米NATO、初めてウクライナ非難、G20宣言では露側に譲歩 政策転換の兆しか

11月15日からインドネシア・バリでG20首脳会議が開催されている最中、ロシア製のミサイルが北大西洋条約機構(NATO)加盟国ポーランド東部に着弾し民間人が死亡した。バリ滞在中のバイデン米大統領は直ちに「ロシアから発射されたとは考えにくい」と語り、ポーランド政府と協力して調査を進めるとしたNATO(北大西洋条約機構)のストルテンベルグ事務総長も急ぎ「着弾したのはウクライナ軍の迎撃ミサイルだ」と断定した。さらにハンガリー政府は「ウクライナの大統領が即座にロシアの攻撃だと非難したのは間違い」とダメを押す形でウクライナを非難した。米NATOはすべての災厄の責任をロシアに押し付けてきたウクライナのゼレンスキー大統領の言動に初めてくぎを刺した。明らかに不協和音が生じている。ウクライナ戦争を巡る米NATOの方針が転換する兆しとも受け取れる。

「もう一つの見解」

その兆しはG20首脳宣言にも表れている。宣言ではロシア名指しを避け、ウクライナでの戦争を非難するにとどめ、対ロシア制裁については「別の見解や異なる評価があった」と「両論併記」の形を取った。=写真、議長席にジョコ大統領=

G20はG7の7か国に、アルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合・欧州中央銀行を加えた20か国・地域からなる。このうち、ロシア制裁を拒否したのは議長国インドネシアをはじめ中国、インド、ブラジル、メキシコ、サウジアラビア、トルコ、南アフリカ、アルゼンチンの9カ国。当事者のロシアと欧州連合を除けば、制裁を実施したのはG7の7カ国とオーストラリア、韓国の9カ国。両論併記は当然のことである。

西側メディアはあたかも世界の大半がロシアの軍事侵攻を問答無用で非難しロシアを制裁しているとプロパガンダしてきたが、ウクライナ戦争を巡っては抑制的な「もう一つの見解や評価」のあることが公式に世界に示された。

議長国インドネシアが強く望んだプーチン露大統領の出席は結局取り止めとなった。だが採択不能と見られていた首脳宣言は取りまとめに成功し、米欧日はロシア制裁不参加国の言い分を受け入れざるを得なくなったジョコ大統領をはじめインドネシア政府関係閣僚らによるロシアの軍事侵攻の起きた2月24日以来の各国に対する粘り強い説得活動が実を結んだ形となった。ジョコ大統領は衝突回避には「首脳同士の直接対話が重要だ」と強調。採択した首脳宣言に関し「戦争のさなかで最善の結果だった」と述べた。

■制裁不参加国の見解

「別の見解や異なる評価」をかいつまんで記せばこうなる。

ウクライナ戦争は回避可能であった。ウクライナ東部のドンバス地域で生じた内戦を収束させるためにウクライナとロシア、ドネツク・ルガンスク両地域、フランス、ドイツが関与して「ミンスク合意」が制定された。いったんはドネツク・ルガンスク両地域に高度の自治権を付与することで内戦を収拾させることで決着が付いていた。ウクライナ政府が国連安保理決議を経たこの合意を誠実に履行していれば問題は解決した。ところが、ウクライナ政府がミンスク合意を踏みにじった。そしてバイデン政権がウクライナの背信行為を裏側で誘導。バイデン大統領はウクライナにミンスク合意を一方的破棄させて、ロシアの軍事行動を誘発した。

さらに追加すれば、1991年のソ連邦崩壊によってそれまでのソ連邦所属の形式的共和国が初めて主権国家としてのウクライナになったこと、ソ連邦発足に当たってのロシアとウクライナとの国境線引きではロシア人居住地域の東部や南部に対する配慮が欠けていたこと、ウクライナ出身のフルシチョフ書記長(1953-1964)が法的根拠に重大な疑義を残しながらクリミア半島のウクライナへの割譲を行ったことがある。米政権はこの問題につけ込み、ここ20年あまりウクライナを親米化してロシアと対立させ、米NATO挙げてプーチン・ロシアを崩壊へと追い込もうと努め、ロシアをウクライナ軍事行動へと踏み切らせた。

dpa - Bildfunk

 

【写真】2015年2月ベラルーシミンスクで調印されたミンスク合意2。2014年の親露派大統領を追放したクーデター後の選挙を経て就任したウクライナのポロシエンコ大統領が仁王立ちしてオーランド仏大統領を睨みつけ威嚇している。プーチン大統領は独仏両国の仲介によるウクライナ側との困難な交渉で憔悴した表情。これを心配そうに見つめるメルケル独首相(肩書はプーチンをのぞきいずれも当時)

