「ムーミンの里」の社会民主主義とは 自然享受権と共産党恐怖症

スウェーデン発祥の世界最大の家具量販コングロマリットとされるイケアの在日店舗に初めて出かけて驚いたことがある。出入口近くのホールに以下のような趣旨の張り紙があった。

「私たちスウェーデン人は自然に親しむのが大好きです。人々の家の周りの庭には誰もが自由に立ち入り通行できます。『土地はみんなのものという』考えがあるからです。」

東京近郊の埼玉県飯能市に先ごろ「ムーミンバレー」が開園した。フィンランド生まれのムーミンについて断片的に調べていると「自然享受権」という考えに行き当たった。

■対価を支払わない自然享受権

Wikipediaは次のように説明する。

北欧に古くからある慣習法であり、自国以外の旅行者などすべての人に対して認める権利である。例えば利用者の権利として以下のような行為が認められている。通行権(徒歩、スキー、自動車による通行)、滞在権(テントでの宿泊を含め、休息、水浴びのための短期滞在)、自然環境利用権(ヨット、モーターボート等の使用、水浴び、氷上スポーツ、魚釣りなど)、果実採取権(土地の所有者に対価を支払わない、野性の果実やキノコ類の採取)、禁止されている行為は原則として自然を破壊することと、所有者を煩わせることである。」

イケアで出くわした『土地はみんなのものという』考えは自然享受権という慣習法のことだった。この権利は国有地、私有地に関わらず慣習的に保護されており土地の私有権は大幅に制限されている。土地所有者は森林や再生可能資源の保護を義務付けられ、土地所有権と利用権を持つと同時に自然環境の維持義務を負っている。

■土地本位制の日本:私有権の異常肥大

日本の現状は真逆である。銀行の融資が土地を担保に行われ、世界でも稀な土地本位制資本主義を採用している。1980年代バブル経済は地価と株価の異常な高騰で多くの日本人を狂奔させた。都市部、農村部、敷地の大小を問わず、家々の周りには大抵頑強な塀や柵が設けられ、非所有者(他人)の侵入を拒んでいる。

私有欲の異常な肥大化。これが家督争いの元凶である。幼少期、塀、垣根をこえた枝にたわわに実る柿、栗、夏ミカン等々1つでももぎ取れば血相を変えて追い掛けてきた近隣の大人たち。門から無断で一歩でも入れば住居侵入で警察が駆け付けかねない。

■共産主義恐怖と結合

『土地はみんなのもの』と主張すれば、戦前教育を受けた日本人の大半「共産党!!」と叫びそうだ。1917年ロシア革命を受けての1925年治安維持法の制定がこれに輪をかけた。

2022年1月27日掲載記事「昭和天皇の実像を探るー戦前を清算しアジアで共生するために 近代日本考」に書いたように、1926年12月に即位した裕仁天皇と側近宮中グループはロシア革命と翌1918年皇帝ニコライ二世一家処刑に震撼」、治安維持法を制定して共産主義者の根こそぎ弾圧へと向かう。

「共産党の世になったら先祖代々の土地は没収される」、「共産主義は恐ろしい!!」

大正期(1912-1926)から1945年敗戦前の家父長制社会で育った人々は大半が異口同音にこう語った。

土地私有・家制度・先祖崇拝と共産主義フォービアとは一体である。それに上から覆いかぶさったのが天皇制=国体であった。

共産党・共産主義恐怖症(フォービア)は日本人の政治意識の根底にへばりつく。この30年間の保守右傾化と中国共産党恐怖キャンペーンで「共産主義恐ろしい」は日本人の間に根をさらに強固にした。

2021年総選挙。天皇制廃止、日米安保廃棄に重い蓋を被せた日本共産党の提起した野党共闘。労組ではない反共の労働貴族組織「連合」がその共闘にいちゃもんをつけ、連合票を減らしたくない野党第一党・立憲民主党は腰を引いた。そして自民党による永続対米敗戦体制が続いている。

■改革するスカンジナビアに灯りを

日本社会は変革できるのか。闇に覆われたその先に灯りを見出す手立ての1つにスカンジナビアの社会民主主義がある。ここでは容共の社民政権が継続している。植民地戦争に加担しなかった高緯度で人口1000万に満たない3つの国は高福祉高負担の道を維持し、思想的にも先進国であり続けている。「社会みんなで負担する」との思想は家父長制の超克に他ならない

【写真】スウェーデンで1969年から1986年までの間、中断をはさみ2期11年にわたり首相を務めた社会民主労働党のカリスマ的党首オロフ・パルメ。首相在任中の1986年ストックホルムの路上で拳銃で射殺された。内政では大企業の国営化プログラムなどで物議をかもした。外交政策では第三世界問題や国連軍縮委員会パルメ委員会)でイニシアティブを発揮した。

 

北欧経済の研究者によると、スウェーデンは、手厚い社会保障で有名だが、1990年代以降さまざまな構造改革を進めている。規制緩和、労働市場改革、起業支援策、財政健全化と社会保障制度を見直した。

経済危機などで経営が傾いた企業は救済しない。そうした企業を政府が救済すれば、産業構造の転換が遅れるからだ。

日本と比べ、ずっと市場原理主義である。だが失業者は手厚く救済し、職業訓練を行い、新規産業に振り向けていく。職業訓練などへの支出は「積極的労働市場政策」と呼ばれるが、スウェーデンの2017年当該支出(対GDP比)が1.2%であるのに対し日本は0.1%。教育への支出も日本は少ない。

こうした経済政策や社会保障により、スウェーデンの成長率や生産性・国際競争力はOECD平均をかなり上回っている。まさに岸田政権の唱える「成長による分配」を達成している。

明治維新以来、日本人はスカンジナビアには目を向けず、欧州というと特に19世紀半ば以降植民地争奪戦争に明け暮れた列強の英、仏、それにドイツに眼差しが偏ってしまっている。この弊害は大きい。

スカンジナビアへと灯りを向けよ。