破壊されたトルコ仲介のウクライナ停戦合意 「ブチャ殺戮」を再点検する

ウクライナ戦争の停戦交渉は2022年3月29日にトルコ政府の仲介でいったん基本合意に達した。ところが合意に従って首都キーウ周辺から撤退したばかりのロシア軍が首都近郊ブチャの住民を無差別殺戮したという「大事件」が発覚し、西側メディアによってロシア軍の非人道・残忍ぶりがこれでもかと集中報道された。これによりトルコ仲介の暫定停戦合意は忘れ去られた格好となった。「ブチャ虐殺」は暫定合意を破壊するための、ベトナム戦争で言えば米軍自作自演のトンキン湾事件なのではとの嫌疑が拭いきれない。米英の絡む紛争が和平へと近づくと必ず大量殺戮が起こる。バイデン大統領をはじめ米政府高官は停戦交渉仲介に熱意を注いでいたトルコのエルドアン大統領に電話をはじめいかなる接触も避け、トルコの介入に不快感を示してきた。暫定合意は米ネオコンの破壊対象となったと断言できる。

■トルコでの基本合意

まずは2022年3月の停戦交渉を複数のトルコメディアの報道を中心に振り返ることにする。

ウクライナ代表団を率いた 対ロシア交渉担当者デビッド・アラカミアは3月4日、「両首脳間の直接会談」を手配するのに十分な進展があったと述べた。同首席交渉官はウクライナの国営テレビでプーチン・ゼレンスキー首脳会議はアンカラかイスタンブールで開催される「可能性が最も高い」と述べた。

「モスクワはすでにキエフの最も重要な要求を『口頭で』受け入れている」とアラカミアは明かし、ウクライナ側の10項目の要求の書面による確認はまだないと付け加えた。「ロシア連邦は私たちのすべての見解に公式に応えた。この文脈で、首席交渉官は「彼らは2015年に併合されたクリミアを除いて、ウクライナのすべての議論を受け入れた、モスクワとは「ウクライナの中立的地位に関する国民投票を行うことが『解決への道の唯一の選択肢』であると同意した」と述べた。今後は文書の最終版作成に尽力すると語った。

トルコが仲介したイスタンブールでの対面協議=写真=では3月29日、和平交渉団の間で基本的な合意がなされた。ウクライナのゼレンスキー政権は大幅に譲歩する形でロシアとの停戦に合意した。

交渉が完了した後、両当事者は声明を発表した。ウクライナの代表団は、国の安全が彼らの最も重要な要求であると強調した。ウクライナ側東部ドンバスなど紛争地域の国民投票の選択肢が前面に出たと述べ、投票は圧力なしに平和的に行われるべきだと求めた。

ウクライナの交渉担当者は、NATOではなく欧州連合(EU)に入ると述べた。同じ当局者は、安全保障システムが機能すれば、ウクライナは中立国であるという地位を受け入れるだろうと述べた.

■バイデン政権の拒絶

バイデン米政権を牛耳るネオコンはこれを認めなかった。エルドアン政権に激怒していた。

基本合意の第1項目には米国にとって最も不都合なウクライナの中立化・非NATO化がに盛り込まれた。このほか、クリミア、ドンバスの領土問題は未解決であり、その帰趨については住民投票も視野に入れるとの内容で、2015年ミンスク合意2を尊重する形となった。首都キーウでの軍事作戦縮小を表明し、東部の戦線を縮小していたロシアはこの内容を評価した。このままいけば、プーチンとゼレンスキー両大統領が会談する可能性も伝えられ、停戦は現実に近づいていた。

ロシアRTはトルコでのロシア、ウクライナの6つの基本合意について報じた。いかなる集団安全保障グループにも加入しない今後のウクライナの安全保障には英国、中国、米国、トルコ、フランス、カナダ、イタリア、ポーランド、イスラエルが関与するとされていた。Highlights from Russia-Ukraine peace talks in Turkey — RT Russia & Former Soviet Union

米国にとって中国、トルコの関与は受け入れがたかった。和平基本合意は破壊対象となった。

ロシア軍はキーウでの軍事作戦縮小を発表し、実際に3月30日から撤退を始めた。直後にウクライナ軍が戻ってくる。キーウ近郊のブチャにも、ロシア軍撤収の3日後、ウクライナ軍が戻ってきた。

すると直ちにロシア軍によるウクライナ市民の虐殺が行われていたという情報が流れ始めた。

発端は4月2日、キーウ近郊のプチャの市長が、プチャだけで280人の遺体を埋葬したと発表したこと。14歳の女の子、後ろ手に縛られた男性。多くの遺体が路上に放置されていたというニュースは米英メディアなどによって瞬く間に世界へ発信された。

ウクライナの首都キーウ近郊ブチャでの民間人の殺害事件とされ、米国のバイデン大統領や英国のジョンソン首相(当時)が「これは戦争犯罪、プーチン大統領の責任を追及すべきだ」と述べた。これに対し、ロシアのラブロフ外相は「30日にロシア軍がプチャを離れた後、地元市長は3日間テレビに出演していたが、その際にロシア軍の撤収は歓迎しつつも虐殺については一言も発言していない」などと反論。米英の対応に激怒したプーチン大統領が交渉を打ち切り、和平基本合意は水泡に帰した。