<注:2022年10月14日掲載「米国の圧力跳ね返し「プーチンG20招待」貫くジョコ尼大統領 「米欧主導の世界」に幕」や同11月8日掲載「ショルツ独首相の訪中:G7を空洞化、新ユーラシア主義拡大に芽」などの論考を参照されたい>

■力失ったG7

そもそも対ロシア制裁に踏み切ったのは、アジアでは日本、韓国、シンガポール、台湾だけで、あとは米英、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドのアングロサクソン同盟国、EU加盟の27カ国をはじめ欧州諸国が大半の計49カ国に過ぎない。インドネシアをはじめ非同盟運動を牽引するアジア・アフリカ・中南米諸国は新たな帝国主義的手法で世界を管理、支配しようとする旧宗主国の米英主導の動きに反発しており、ウクライナ問題の核心が何であるかを理解している。結果、米欧日、G7は力を失った。

さて、北大西洋条約機構(NATO)加盟国のポーランドにロシアから意図的にミサイルが撃ち込まれたとすれば決定的な重大事態となる。米NATOがウクライナのゼレンスキー大統領の「ロシアが攻撃した」との発言にくぎを刺したのは当然である。NATOが集団安全保障態勢を発動してロシアとの全面戦争に導かれる危険性を懸念してのことである。今後、米NATOはこれまでのようなウクライナ側が勝手に行ってきた「偽旗作戦」を抑制していくことになろう。

とにかく米NATOは事実上何も調査せずに「ロシアのポーランドへの攻撃ではない」と急ぎゼレンスキーのロシア非難を打ち消した。万が一にも米露の核戦争の火種を作ってはならなかったからだ。一方ゼレンスキー政権にすれば、今回のG20サミツト宣言の内容は米国主導のNATO、G7EUが中露やインド、非同盟諸国に追い込まれた結果であり、今後の戦局の見通しを決定的に暗くするものである。ウクライナ側の焦りがポーランド方面へのミサイル発射という挑発に踏み切らせたとの疑念すら生まれる。

■迎撃ミサイルを誤射、ポーランドを「攻撃」?

今回の米NATOによるゼレンスキー発言の否定は、これまで一方的にロシア軍によるとされてきたウクライナへの大半無差別攻撃や住民虐殺がウクライナに潜伏するさまざまな特殊部隊やネオナチ部隊による自作自演、偽旗作戦ではないかとの疑念をより強くした。

【写真】ウクライナ所有と見られるロシア製ミサイルが撃ち込まれたポーランド東部プシェボドフ村

 

 

ウクライナをはじめ旧ソ連圏東欧諸国にはソ連時代のロシア製武器がまだ大量に残っている。それを使えば、ロシアによる攻撃と言い張ることができる。それにしても米NATOは苦し紛れに「ロシアの攻撃に対するウクライナの防空ミサイルが誤作動してポーランドに着弾した」と説明している。噴飯ものである。これまで東方面あるいは北方面から飛んできたロシアのミサイルを迎撃してきた防空ミサイルを逆方向の西側(ポーランド方面)に誤射することは万が一にもあり得ないことだ。

キッシンジャー派はネオコン抑えたのか

ヘンリー・キッシンジャー元米国務長官は、ウクライナがロシアへ一部領土を割譲して戦闘終結するよう促した早期和平派だ。8月には米CNNに「交渉は行われなければならない。また、この戦争をいつまでも長引かせないよう警告したい。なぜなら、そうなると第一次世界大戦のようになり、エスカレートしていく可能性が高いためだ。だから私は、NATO加盟国が交渉の結果をどうすべきか、どんな結果が得られるかについて、すぐに加盟国の間で合意することを望んでいる」と語っている。

上記の「もう一つの見解や評価」を念頭に入れているキッシンジャーは、ジョージ・ケナンと同様、ネオコンのNATO東方拡大策がロシアとの冷戦を生むと警告し、ロシア人居住地域であるウクライナ東、南部の分離独立を是認している。ブレジンスキーのユーラシア制覇戦略に固執するネオコンに対する批判が米権力中枢の内部で強まってきているようだ。今回のG20を中心とする一連の動きは戦争の長期化を狙うネオコンとこれに批判的なキッシンジャー派との綱引きが一区切りついた証かもしれない。

<注:2022年3月3日掲載論考「プーチン追い詰めたブレジンスキー構想 ウクライナ危機と米のユーラシア制覇」などを参照されたい>

しかし、バイデン米政権がゼレンスキー大統領やネオ・ナチを見捨てる動きを見せても、彼らがおとなしく従うとは考えられない。反ロシア意識の強烈なポーランドは過激である。外相や国防相を歴任した欧州議会議員ラドスワフ・シコルスキーはウクライナへの核兵器持ち込みすら主張している。