安倍元首相国葬を巡り、どのメディアの世論調査をみても反対意見が圧倒している。過半数の人が安倍元首相は国葬に値する政治家だとは考えていない。それは統一教会問題が集中的に報道され、1952年4月サンフランシスコ講和条約発効以降の「独立国」日本の保守政治の闇が、不十分ではあるものの、明るみに出されているためである。具体的に言えば、岸信介、安倍晋太郎、安倍晋三の三代が領袖を務めた自民党派閥「清和会」と米国の諜報工作機関、韓国のカルト教団とが手を結び繰り広げた戦後70年にわたる政治の裏舞台に光が当てられている。だが既成メディアは日本の政治の裏舞台を取り仕切っているのが独立後も日本から自主的な外交をはく奪し続ける米権力中枢であることをひた隠しにしている。安倍国葬はその典型だ。自主独立を装い続ける日本政府の偽装に加担する既成メディア。両者の癒着こそ日本社会に根付く不治の病と言える。
■暗黙の合意、忖度の構造
自民党の統一教会汚染の実態が明らかになるにつれ、国葬に反対する声も高まった。文春オンラインは7月30日~8月7日まで9日間にわたりメールマガジン登録者に「安倍元首相の国葬についてどう思うか?」と質問し、2981人が回答。「賛成」が499人(16.7%)、「反対」が2375人(79.7%)との結果を得た。8月20~21日に行われた毎日新聞の世論調査では、国葬への賛成は30%、反対は53%。その他の調査でも、総じて反対が50%を超えており、賛成が反対を上回るケースは皆無だ。地方紙の調査では文春と同様、反対がほぼ8割に達したケースがある。
一方、岸田内閣への支持率もこれに並行して下落している。だが、さほど深刻ではない。毎日新聞の調査では、「支持」は36%で、「不支持」は54%。ANNの調査では、「支持する」は43・7%、「支持しない」は32・7%。8月末の朝日新聞の最新調査では、「支持」は47%、「不支持」は39%。いずれも支持率は10ポイント前後下落、不支持も10ポイント程度増加した。ただ内閣支持率は30%を割れば政権維持に黄色信号が灯され、20%に近づくと赤信号点灯とみなされる。
今後しばらく世論調査が控えられれば、岸田政権が危険水域に追い込まれることはない。ナショナルセンター労組「連合」がCIAと連携して日本の野党勢力を小党分散させ、共産党を入れての野党共闘もできず、野党勢力を事実上壊滅させている。政権交代の可能性が皆無な中、自民党に旧統一教会との踏み絵を迫りすぎて解散総選挙に追い込み政界の大混乱を招くようなまねは止めるとの暗黙の合意ができていると思われる。
首相官邸記者クラブ加盟各社の編集局長は月に一度は首相と公式の昼食会を持つ。社長、役員クラスの古参記者との非公式な懇親会は随時行われる。現場記者クラブ詰めのキャップ(次長クラス)との懇談も同様だ。政治家とメディア幹部は互いを「~ちゃん」と呼び合い、仲間意識を強める。こうして懇親会は政・報談合の場となり、ここで報道統制となる暗黙の合意と忖度が生まれる。合意があるからこそ岸田内閣はどんなに叩かれても安倍国葬の見直しを当初から決して口にしようとはしなかったのだ。
■米国務長官の動き詳報せず
安倍元首相が7月8日に暗殺されると、11日に安倍側近の下村博文議員らが国葬を執り行うべしとアドバルーンを上げた。翌12日には清話会系自民党議員らを中心に安倍国葬の大合唱が起こり政府も反応した。岸田内閣は14日に「9月27日に執り行う」と公表、22日には閣議決定した。アドバルーンは在京TV局から11日午後上がった。アジア歴訪中だったブリンケン米国務長官一行が横田基地経由で同日午前に官邸を表敬訪問して数時間後のことだ。
日本の外務省はブリンケン国務長官の岸田首相表敬を次のように広報した。
「7月11日午前10時25分から10分間、岸田文雄内閣総理大臣は、訪日中のアントニー・ブリンケン米国国務長官による表敬を受けたところ、概要は以下のとおりです。
冒頭、ブリンケン長官から、今般の安倍元内閣総理大臣の逝去に対し、米国国民と共に心から哀悼の意を表するとの言葉がありました。その上で、ブリンケン長官から、自らの安倍元総理大臣との接点も踏まえつつ、安倍元総理大臣は揺るぎない日米同盟の擁護者であり、また「自由で開かれたインド太平洋」という先見性あるビジョンを掲げ、米国を始め同志国との連携強化に多大な功績を残されたと述べました。
これに対し、岸田総理大臣から、‥‥日米同盟を大いに進化させた安倍元総理大臣の遺志を継いで、日米同盟の更なる強化に努めたいと改めて述べました。」
米軍筋によると、ブリンケンが米軍横田基地に到着したのは11日午前7時すぎ。直ちに米軍ヘリで東京・六本木にある米軍ヘリポートに向かい=写真=、同8時までにはエマヌエル駐日大使ら在京米政府関係者と落ち合っている。岸田首相と会ったのは2時間半後だ。その間にどこで何が話し合われたのか。岸田表敬はわずか10分間。ブリンケン一行はその後官邸、外務省をはじめ日本政府関係者や議員らとどんな突っ込んだ話し合いをし、いつ離日したのか。日本のメディアは形ばかりの岸田表敬訪問記事を除き一切これを報じない。
