日米関係さらに歪めた‟日本最重視” 菅訪米の結末1

「世界の未来は日本にかかっている」。4月15日からの4日間に正式決定した菅義偉首相の訪米のハイライトとなる首脳会談が16日に行われるのを前に、日本の準同盟国オーストラリアの元閣僚がこんなタイトルの本を刊行した。「中国の侵略を阻止し、共産党の勢力喪失を実現するには、間違いなく日本がもっと強い軍事力を持つことが必要だ」と訴えている。菅訪米が公表されて以来、バイデン米政権異様なまでに「日本最重視」を宣伝した。元豪閣僚の書籍はその集大成となる代弁だった。だが米国は裏では、間違いなく、「中国との経済関係を犠牲にしてでも米豪印との4カ国連携(クアッド)を一層強化せよ。南シナ海の中国の軍事用人工島沿いや台湾海峡での「航行の自由作戦」をはじめとする英国、フランスを加えた対中軍事牽制への参加に踏み切り、米主導同盟国グループの抑止力向上のため日本は防衛力を大幅に強化せよ」と菅政権を恫喝したはずだ。

■「最大の地政学的試練」

米ホワイトハウスは3月初め、バイデン政権の「国家安全保障戦略の暫定指針」をまとめた。中国を「経済や技術力などあらゆる面で国際秩序に挑戦する唯一の競争相手」と位置づけ、「新しい国際規範や合意を形作るのは米国だ」と宣言している。競争相手と表現は和らげたものの、米国の覇権に挑む中国を対決し打倒すべき専制体制であると断言した。紛れもない新たな冷戦宣言と言える。

【写真】3月25日に就任後初めてとなる記者会見を開き、対中問題を「民主主義と専制主義の闘い」と語ったバイデン大統領。

 

中でも注目すべきは、指針公表に際してブリンケン国務長官が共産党主導の中国の台頭を「今世紀最大の地政学上の試練として米国が直面する主要課題(a key challenge facing the United States, as “the biggest geopolitical test” of this century.」と受け止めていると明言したことだ。とりわけ突出して重みがあるのは、「地政学上の試練」だ。米国にとって新たな冷戦を遂行する上でなぜ日本を「最重視」しているかを理解する上で、カギとなる表現である。

世界の海洋を制覇した大英帝国は19世紀以来、大陸国ロシアを主敵とみてユーラシア大陸を周縁から包囲し、敵対する勢力の動きを抑止し締め上げて行こうとする地政学的な世界戦略を練り上げてきた。それは18世紀にドイツなど大陸欧州で本格的に発展してきた政治地理学(地政学)を海洋覇権国家の立場から理論構築する試みであった。

英国の地政学は19世紀から20世紀にかけて米国と一体となって飛躍的に発展する。最も著名な海洋戦略家で地政学者は米国の海軍提督アルフレッド・セイヤー・マハンである。マハンは太平洋での制海権を重視するシーパワー理論を構築したが、マハンがユーラシアに向けての制海線とした第一層島嶼群と第二層島嶼群は今日、中国が米軍に対し定めた接近阻止・領域拒否(A2/AD)ラインである第一列島線、第二列島線と変更して名付けられ、逆用されている。

20世紀に入ると「ハートランドであるユーラシア大陸を制するものが世界を征する」とした英国のハルフォード・マッキンダー。「米国はハートランドへの侵入ルートにあたる大陸周縁(リムランド)の主要な国々が同盟を結び、ハートランドの国にリムランドの国々を支配させないようにする」と説いた米国のニコラス・スパイクマンが登場。彼らによって第二次大戦直後のジョージ・ケナンの対ソ冷戦政策やロシア・中国を封じ込めようとするアチソンラインの構図が基礎づけられたのである。

冷戦最前線となった日本

バイデン政権に直接影響を与えている地政学者がバイデン氏を副大統領に据えたオバマ政権時(2009-2017)に大統領外交顧問を務めたズブグネフ・ブレジンスキー(19282017)である。ジョンソン大統領の顧問就任に続き、カーター政権時(19771981)の国家安全保障問題担当大統領補佐官を務めたブレジンスキーはハートランドであるユーラシア大陸をチェスボードになぞらえて、「米国は非ユーラシア国家として初めてハートランド・ユーラシアを管理することになる」と説いた。

