現在ウクライナで行われている戦争は「ロシアのウクライナへの軍事侵攻」と報じられている。だが実態はウクライナが米国の代理としてロシアと戦わされているとも言える。ウクライナ東部2州の分離独立派への高度な自治権付与のための憲法改正を柱とする2015年ミンスク合意2の履行を怠り続けたウクライナ政府の背後に米政府がいた。ミンスク合意を仲介したドイツやフランスのメディアにはウクライナに対し厳しい論調が目立つ。欧州連合(EU)の盟主・独仏の立場はロシアを含めた欧州の集団的平和の構築であり、ロシアの体制転換とユーラシア制覇を狙う米国のそれとは大きなずれがあるからだ。EUの拡大・強化、とりわけ軍事同盟化を恐れる米国は独仏の仲介成果であるミンスク合意を破壊しようと動いた。ここではロシアのウクライナ侵攻は、プーチン・ロシアがウクライナを傀儡とした米国に誘導されて引き起こされた面があることを確認したい。
■独メディアのウクライナ非難
ミンスク合意2の概要は、2022年3月9日掲載記事「ウクライナ危機とメディアリテラシー」で触れた。ドイツの経済紙「Deutsche Wirtschafts Nachrichten」は2月23日付記事で「ドイツのベアボック外相はプーチンがミンスク合意を破壊したと非難する。だがことはそれほど単純ではない」と主張。独仏両国によるロシアとウクライナへの仲介交渉は今後とも継続されると強調して、こう断言した。
「ミンスク合意は長年にわたりウクライナ側によって拒否されてきた。合意破綻の責任はウクライナにある。キエフの指導者は2015年2月に締結されたミンスク2を履行したくなかったのだ。ミンスク2が台無しになったのはウクライナが履行を怠ったからだ。」
Minsker Abkommen: Putin ist schuld - oder doch nicht? (deutsche-wirtschafts-nachrichten.de)
ウクライナでの戦争は日本では大半が米国サイドのニュースとして報道されている。欧州大陸での戦争回避へと奔走したドイツ、フランスの言い分が取り上げられることはない。北大西洋条約機構(NATO)は米NATOとひと繰りにされるが、当然にも、ロシア、ウクライナと陸続きで歴史的にも関係の深い独仏の立場は米英のそれと隔たりがある。
欧州連合(EU)の盟主独仏はロシア、ウクライナ間の領土・民族・国境線の問題は欧州固有の安全保障問題であるとして米国の介入を退けた。独仏はノルマンディー方式と呼んで仲介に乗り出し、当事者ロシア、ウクライナの2か国を挟み4か国で協議した。ドイツはウクライナを通過するガスパイプラインで石油天然ガスを供給するロシアの主張に耳を傾け、プーチンを大ロシア主義者と嫌うウクライナの親米政権を粘り強く説得した。ドゴール時代にNATOを離脱したことがあるフランスのマクロン大統領は常にNATOからの「戦略的自立」を口にしている。
一方、米国は軍事的自立を志向しているEUにこれ以上力をもってもらっては困る。EUの拡大や強化は何としても阻止したいのだ。この観点からは、米国を排除したノルマンディ方式とミンスク合意は米国の覇権を揺るがすもので、ワシントンにとって決して受け入れられず、破壊すべき対象となった。そこに2019年にウクライナにゼレンスキー、2021年に米国に2014年ウクライナ政変と深くかかわったとみられるバイデンがそれぞれ大統領に就任した。
■バイデン政権発足とロシア挑発
ドイツのメディアを追えば次のことが明確に読み取れる。
ウクライナがミンスク合意を誠実に履行していればロシアが軍事侵攻することはなかった。東部の分離独立派地域に自治権を付与できるのはウクライナ政府だけだ。2019年に就任したウクライナのゼレンスキー大統領は合意を履行しないどころか、これを台無しにした。合意の当事者である分離独立派の代表者をテロリストと呼び、交渉のテーブルに就こうとはしなかった。それどころか米NATOの支援を得て軍事力を強化してロシアを挑発、ウクライナのNATO加盟を全面推進する構えを取った。
