米中冷戦を決定づけた新型コロナウィルス  

■中国発、米欧を”攻撃”

2019年末中国・武漢発とされる新型コロナウィルス感染が今年に入り世界全域で猛威を振るい、人々の心を不安と恐怖で覆い尽くしている。だが欧米や南米に比べると、発症源の中国や日本、韓国をはじめ東アジア諸国では今のところ、感染確認者、死亡者ともに非常に少なく、死亡率も低い。単純化すれば、発症源の中国から被害は、欧州、北米へと広がり、米欧諸国が最も災いを被っているという構図になる。

8月1日末現在、感染確認者が400万人を超え、死者数が16万人に迫り、最大の被害を出している米国では数字が操作され誇大化されていると指摘する論者も少なくない。一方、中国は死者5千人足らず、感染者数は9万人に及ばず、約8万人が回復している。米国からは「中国発のウィルスにより甚大な被害がもたらされた」「賠償を支払え」などとの声が上がる。コロナ禍の実態は不透明であり、その展開には不自然さが付きまとってきた。確かなのはこの”攻撃”が米国に中国と決別するさらなる大義名分を与え、米中冷戦を決定的にしてしまったことだ

■日本でも高まる中国忌避

日本政府は4月7日に緊急事態宣言を出した。5月25日に解除したものの、ようやく検査体制の拡充へと重い腰を上げたためもあってか、7月に入ると独自にアラートを発した東京をはじめ宣言発令期間中を大きく上回る感染確認者が連日出て、公立学校一斉休校要請の出された2月末のような緊張感が再び日本列島を覆っている。

 

一日当たりの感染確認者が緊急事態宣言発令期間中のそれを上回り続けても政府はそれでも再度宣言発令に動こうとしない。7月24日記者会見した安倍首相は「専門家の皆さんも仰っているようにあの時と状況は異なり、再びいま緊急事態宣言を出す状況にはないと考えている」と述べた。「あの時と状況は異なる」とは20代、30代に感染者が多く、重症者が極端に少なくなったことであろう。とにかく歯切れが悪い。

よほどの事態に至らない限り、社会経済に致命的打撃となる宣言の再発令はあるまい。コロナ騒動は半ば国際政治の産物と見たほうがいい。新冷戦の本格化と歩調を合わせるかのように、政権寄りメディアは「中国ウィルス」、「武漢ウィルス」を執拗に繰り返し、人々の間に中国嫌悪、中国人忌避の輪が着実に広がっている。今後ある時点で在日華人に対する憎悪を煽るヘイトスピーチが各地で燃え上がるのは必至と思える。

■これほどまでに騒ぐ話か

データを分析すると、日本に限って言えば、感染確認者は新型インフルエンザの数よりはるかに少ない。繰り返しになるが、死亡率も若年世代が感染確認者の過半数を占めているためか同インフルエンザよりずっと低い。ところが、人々は日々感染確認者の集中する東京を筆頭に「本日の感染確認者は過去最多の●●人」との数字を更新するニュース報道におののいている。

厚生労働省公表のデータによると、季節性インフルエンザと抗原性が大きく異なるインフルエンザで、一般に国民が免疫を獲得していないため、全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められる新型インフルエンザウィルス(A/H1N1)による例年の感染者数は国内で推定約1000万人、国内の2000年以降の死因別死亡者数は214(2001年)~1818(2005年)人、年間の超過死亡者数は世界で約25~50万人、日本で約1万人と推計されている。一方、日本の新型コロナウィルスは、都道府県の数字を集計すると、7月29日現在、確認された感染者は総数で3万2,242人、死者は1,001人である。

この半年間に及ぶコロナ禍がどれほど社会・経済・生活に大きな影響を及ぼしてきたかは敢えて指摘するまでもない。ある日本のメディアは「7月15日現在、世界全体で感染者1300万以上、死者は57万人を超えた。なぜここまで人類に被害を与えたのか」と訴える。だが、上の新型インフルエンザの災禍の数を参考にすれば、「なぜこれほど騒ぐのか」との問いを禁じ得ない。

■滲む政治意図

いかに新型コロナウィルスが医学的に厄介な代物であれ、世界規模での災禍の現状は、感染者数に限ると、”比較的軽い”と言っても過言ではない。繰り返すが、騒動には政治的意図が滲んでいる。

