。ノルウェー・ノーベル委員会や西側メディアの描くレッサ像は「弾圧にめげず権力悪を暴く模範的で卓越したジャーナリスト」である。だが、問題は授賞の時期が2022年5月に実施されるフィリピン大統領選目前の今年末だったことだ。大統領任期は再選禁止の1期6年。現在、1946年に米国から独立して以来初めて反米自主路線を掲げて8~9割の熱狂的といえる高支持率を維持し続けているドゥテルテ体制の後継が模索されている。ワシントンとその取り巻き勢力が「米国に背を向け中国と連携する」ドゥテルテ反米路線の解体を目論む中、フィリピン人ジャーナリストのノーベル平和賞受賞にはうさん臭さが拭えない。

■ドゥテルテの「アキレス腱」

マニラ発の外国メディアは、「ノーベル平和賞を受賞したマリア・レッサ記者(58)はフィリピンの有力ニュースサイト「ラップラー」を率い、ドゥテルテ大統領に批判的な報道を繰り返し、身柄も拘束されたがひるまず、政権追及を続けている。レッサ記者とラップラーは、少なくとも7000人が裁判を経ずに治安当局の手で殺害された「麻薬戦争」など、ドゥテルテ大統領に関する調査報道を展開。大統領から『レッサは詐欺師だ』『つぶす』とどう喝され続けた」などと伝えた。西側メディアはレッサ記者の平和賞受賞を機に、6年の大統領任期を間もなく終えるドゥテルテ政権の「無法な統治」を改めてここぞとばかりに強調し続けている。

西側主流メディアのコレスポンデントたちにとってみれば2016年大統領選前最後の選挙集会でドゥテルテ候補(当時)が放った次の言葉は事実上の人権無視宣言であった。

「人権に関する法律など忘れてしまえ。私が大統領になった暁には、ダバオ市長時代と同じようにやる。麻薬密売人や強盗、それから怠け者ども、お前らは逃げたほうがいい。市長として私はお前らのような連中を殺してきたんだ」(https://www.afpbb.com/articles/-/3086411)

「法の支配」「法治国家」を建前にした近代世界でここまで公然と司法組織・裁判所を無視して犯罪者に「私刑執行宣言」を行った国政トップ候補者は皆無であろう。とんだ無法者が大統領に就任しようとしていたのだ。ドゥテルテの過激発言の数々はフィリピン社会をその内部から観察する機会のない西側エリート記者たちにとっては格好の攻撃材料であり、ドゥテルテにとっては「アキレス腱」となった。

■なぜ大衆は熱烈に支持するのか

フィリピンの大衆、一般有権者はまったく違った反応をし、ドゥテルテを大差で大統領に当選させた。犯罪の巣窟だったミンダナオ島ダバオを市長として比随一の治安良好な平和都市に変えたドゥテルテの姿勢を熱烈に支持し、スペイン、米国による約400年に及ぶ植民地支配で腐りきってしまった社会の膿を一掃して欲しいとその手腕に期待したのだ。大衆は旧宗主国・米国に従属し既得権を保持、拡大しようとするそれまでの「エリート民主主義」と呼ばれる寡占・財閥の支配とそれがもたらす極端な格差社会にへきえきしていたのだ。

なぜならフィリピンには法はあっても法の支配はなく、行政組織も、裁判所もほとんど法に代わって金で支配されていたからだ。中央官庁も地方自治体も、極論すればやくざ組織と化している。職務権限はゆすりたかりの道具であり、警察は犯罪組織と一体なのだから重大事件は決して解決しない。それどころか拘置所、刑務所は冤罪者で溢れていた。

人々は1992年の米軍基地完全撤収後、頻発し始めた反米運動を担った活動家へのいわゆる「政治虐殺」の背後にワシントンがいることに感づいている。米軍撤収から30年。殺害された活動家、記者らは数千単位に上る。これに触れず、ドゥテルテの超法規的殺戮だけを問題視して非難する西側メディアの不公平さは人々に見抜かれている。

有力世論調査機関の2020年9月調査では、ドゥテルテの支持率は91%だった。就任から4年余り経てのこの数字は驚異的であった。2019年5月13日に行われたドゥテルテ政権初の中間選挙では、大統領派が上院下院ともに大勝した。ドゥテルテ政権が国民から圧倒的な支持を受けているのは秩序の回復、貧困改善などが評価されたのに加え、1946年の独立後のオルガーキがほぼ独占した歴代の対米追随政権が怠ってきた貧困の源である大土地所有制を解消すべく農地改革を着実に進めているからに他ならない。

ドゥテルテ路線解体したい米国

2022年5月の大統領選にはロブレド現副大統領やボクサーで国民的英雄のパッキャオ氏、首都マニラのモレノ市長が「反ドゥテルテ」を訴えて立候補している。このほかドゥテルテ氏と近いフェルディナンド・マルコス元上院議員も立候補の届け出を済ませた。

こんな中、民間世論調査会社が9月に実施した大統領選支持者調査では、出馬を否定しているドゥテルテ氏の長女でダバオ市長のサラ氏が20%の支持を得て1位となった。マルコス氏は15%の支持率で2位、モレノ氏とパッキャオ氏はそれぞれ3、4位、ロブレド氏は8%で6位となり、ドゥテルテ路線の継承を有権者が望んでいることが如実に示された。

政党の候補者は11月15日まで交代できることに加えて、前回の大統領選でドゥテルテ氏が引退宣言の後にこの方法で出馬しており、サラ氏が立候補するとの見方は根強い。

マリア・レッサの平和賞受賞からはドゥテルテ路線の継承を阻止したいワシントンの意思が垣間見えてならない。

 

:フィリピンでドゥテルテ政権が誕生したことが米国と日本の両政府に大きな衝撃を与え、中国とフィリピンの接近が東アジアのパワーバランスにどのような影響を与えているかを論じた2019年2月脱稿の長文記事「習近平、ドゥテルテの結束で綻びる日米の中国包囲網 」を再掲載する。これを一読すれば、今年のノーベル平和賞の政治的意図がより鮮明に見えてくるはずだ。