トルコメディアの中には「ブチャ虐殺は意図的な捏造」と断定するものもあった。

「事件を捏造、敵への憎悪を扇動」
IT、AI時代の今日、敵を陥れるための情報戦や破壊工作はとてつもなく複雑で巧妙になった。敵対勢力を極秘に破壊するためには最先端技術を駆使して出来ることはすべて行う。まさに「何でもあり」なのだ。そこに人道的観点や民主的手続きの入り込む余地はない。米英軍や傘下の諜報機関に訓練されたウクライナ軍のネオナチ特殊部隊がロシア兵に偽装し、住宅地や病院などにミサイル弾を打ち込むことは想定の範囲内だった。死亡した民間人の遺体があたかもロシア兵によって放置されたごとくねつ造することなど造作もないはずである。
ブチャ殺戮を考えるにあたって想起すべきは米国の偽旗作戦の歴史だ。米西戦争のメイン号事件、第一次大戦のルシタニア号事件、そしてベトナム戦争のトンキン湾事件でも敵の攻撃を偽装して米国は戦争を始めた。真珠湾事件も日本による奇襲を強く誘導した結果と言える。米国は近代の戦争史における「偽旗作戦」「欺瞞の作戦」の元祖である
ウクライナで起きている事態の核心は何か。それは米英によるプーチン・ロシアせん滅の戦い
米英はアサド政権壊滅に向けてシリアでも偽情報を流布し、反政府武装勢力を支援した。国軍が生物化学兵器使用やジェノサイドを行ったとプロパガンダした。彼らの矛先はイランをはじめすべての親ロシア陣営に向けられた。ウクライナでもそれが繰り返されている。

こんな中、惨殺はウクライナ軍によるねつ造とのロシア側主張を支持する稀有で確かな西側の分析もある。

「(首都キーウ近郊)ブチャからロシア軍は数日かけて3月30日に撤退を完了させ、31日には市の職員がフェイスブックで喜びを伝えている​が、虐殺の話は出ていない。テレグラムのチャンネル、ブチャ・ライブでも31日まで虐殺の話は出てこない。

しかし、4月1日夜にツイッターへアップされた自動車から撮影されたビデオには、ヤブロンスカヤ通りに死体がある様子が映されている。現地を取材したAFPの記者はその通りで24体を、またAPの記者は20体を確認したという。

ロシア軍が撤退した後、ブチャへの砲撃があり、戦乱の廃墟を作り上げた。​BBCが4月3日に公開した映像にはアスファルトに食い込んだ迫撃弾が映っていて​、その状態から発射地点は南側だと推定されている。つまりウクライナ軍がいる場所だ。

4月2日にはネオ・ナチを主体に編成された親衛隊の大隊(アゾフ特殊作戦分遣隊)がブチャに入っているとニューヨーク・タイムズ紙は報じたが、アゾフと同じネオ・ナチでライバル関係にあるというボッツマンのチームも4月2日には現場へウクライナ警察の特殊部隊と入っているという。ボッツマンのチームはウクライナ軍を示す青い腕章をつけていない人物の射殺を許可されていた。ロシア軍に処刑された人びとだとして公開された写真の複数の遺体には白い腕章が巻かれている

4月2日、​ウクライナ国家警察は自分たちが行った掃討作戦の様子をインターネット上に公開した​。そこには大破した自動車の中に死体が映っていたものの、そのほかに死体は見当たらない。そこで、国家警察は死体を隠したのではないかと疑う人もいる。国家警察はブチャでアゾフ国家親衛隊と行動をともにしていたので何が起こったかを知っていたが、その死体を親衛隊が何に使うつもりかを知らなかった可能性がある。

アゾフの母体になった右派セクターは2013年11月にドミトロ・ヤロシュとアンドリー・ビレツキーが創設した2021年11月2日、ゼレンスキー大統領はヤロシュをウクライナ軍最高司令官顧問に据えた。この段階でウクライナ軍はヤロシュの指揮下に入ったと言える。そのヤロシュはネオ・ナチというだけでなく、NATOの秘密部隊ネットワークに属している。つまり米英情報機関がウクライナ軍を動かす態勢ができた。  (rakuten.co.jp)

さて、社会民主党(SPD)主導のドイツ連立政権は、「同盟90・緑の党」所属のドイツ外相アンナレーナ・ベアボックによる欧州評議会での「我々はロシアとの戦争をしている」との1月24日の発言の火消しに追われている。メルケル前首相の後継候補の一人とされ、ネオコンに感化されたような弱冠42歳の外相は「ロシア、中国、トルコのような国々に外交的主導権を渡さない」と主張している。ショルツ独連立政権がこの流れに歯止めを掛けられるか否かに、ドイツのみならずEUの将来が懸かっている。