安倍政権はこのところ政権末期だとメディアにさんざん叩かれている。だが、これをもろともせず、年内に解散総選挙に出て圧勝し政権延命の突破口を見いだそうと虎視眈々である。この政治意図には「米国と100%手を携えての」、中国封じ込め戦略の再構築が入念に織り込まれている。

1978年、中国は改革開放政策に転じた。米欧日を中心に巨額の投資を引き込み、社会主義的市場経済路線を突き進んだ。奏功した改革政策は、着手から20年経つと中国を膨張させ、米欧日にとって中国の台頭は脅威として扱われるようになった。10年余り前から新冷戦という言葉が定着、米中対立は貿易摩擦を皮切りにトランプ政権下で本格的に炎が上がった。コロナ禍の発生は火に油を注ぐ形になった。「自由世界は同盟して共産主義の中国を変え、圧政に勝利しければならない」。ポンペオ米国務長官のこの7月24日の発言は米中冷戦時代の到来を世界の人々に深く印象付けた

対する中国は「米国の反中同盟結成への各国からの反応は、わが国との経済的繋がりが強固なため鈍い。出だしから失敗した」(7月31日付環球時報社説)と強がるが、動揺は隠せない。党・政府の機関紙は米国非難の記事で溢れている。

■使いし尽くしたMADE IN CHINA

米欧日をはじめとする多国籍資本は雪崩打って中国の安価な労働力を利用してきた。中国製品(MADE IN CHINA)が世界の産業の供給体制(サプライチェーン)の中核となった。「肉を切らせて骨を断つ」。今や米政府は大出血覚悟でこれを過去のものとしようと動いている。米欧圏と中国圏という2つのブロックがかつての東西冷戦時代のように経済的な交流をほぼ断ってしまう可能性もある。既に稼働し始めている対中通商統制メカニズムは新COCOM(対共産圏輸出統制委員会→対中国圏輸出統制委員会)の設置へと進んでいる。

習近平政権の打ち出した「中国製造:2025」政策が象徴するように、軍事、科学技術、産業力、金融力で世界トップとなり、米ドルの基軸通貨の座を揺るがす覇権志向を公然と示したことを契機に、中国に覇権を決して譲れない米英は「世界の工場・中国とMADE IN CHINAはお役御免」と踏み切った。その際、中国サイドが軍事から通信までの先端技術を米欧から剽窃して知的所有権を侵害したと非難。欧米サイドはあたかも受益がなかったかのように振る舞い、被害者であるとのスタンスを一貫して打ち出した。

■黄禍論の再台頭も

繰り返す。この動きとコロナ騒動が重なったのは偶然にしては出来過ぎである。筆者は米国が中国に人工ウィルスを持ち込んだ疑いを拭いきれないでいる。しかし、当初盛んに議論されたウィルスが自然発生物なのか、人工物なのか、中国に持ち込まれたか否かはもはや問題ではない。ことは医学、医療の問題に便乗した政治問題として展開している。

ワシントンにとっては、どちらであっても構わない。「中国ウィルス」、「武漢ウィルス」として攻撃できればそれで良いからだ。米欧ブロックはメディアを使い中国憎悪を最大限に促し、心理戦を展開する絶好の手段を手に入れた。中国非難をエスカレートさせ、コロナ禍が米欧で21世紀の黄禍論としてキャンペーンされる日が近づいている。日本に一時帰国したパリ在住の知人女性(69)は「フランス人の視線が変わった。私たちは忌避されている」と打ち明けた。

■揺れるASEAN

中国は大半の国で最大の貿易相手国となっている。ワシントンに軛(くびき)をはめられた日本を除き、韓国、ASEAN諸国など東アジアの国々はこの動きにどう対処するのか。

「米国を選ぶのか、中国を選ぶのか二択の時代が到来した」-。シンガポールのリー首相は数年前こう予告した。当時、ASEAN諸国の大勢は親中国、ないし中立へと向かっていた。だが今や、東アジア諸国は米欧と中国の間で揺れ続けている。

反米・親中へと外交政策を大転換したフィリピンのドゥテルテ政権は今年2月にワシントンに通告した訪問米軍の地位協定(VFA)の破棄の保留を5月に決めた。中国の海洋進出の拠点であり、フィリピンと南沙諸島での領有権を巡り係争中の南シナ海をにらみながらの米比年次合同演習バリカタンもコロナ禍の動向を見ながら自動的に開催されることになる。過激なほど反米志向であったドゥテルテ政権ですら慎重姿勢に転じている。

この問題は近く稿を改めて論じる。