結果、岸田首相は日本政府の自主決定であると偽装した国葬をかつてない弔問外交としてその成果をアピールすることとなった。9月27日まで嵐に耐えれば、オバマ元米大統領、ハリス米副大統領、メルケル前独首相、トルドー・カナダ首相らをはじめ1000人を超す空前絶後の外交団から安倍・岸田外交への賛辞の言葉が沸き起こる-。こう確信しているかのようだ。
■弔辞で「安倍構想」絶賛か
国葬では恐らく「安倍イニシアティブ」についての絶賛と継承の声が米英サイドから湧き上がることになる。弔辞朗読の一人としてオバマ元米大頭領が追悼演説を行うのではないだろうか。
上記ブリンケンが岸田表敬の際に発した「安倍元総理大臣は揺るぎない日米同盟の擁護者であり、また「自由で開かれたインド太平洋」という先見性あるビジョンを掲げ、米国を始め同志国との連携強化に多大な功績を残された」との言葉にすべてが集約されている。
オバマ米政権は2012年末の安倍第二次政権発足に当たり、「『自由で開かれたインド太平洋』構想は安倍首相の発案だ」と盛んに宣伝した。オバマ政権は2011年から2012年にかけてアジア太平洋地域を重視する安全保障戦略を明確に打ち出し、それをアジア太平洋へのリバランス、あるいは太平洋地域への軸足旋回(PIVOT)政策と呼んだ。これを受け、ハワイにある米太平洋軍はインド太平洋軍へと名称変更した。
詳しくは、フォーリン・ポリシー(Foreign Policy)2012年11月号に当時のヒラリー・クリントン国務長官の名で掲載された論考「アメリカの太平洋の世紀(America's Pacific Century)」が参考になる。そこではアジア太平洋重視政策が語られる際、「インド・パシフィック」という表現を多用している。
これに対し、安倍首相は2007年にインド議会で「自由で繁栄するインド太平洋」というテーマで演説し、インド・太平洋という用語を外交用語として初めて使用したとされた。この「自由で繫栄するインド太平洋」は第一次安倍政権の外相麻生太郎がしきりに口にした「自由と繁栄の弧」の言い換えである。語源は「世界島・ユーラシア大陸を支配するものが世界を支配する」とした20世紀地政学の祖英国人ハルフォード・マッキンダーの構想にある。マッキンダーや米国人ニクラス・スパイクマンはユーラシアのハートランド(ロシア、中国)を包囲し締め上げる周縁地帯を「不安定の弧・三日月地帯・リムランド」などと呼んだ。安倍や麻生の構想はその焼き直しであり、誰が入れ知恵したかは容易に推察できる。
■米国は安倍再登板に深く関与
また安倍は2012年に国際NPO団体PROJECT SYNDICATEに発表した英語論文『Asia's Democratic Security Diamond』にセキュリティダイヤモンドいう外交安全保障構想を提起した。
それによると、この構想は豪州、インド、米国の3か国と日本を四角形に結ぶことで4つの海洋民主主義国家の間で、インド洋と太平洋における貿易ルートと法の支配を守るために設計されたとされている。中国の東シナ海、南シナ海進出を抑止することを狙いとする。日本政府としては尖閣諸島の領有問題や中東からの石油輸出において重要なシーレーンの安全確保のため、重要な外交・安全保障政策となっている。Wikipediaですら、インド太平洋、「自由で開かれたインド太平洋戦略」の概念を確立した安倍の提案は、米国の対アジア戦略に「Indo-Pacific economic vision」(インド太平洋構想)として採用された、と書いている。
しかし、ダイヤモンドセキュリティ構想は2012年末の安倍再登板に向け、米国のシンクタンク・ハドソン研究所や対日司令塔の超党派シンクタンク国際戦略問題研究所(CSIS)が用意したものとみて間違いない。安倍はこの構想の下、自衛隊の集団的自衛権の行使容認へと突き進んだ。米英は日本を中国包囲の最前線に立たせるために安倍の再登場を強く望んだ。第二次安倍政権を鼓舞する手段が「自由で開かれたインド太平洋構想の発案者は安倍晋三」という名声の付与だったのだ。
■安倍国葬の「意義」
ワシントンは中国の台湾侵攻という有事を日本の有事としてとらえさせ自衛隊を前面に出したいのとの本音を剥き出しにしている。ブリンケン米国務長官はそれを「人的資源での貢献」と呼び掛け、日本が「アジア版集団防衛の長」として活動するよう促している。「自由で開かれたインド太平洋構想」という名の中国封じ込め策を「安倍イニシアティブ」と美化することこそ安倍国葬を巡るワシントンの狙いと見なさざるを得ない。
日本のメディアは「『自由で開かれたインド太平洋』という先見性あるビジョンは安倍元首相の提案である」との米英サイドの謀(はかりごと)を検証もせず垂れ流し続けてきた。国葬で「安倍イニシアティブ」賛美が打ち出されれば、これに何のためらいもなく飛びつくことは間違いない。
<2020年11月25日掲載論考「「安倍氏、英にクアッド参加促す」 操られる日本」、同10月5日掲載「オークラ番記者が必要だ 米大使館への秘密回廊」など関連記事を参照されたい>