さらには、ミンスク合意は、国連安保理で決議されているにもかかわらず、条約でも協定でもなく国際法上拘束力はないとの見解まで打ち出した。つまり、ロシアが動く前にミンスク合意はウクライナによって実質的に廃棄されていた。
米国のバイデン政権発足に伴い、ゼレンスキー政権はこの方針を鮮明に打ち出す。バイデン政権では2014年ウクライナ政変で暗躍したオバマ政権当時の国務次官補(欧州・ユーラシア担当)ビクトリア・ヌーラントが国務次官に就任した。ゼレンスキー政権は2021年3月に「ウクライナのNATO加盟」を最優先事項に掲げた「軍事安全保障戦略」を承認する。同年9月には「クリミアの再統合」のための行動計画を打ち出し、クリミアを軍事奪還する方針を示す。
バイデン大統領はオバマ政権下、副大統領としてヌーラントを指揮した。2014年政変に伴い就任したウクライナのポロシエンコ新大統領の就任式典にバイデンは欧州首脳らとともに出席。副大統領就任中(2009年1月20日~2017年1月20日)6回もウクライナを訪問しており、子息を隠れ蓑に大きな利権を有する。
米バイデン政権発足後のゼレンスキー政権の一連の動きはロシアとの軍事対決を旗幟鮮明とするものだったと言える。
■ゼレンスキーはドイツを糾弾
ゼレンスキー大統領はワシントンに代わってドイツをこきおろした。
ドイツ連邦議会(下院)で3月17日にビデオ演説した同大統領はドイツがウクライナと欧州の間に「新たな壁」をつくることに加担してきたと批判した。経済関係を深めてロシアに戦費を稼がせた上、ウクライナのNATO加盟の要望をはぐらかし、土壇場までロシアとの経済関係を最優先してきたと糾弾したのだ。
その上で、「ベルリンの壁に代わり、欧州に自由と不自由を隔てる壁ができている。その壁は爆弾が落ちるたび、ウクライナを助ける決定が見送られるたびに高くなる」と述べた。
「新たな壁はメルケル前政権が構築した」と示唆するためか、ショルツ首相=写真=に「壁を壊してほしい」と訴えた。
ロシアの軍事侵攻を受け西側諸国が相次ぎ武器供与に踏み切る中、ドイツ政府は2月26日、ウクライナへの武器供与を決めた。紛争地帯に武器を輸出しないとの戦後ドイツの基本政策を転換した。
ショルツ首相はこの際「ロシアによるウクライナ侵攻はターニングポイントだった。ウクライナを支援することはわれわれの義務だ」との声明を出したものの、ゼレンスキー大統領は上の独連邦議会でのビデオ演説でドイツ政府を厳しく糾弾した。これは依然としてワシントンがベルリンに対し敵意に近い感情を持っている証である。
2021年12月発足したドイツ新政権は政策がバラバラな中道左派・中道右派・環境政党3党の連立政権だ。ショルツ首相率いる社会民主党(SPD)は基本的に親ロシアである。SPDの主流とは少し肌合いが違うとされてきたショルツ首相だが、今回の対ロ強硬発言は連立政権を維持するための苦肉の策とも受け取れる。
ドイツの対ロシア政策が今後のウクライナ情勢を占う大きなファクターであることに変わりはない。
■罠にはまる?
第三次世界大戦を口にしたバイデン大統領はロシアと武力衝突は避けると明言し、ロシアをウクライナ軍事侵攻へと誘った。軍事侵攻に踏み切ったプーチン・ロシアはウクライナ領内でのウクライナ軍からの強烈な反撃ばかりでなく、西側の総力を挙げての制裁、言論による集中砲火を浴びている。
米軍は事前に最新鋭兵器をウクライナ軍に付与し、国内外で合同軍事訓練・演習を繰り返した。これは米軍の間接参戦と言える。
今や「プーチンは人殺し」と呼んで憚らないバイデン大統領。3月8日に行われた10分間の演説ではここぞとばかり21回もプーチン大統領を呼び捨てにした。これに呼応する西側メディアの報道は反プーチンヒステリーの様相を呈している。
米・ウクライナ連合は十分に準備を整えてロシア軍をおびき寄せた。制空権を確保できないロ軍の侵攻停滞が何よりもそれを物語っている。
周到に計算された罠ではなかったのか。