菅外交デビューの示唆するもの 米国の対中包囲網拡充に尽力

菅首相が就任後初の外国訪問先としてベトナムとインドネシアを選んだ。10月18日から4日間の日程で歴訪し、ベトナムのフック首相、インドネシアのジョコ大統領と首脳会談を行う。安倍第二次政権以前、日本の新首相はまずはワシントンを訪問することを慣例とし、事実上の宗主国に対する朝貢外交からスタートする。なぜ外交デビューとして東南アジアを選んだのか。それは10月初めに来日したポンペオ米国務長官が「東南アジア外交で成果を示して、大統領選後に訪米せよ」とダメ押ししたから他なるまい。そこには11月の大統領選の結果にかかわらず米国は対中冷戦を貫徹するとの強い意思が込められている。

■ザル状態の対中包囲網

ポンペオ長官が日本にやってきた主目的は10月6日に東京で開催された日米豪印4ヶ国の外相対話(クワッド)への参加である。クアッドと呼ばれる4カ国連携の端緒は2007年に日本が米国以外の国と初めて相互安全保障関係に入ったオーストラリアとの安保共同宣言だった。続いてインドとも安保協力に合意し4カ国連携の枠組みができた。提唱国は言うまでもなく米国である。「2+2」と呼ばれる2カ国間の「外務プラス国防閣僚会議」が4カ国に拡大されて4カ国連携となった。目標は中国包囲網の強化である。

【写真】東京で開催された第二回クアッド

 

2012年末の安倍第二次政権の発足に合わせて、「自由で開かれたインド・太平洋」という言葉が流布されるようになった。ワシントンは提唱者があたかも安倍前首相であるかのように「花を持たせた」が、当然ながら、米国主導である。これを受けて、ハワイの米太平洋軍は「インド太平洋軍」と名称変更している。

第1回会合は昨年9月に主宰国・米国で開かれ、2回目となる今回は日本で開いた。今後年次開催されることで合意している。形は2+2となるのか今回同様に外相会談になるかは不明だが、問題は中国包囲の網がザル状態にあることだ。

米国は参加国を増やそうと躍起となっている。「クアッド・プラス」の候補として韓国、ベトナム、ニュージーランドが挙げられてきた。1950年にアチソン米国務長官が提唱した東西冷戦の「不後退防衛線(アチソン・ライン)」から韓国が外れていたことが朝鮮戦争誘発の一因となったとの反省もあり、米国はまずは韓国に強く参加を求めてきたが、南北融和を優先し、中国に配慮する韓国・文政権はほとんど関心を示そうとしない。

元々ポンペオ長官はモンゴル、韓国を訪問して日本に入る予定だった。訪問を中止した理由にトランプ大統領のコロナ感染と入院を挙げたが、実際は両国とも中国の反発に神経を尖らせ、事務レベル折衝でもまったく動こうとしないのでやむなく中止したとみられる。

中国と南シナ海領有権を巡り激しく対立するベトナムは、全方位軍事外交を採用し、特定の国との軍事同盟を拒んでおり、クアッドに参加させるのは至難の業だ。反米・親中を全面的に打ち出し米国との同盟破棄に動くフィリピンのドゥテルテ政権をはじめ非同盟運動をリードするマレーシアなど東南アジア各国は経済依存の大きさもあり、おいそれとは北京に背を向けられない。目指すアジア版NATOの形成は程遠い状態だ。

■試される菅外交

そこでワシントン詣での前に菅首相に11月に開催予定の東南アジア諸国連合(ASEAN)関連の一連の首脳会議で議長国を務めるベトナム、そして、東南アジアの大国でインド洋と太平洋を繋ぐ位置にあるインドネシアを訪問させ、まずはその外交手腕を試そうというわけである。

実は第二次安倍政権も発足直後の2013年初め、当時のオバマ大統領に「訪米前にASEANを回って来い」と勧告された。ワシントンは中国包囲網に最も重要なASEAN加盟国が参加しないことに焦りを募らせてきた。参加どころかフィリピン、マレーシアを筆頭にアメリカ離れが進んでいるのが実情だ。第二次安倍政権の発足から1年以内に安倍首相がASEAN10カ国をすべて訪問したのはこのためだった。当時副大統領だった民主党大統領候補のバイデン氏がシンガポールに出向き安倍氏を指南したこともある。

菅首相はベトナム、インドネシア両国で大型援助案件に加え、中国に投資している日系企業を両国をはじめASEAN諸国に大掛かりに移転投資させると約束をするのは確実だ。「トランプからバイデンに大統領が交代しても、米国の中国との決別政策に変化はない。日米欧の多国籍企業は中国へのサプライチェーン依存を断ってゆく。このデカップリングで中国経済は大きなダメージを被る」。仮にこのように説得したところで果たして成果は生まれるだろうか。

超党派のネオコン

中国共産党打倒を誓い、対中冷戦宣言したポンペオのような米ネオコンはトランプが敗れ、民主党に政権交代しても米国の対中姿勢は変わらないと確信している。サンダースのようなリベラル左派が早々と舞台から去り、ウオール街や軍産複合体と繋がったバイデンが生き残ったのも民主党がネオコンに支配されているからにほかならない。

安倍晋三は第一次政権と第二次政権との「充電期間」にネオコンと積極的に交流したとみられる。特に親交を深めたとされるのがハドソン研究所上級副所長のルイス・リビーである。エール大学出身のリビーは国防総省の1992年中国封じ指針(ウォルフォウィッツ・ドクトリン)を策定したポール・ウォルフォウィッツの教えを受けている。このリビーの下にいるのがジャパンハンドラーとして名高いマイケル・グリーン、そして超党派の対日司令塔である戦略国際問題研究所(CSIS)上級副所長などを歴任したパトリック・クローニンである。彼ら超党派のネオコンが「ディープステート」と米政権を繋いでいるのは間違いない。

■米国の怖さ知る

ポンペオ長官は菅首相にワシントンの深みと恐ろしさを十分に認識させたはずだ。ワシントン詣では年明けの新大統領就任後になろう。菅首相は年末までにASEANプラス3会合、東アジアサミット会合を含め第二次、第三次のASEAN歴訪を敢行し、その成果を貢物として米大統領に差し出すことになる。

菅政権の「寿命」はそこで決まる。