内では中国敵視、韓国嫌悪によってナショナリズムを焚きつけて「大日本の賛美」へと向かわせ、外には「自由と人権、民主主義と法の支配」の旗を掲げ自由主義国との同盟へと進むー。この「ヤーヌスの顔」路線こそ9月半ばに誕生予定の菅新政権が安倍政権から忠実に継承しなければならないものだ。菅 義偉氏は自ら「ペンス副大統領をはじめ米政権関係者とはかなり昵懇(じっこん)だ」と語る一方で、国会議員の4割、閣僚の8割を占め、300人近い会員を擁する日本会議国会議員懇談会の副会長を務めてきた。言い換えれば、まさに安倍政権をそのまま踏襲し、対米従属と日本会議を新政権の「ねじれた2本柱」としようとしているのだ。
■時代錯誤の顔
日本会議こそが日本政治の内の顔と外の顔との結節点にあり、両者を媒介する組織ではないだろうか。この問題提起は既に行ってきた。
3万5千人程度の会員を擁し、地方議員連盟所属議員は約2千人と言われる日本会議。そのホームページでは自らを「美しい日本の再建と誇りある国づくりのために、政策提言と国民運動を推進する民間団体」と記している。再建すべき「美しい日本」とは何かというと、時代錯誤そのものの「天皇大権の戦前の日本」である。
ホームページには「125代という悠久の歴史を重ねられる連綿とした皇室のご存在は…世界に類例をみないわが国の誇るべき宝…皇室を中心に、同じ歴史、文化、伝統を共有しているという歴史認識こそが…国の力を大きくする原動力」と書かれてある。
そうであるならば、「美しい日本」を7年に及んだ日本占領によって”根こそぎ破壊した"アメリカは不俱戴天の敵(かたき)である。論理的には、反米極右路線こそ彼らの目指すべき道となる。
■親米・従米の顔
ところが「憲法改正」を除いては、極めて親米的である。否、「米国は中国の領土拡張主義から日本を共に守ってくれている」との姿勢を示し従米的ですらある。
その象徴的な出来事が2014年から翌年にかけての集団的自衛権行使容認と新安保法制制定を巡る大論議の渦中に起こった。それは2012年に米国際戦略問題研究所(CSIS)から公表された「第3次アーミテージ・ナイ報告書」の対日要望事項のうち最も重要な案件であった。
集団的自衛権行使については、衆参両院の平和安全法制特別委員会を中心に論議が交わされた。専門家の意見は「違憲」が圧倒的だった。特筆すべきは、「憲法学者の95%以上が違憲と判断」とされる中、2015年6月4日の衆院憲法審査会の参考人3人はいずれも「集団的自衛権行使容認は違憲」と断じた。さらに同22日の衆院平和安全法制特別委員会で5人に対する参考人質疑が行われ内閣法制局長官経験者2人含む3人が「違憲」とし、うち2人が「安保関連法案の撤回、廃案」を求めた。
この時、菅官房長官は西修・駒沢大名誉教授ら3人を集団的自衛権行使容認を合憲として安保法制を支持する憲法学者として名指しした。3人はいずれも日本会議に属していたのだ。
これは日本会議とワシントン中枢が何らかの形で結ばれていなければ起こり得ないことである。
先の投稿記事「安倍後継、ヤーヌスの顔継承へ 媒体は日本会議?」では日本会議が「日本を治外法権的に支配する日米地位協定」に対して否定的でないと指摘したのに続き、こう書いた。
「日本会議と一体のオピニオン機関『日本基本問題研究所」。日本会議幹部たちが「安倍晋三首相の退陣と近づく米大統領選挙という日米二つの政治空白は、拡張主義の中国にとって領土的野心への誘惑になりかねない。』、『(東西冷戦終焉を受け)共産主義国家中国を国際経済システムに取り込んで民主化する必要があると説いたのは、ベーカー国務長官だった。ポンペオ演説はこれに終止符を打つとの宣言だ。代わりに民主主義国家による新たな同盟が必要だとポンペオ長官は提案した。』とこぞって中国脅威を煽り、米国の対中冷戦宣言を代弁し、南シナ海有事での集団的自衛権行使の示唆している。」
日本会議こそが「ヤーヌスの顔」をしているではないか!この一見時代錯誤な極右組織は実は入念な時間と資金を掛けて日米の影響力のある保守派政財界人によって合作されたのではないのか。こんな疑念が自然に頭をもたげてくる。
■菅氏の告白
早くも新総理扱いされている菅官房長官長官は産経新聞の取材に対し「トランプ政権の閣僚やペンス副大統領候補とも昵懇」な関係にあると明かした。9月2日付の同紙は次のように伝えている。
ーー安倍晋三首相はトランプ米大統領と親しかった。米国とはどのような関係をしていくのか
「日米関係というものはわが国の外交のまさに基軸…私自身も昨年、訪米しまして、ペンス副大統領をはじめ、関係者と会談してまいりました。まさに日米関係を基軸としながら、近隣諸国との関係を作っていく。…私、日米の首脳の電話会談には全て同席をしております。」
「トランプ氏を支えている閣僚…副大統領、そうした関係者とは私もかなり昵懇にさせていただいている…」
(太字強調は筆者)
「日米関係を基軸としながら、近隣諸国との関係を作っていく」。この発言は、「米国の対中政策に忠実に従いながら、朝鮮半島、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国との外交を展開する」ことと解釈できる。さらに仔細に言えば、韓国が対中傾斜を深め米韓同盟が破たんすれば、日本が冷戦の最前線に立ち、中国との経済的な絆を深めたASEANに対しては米国に代わって対中包囲網への参加に前向きになるよう粘り強く説得を続けるということではなかろうか。
■敵基地攻撃能力:対中弾道ミサイル配備へ
新政権の試金石となる軍事案件が早々ワシントンから突きつけられた。
時事電によると、米国防総省は9月1日、中国の軍事・安全保障分野の動向に関する年次報告書を公表した。この中で、中国による2019年中の弾道ミサイル発射実験・訓練回数はその他の国の合計より多かったと指摘された。特に、「グアムキラー」と呼ばれる中距離弾道ミサイルの保有数が大幅増加したとみている。
中距離核戦力(INF)全廃条約に制約されていた米国は射程70~300キロの弾道ミサイルを1種類保有しているだけで、中国がこの分野で米軍を上回っていると認めた。中距離弾道・巡航ミサイルの開発に着手した米国は「中国に対する抑止力強化を視野に、中距離ミサイルを日本などアジア諸国に配備したい(エスパー国防長官)」との意向という。
この中国に対する抑止力強化を目的とする中距離ミサイルの日本への配備こそ計画停止となった陸上配備型迎撃システムシステム「イージスアショア」に替わる「敵基地攻撃能力保有」の一環であろう。沖縄、南西諸島を中心に日本列島全域に米製の新型中距離弾道・巡航ミサイルの配備計画が浮上すれば集団的自衛権行使容認と新安保法制制定の際に匹敵する大きな論議を呼ぶのは必至と思われる。
米中冷戦の本格化に伴い、防衛費の大幅増、とりわけ米国からの矢継ぎ早の武器購入要請は不可避である。
「だからミスター・スガなのだ」。ワシントンはこうほくそ笑んでいるようだ。