■高市フィーバーは「国権主義の勝利」ではなく、”国権主義の演出”である
先の総選挙で突然起きた高市フィーバーは、 国権主義の自然発生的な盛り上がりではない。
むしろ、 国権主義を“演出し、管理し、封じ込める”ための政治的操作 として読むべきである。
このフィーバーは、 戦後日本の国家構造の深層―― 米英による「戦後日本管理モデル」 の中で必然的に生まれた。
安倍晋三の死が生んだ空白を、いかに“管理可能な国権主義者”で埋めたのかということだ。安倍の死は管理されない国権主義者の命運を暗示した。高市はそれを十分にわきまえている。
■戦後日本管理モデル――“自律せず、暴走せず”という国家設計
戦後日本は、米英が設計した 「戦後日本管理モデル」 の中で運営されてきた。
そのモデルは、日本は自立しない。しかし暴走もしない。国家は多重構造のまま、天皇は無害化された象徴、軍事は米軍が管理、改憲は封印 という枠組みである。
この枠組みの中で、 国権主義は完全に排除されるのではなく、 “吠えるが噛まない国権主義”として存在を許される。
しかし、 本物の国権主義は常に無害化される。
■安倍晋三の死――国権主義の“主体的担い手”の消滅
安倍晋三は、 戦後保守の枠内で最大限の主体性を発揮した政治家だった。
彼は、米英との同盟枠内で国権主義的国家像を志向し、独自外交を展開し、国家の単層構造を部分的に回復しようとした稀有な存在だった。
その安倍が突然消えた。
これは、 国権主義の“主体的担い手”の消滅 を意味する。
米英にとっては、 「安倍のように自律的に動く国権主義者」は危険だが、 「管理可能な国権主義者」は必要だった。
■石破一年政権――国権主義の本流を弱体化させる“緩衝材”
石破一年政権は、 国権主義の勝利ではない。
むしろ、 草の根保守の怒りを一度吸収し、 安倍路線を弱体化させるための政治的緩衝材 だった。
石破は、地方保守に人気、防衛族、国体イデオロギーには距離、改憲には慎重、米英との協調を重視という「中間的保守」であり、 国権主義の本流を分断する役割を果たした。
石破一年政権は、 国権主義の本流を弱体化させるための“第一段階” だった。
■虚構の高市フィーバー――国権主義の“代替物”を作るための演出
高市フィーバーは、 国権主義の自然発生ではない。
演出者は、 タカ派政治家やその支持者・国権主義者ではなく、 対米従属を超えて対米同期化した官僚機構(外務省・財務省・内閣官房) である。
狙いは明確だ。
●① 草の根保守の不満を吸収する
→ 国権主義の言辞を高市に語らせる
●② しかし国権主義の国家像は絶対に実現させない
→ 高市は実行力を持たない
●③ 国権主義の主体的担い手(安倍型)は排除する
→ 安倍の死で空白が生じた
●④ 国権主義の代替物(高市型)を前面に出す
→ 国権主義を“吠えるが噛まない”形に無害化する
つまり、 高市フィーバーは、国権主義の“代替物”を作るための演出だった。
■日本人の“動員されやすさ”を利用した政治的演出
高市フィーバーの動画が示したのは、 日本人が、空気、同調圧力、権威、物語 に極めて弱いという構造である。
これは、 戦前から続く「国家の単層構造」+「国民の同質性」の産物であり、 対米同期官僚はこの構造を熟知している。
高市フィーバーは、 日本人の動員構造を利用した政治的演出 だった。
■高市は“国権主義の継承者”ではなく、“国権主義の無害化装置”である
高市は、 安倍の思想を継承する存在ではない。
むしろ、 安倍の思想を“無害化した形で模倣する”代替物 である。
つまり、
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国権主義の言辞は使う
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国体イデオロギーを語る
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改憲を叫ぶ
しかし、
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実際には何も変えられない
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改憲は封印されたまま
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国家の単層構造(戦前レジューム)は回復しない
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米英の戦略枠組みから出られない
という「管理された国権主義者」である。
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■高市おろしの開始――役割を終えた“代替物”の処理工程
高市は、 草の根保守の不満を吸収し、 国権主義を無害化する役割を果たした。
その役割が終われば、 高市は不要になる。
だから、 高市おろしはすでに始まっている。
これは「失敗」ではなく、 最初から予定されていた“処理工程” である。
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■国権主義の無害化プロセスは、戦後日本の国家構造の“現在地”そのものである
石破一年政権は、 国権主義の本流を弱体化させるための緩衝材だった。
高市フィーバーは、 国権主義の代替物を作るための演出だった。
高市政権は、 国権主義を管理可能な範囲に封じ込めるための政治的配置である。
この二段階処理によって、 国権主義は“吠えるが噛まない”形に無害化された。
これこそが、 戦後日本の現在地 である。