対中基地攻撃態勢整備して訪中した林外相に中国は最高級のもてなし 日中関係改善の強い意思伝えたか

いささか旧聞に属すが、日本の林芳正外相が4月1日から2日間中国を訪問した。多くの日本のメディアは昨年から招待されていた林がこの時期に訪中に踏み切った理由として、3月末の日本の製薬会社幹部社員のスパイ容疑での逮捕事件を挙げた。だがそれよりもずっと大きな理由は、同じく4月に訪中したマクロン仏大統領、ベアボック外相に先んじ、4月半ばのG7外相会合、5月のG7首脳会合に向け議長国日本が米中冷戦への違和感をほのめかし、日中関係改善の強い意思を北京に伝えたためではなかろうか。

中国側は、習近平国家主席との親密ぶりが米国に衝撃を与えたマクロン訪中に比べてみても決して引けを取らぬほど林訪中を歓迎した。しかも共同声明や合意文書は一切なく、何が討議され、どんな成果があったのかまったく分からない異例な訪中だった。それは米国の対中国封じ込めの最前線にされ南西諸島における中国に向けたミサイル配置網=敵基地攻撃態勢が整った中、対米追随を強いられている日本は独仏と異なり米国を刺激する言葉を水深く沈めておかねばならなかったためであろう。中国側は対米追従緩和と対中関係改善の双方を希求する日本政府の立場に最大限の配慮を示したようだ。

この林訪中は、間違いなく直後の仏独の動きと連動している。中国側は秦剛外相との話し合いに約4時間を割り当て、2日間にわたり同外相、王毅政治局員が昼食、夕食を共にし、ナンバー2李強首相と合わせ3人との会談に計6時間以上も充て、最大級にもてなした。実際、中国共産党の機関紙・人民日報系の環球時報は林外相の中国訪問について「日本が対中関係の改善を望むサインを送っている」と報じた。人民日報は4月3日の1面で李強首相との会談を伝えた。中国側も「林氏を最高級のもてなしで迎え、誠意を見せた」と強調している。ただし社説では、日米安保体制強化を警戒し「中日関係がどの程度緩和されるかはまだ不明だ」と強くけん制した。
 

故安倍晋三率いる自民党最大派閥「清和会」を筆頭に反中保守派の強い反対を押し切り岸田首相は2021年11月、田中角栄、大平正芳コンビで日中国交回復を主導した自派閥「宏池会」所属の林を日中友好議員連盟会長を辞任させて外相に登用した。「親中派を超えた媚中派」とまで攻撃されている林は「私は知中派であり親中派ではない」と反論する。林は日中国交正常化を実現した1972年の日中共同声明にある「日本国政府は中華人民共和国政府が中国の唯一の合法政府であることを承認する」との「一つの中国」を忠実に厳守している。それ故に、米国が中国を新たな冷戦に突入した敵国と宣言するまでに米中関係が劇的に悪化した今日、米国追従の自民党内台湾派からの林への攻撃が激しさを増す一方、北京からの信頼はさらに増しているようだ。

訪中時の日中間の懸案は日系企業社員のスパイ容疑での逮捕問題のほか、尖閣領有権、ロシアのウクライナ侵攻、半導体製造装置の輸出規制などが挙げられる。だが、これらの問題にさほど時間が割かれたとは思えない。習近平主席の最側近である秦剛、王毅、李強の中国側準トップとの時間をかけての最大の討議課題は、極めて難しい状況の中、延期されたままの習近平国家主席を国賓で訪日させての日中首脳会談実現に向けどう困難を打開するかであったと推察される。同時に過去の、とりわけ明治維新以降150年余りの不幸で多難な両国関係や現下の世界情勢を踏まえて、どのような長期的な視野に立ちいかに日中の前向きな将来を切り拓いていくかといういささか高次元な課題が討議されたのではなかろうか。


林の訪中は2022年11月にバンコクでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)サミットでの日中両首脳によるサイドライン会合で合意していた=写真。以降日本政府からは一貫して中国名指しは避け「建設的かつ安定的な関係の構築」が語られてきた。日中間の偶発的な衝突回避には首脳や外相間で対話を重ねることが重要との意見で一致。岸田、林ラインは過剰に中国サイドを刺激する言葉を避けている。

この対中姿勢は4月18日の軽井沢G7外相会合後の記者会見での発言に明確に示された。

英ロイター通信の「中国が台湾に対する軍事的圧力を高める中で、G7としてこういった威圧をどのように抑止すべきか」「台湾有事に関しどのような議論が交わされたか」との問いに「『台湾有事』という仮定に基づく質問についてはお答えを差し控えたい」「台湾をめぐる問題が対話により平和的に解決されることを期待するというのが、政府の従来から一貫した立場。今般のG7外相会合においても、国際社会の安全と繁栄に不可欠な要素である台湾海峡の平和と安定の重要性、これを確認し、両岸問題の平和的解決を求めた」と答え、中国とその威圧という言葉の使用を避けた。共同声明にある「中国については、東シナ海や南シナ海の状況を深刻に懸念し、力や威圧による一方的な現状変更の試みに強く反対する」との文言と一線を画した。

2022年8月に日米安全保障協議委員会(2+2閣僚会合)で訪米した林は対日司令塔と呼ばれる米シンクタンク「戦略国際問題研究所」で演説した。これを取材した在ワシントンの産経新聞客員特派員は「インド太平洋での国際秩序を侵す中国に、日本がどう対応するかを主眼とするはずの演説なのに、林外相は『中国の国内情勢は論じない』と言明、中国への批判を徹底して避け、日中間の「協力」と「対話」を強調する対中融和の主唱に終始した」と批判、「奇妙な対中忖度」と切り捨てた。この記事は「過剰対米忖度」の典型的記事であった。日本の対米追随保守勢力は延々とこの種のステレオタイプな批判を続けている。

こんな中、英紙『フィナンシャル・タイムズ』は4月25日、日本とEUが、G7広島サミットに向けて「対露全面制裁」に進もうとする米国の提案を「不可能」だと拒否した、と報じている。マクロン仏大統領の「中国と関係を断つのは狂気の沙汰だ」「欧州は台湾問題で米国に追随しない」との発言にみられる自立外交はG7を確実に空洞化している。日本政府内の「隠れ対米追随離脱派」はどう動くのか。米国に潰されることを恐れいつまで口をつぐむのか。