これはソ連邦が崩壊し、中国の台頭による脅威が現実化していなかった1990年代に唯一の超大国となった米国のエスタブリッシュメントが抱いた野望であり、マッキンダーの「ハートランドであるユーラシア大陸を制するものが世界を征する」の言い換えでもあった。

またこの時期に軌を一にして、1992年にはポール・ウォルフォウィッツらネオコン(新保守主義者)が中心となり米国防総省で「冷戦後の世界ではアメリカのライバルとなる超大国の台頭は許さない」とする国防指針が作成されている。

世界地図を広げてみるまでもなくユーラシアの西端に位置する島国が英国であり、東端にあるのは日本列島だ。大陸国家ロシア封じ込めのための米国主導の北大西洋条約機構(NATO)はソ連邦崩壊による東方拡大でロシア国境にまで勢力を伸ばし、同時に中国封じ込めを狙った太平洋版NATOの形成を進めている。

これを主導する米英両国にとって中国に隣接する日本は今や新らたな冷戦の最前線となった。地政学的にも日本を最重視するのは当然である。言葉を換えれば、中国封じ込め戦略のコマとして日本を最大限に活用せねばならないのだ。「安全保障は米国に、経済は中国に依存する」今日の日本の立場は欧州が最前線であった東西冷戦下のドイツ以上の厳しさがある。

「初の対面首脳会談」の陰で

2021年3月から4月にかけての日米間の政治動向は今後の両国関係をさらに歪(いびつ)にする転機にするのは必至であった。3月12日に日米豪印の4カ国(クアッド)による初の首脳会議が開かれたのを受け、16日にはプリンケン米国務長官とオースティン国防長官が初の対面での外務・国防相会議(2+2)を開くため来日。あからさまに中国の「攻撃的で権威主義的行動」を批判し、共同声明で中国の海警法などに「深刻な懸念」を名指しで表明した。

ホワイトハウスは菅首相の4月訪米をかつてなく特別扱いしている。まず「バイデン大統領との初めての対面での首脳会議」となることがしきりに強調された。続いて、米議会上院 は「日米同盟の重要さ」を強調する決議案を 提出した。NHKは3月27日、「菅総理大臣のアメリカ訪問を前に議会上院で、超党派の議員らが日米同盟の重要さを強調する決議案を提出した。駐日大使を務めた共和党のハガティ上院議員、バイデン側近の民主党のクーンズ上院議員ら5人で、決議案では、菅総理大臣の訪問を歓迎するとともに日米同盟が地域の平和と安定の維持に果たしている役割の重要性を確認し、自由で開かれたインド太平洋を促進するとしている」と報じた。

一方、プリンケン米国務長官とオースティン国防長官は訪日に続き、韓国を訪問して2+2を開いた。だが韓国は中国に配慮して共同声明に中国批判はもとより中国という文字の記載すら拒み、「米韓同盟が、朝鮮半島とインド・太平洋地域の平和・安保そして繁栄の核心軸であることを再確認した」との表記でお茶を濁した。これはかねて言われてきた「米韓同盟の消滅」が現実味を帯びてきたことを意味する。また日本と同様、ユーラシア大陸の東端に位置する東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国が対中冷戦の最前線にされるのを強く拒んでいることは、本ブログでも幾度か指摘してきた。

つまり、米国の支配層・保守主流や軍産複合体に選択肢は他にないのだ。それは台湾危機を尖閣日本の領土問題)と一体化させて中国との軍事緊張をレッドラインぎりぎりまで高め、日本政府の対中軍事活動の先鋭化と軍備拡大を日本の人々に受け入れさせ、「100%米国とともにある」自民党政権の強化存続を図ることだ。3月18日からアラスカ・アンカレッジで2日間開かれ、前代未聞となった罵声に近い非難の応酬となった米中外交担当閣僚による会合冒頭1時間に及ぶ公開舌戦=写真=は新冷戦の本格化を世界の人々に実感させた。

(続く)