黙従の果ての現在地──日本近現代160年・「服従の精神史」

今日の日本は、なぜここまで衰退したのか。 この問いを避け続ける限り、日本の凋落は止まらない。 その現実を直視するためには、まず世界の若者たちの姿に目を向ける必要がある。

フランスでは、教育政策の不備に抗議して高校生が街へ溢れ出した。 パリ、リヨン、マルセイユ──全国の都市で数十万の高校生が声を上げ、 怒りは瞬く間に広がり、時に暴徒化するほどの激しさを帯びた。 彼らは、国家に対して声を上げることを市民としての当然の権利と理解している。 自由とは、行使して初めて守られるものだという確信が、若い身体の奥底にまで根を張っている。

その光景を見つめながら、日本の高校生の発した言葉が重くのしかかる。 「デモに参加したら敵を作ることになりはしないか。」 その一言は、個人の性格ではなく、この国が160年かけて育ててきた精神構造の反射である。 日本では18歳以下の政治活動が禁止され、若者が政治的主体となること自体が制度的に封じられている。 その背景には、1960年代末から70年代にかけて全国で広がった高校生全共闘運動への国家の恐怖がある。 高校生が政治化することを恐れた国家は、校則を全国的に画一化し、 社会が右傾化した1990年代には「政治活動禁止」を制度として固定化した。 こうして日本は、若者が声を上げることを危険視し、抗議する主体を育てることを放棄した国家となった。

フランスの高校生が街を埋め尽くす姿と、 日本の高校生が逡巡し、沈黙を選ぶ姿。 この対比は、単なる文化の違いではない。 日本が160年かけて育ててきた「従順な国民像」が、 今まさにこの国の未来を暗く照らし出している。

沈黙する国は、統治者の暴走を止められない。 抗議しない国は、民主主義が形骸化し、 衰退が加速する。 そして今、日本はまさにその道を歩んでいる。

IMFは2027年、日本の名目GDPがインドと英国に抜かれ、世界6位へ転落すると予測した。 一人当たりGDPはすでに世界30位以下、OECD下位グループ。 かつて世界を席巻した経済大国は、いまや「先進国の中で最も貧しい国の一つ」と国際機関から指摘されるほどである。

しかし、この衰退は突然始まったわけではない。 原因は、160年前にある。

明治維新は、日本が自立した政治体制を作ったのではなかった。 それは米英アングロサクソンの世界戦略に組み込まれており、 日本はその後、従属と自立の狭間で揺れ続けた。 自立を試みるたびに、強烈な反撃を受けた。 1941年の軍事的自立は焦土と大破綻を招き、 1980年代の経済的自立はプラザ合意とバブル崩壊という「第二の対米敗戦」で断ち切られた。 その後の30年、日本だけが世界の成長から取り残され、 賃金は下がり続け、少子化は加速し、国民生活は痩せ細った。

バブル崩壊後、米国は軍隊を動かすことなく日本を再編した。 その中心にあったのが、米国通商代表部(USTR)が日本政府に突きつけた「年次改革要望書」である。 これは単なる要望ではなく、日本の制度・法律・産業構造を米国仕様に作り替えるための設計図だった。

要望書は毎年、日本政府に突きつけられ、 日本はこれを丸呑みすることでしか米国との関係を維持できなかった。

労働市場の自由化は非正規雇用を爆発的に増やし、 金融の自由化は外資による企業買収を容易にし、 規制緩和は米企業の日本市場への全面開放をもたらした。 郵政民営化は米金融資本が日本の資産にアクセスする道を開き、 医療・保険市場の開放は米保険会社に巨大な市場を提供した。 こうして日本型経営システムは一つずつ解体され、 戦後日本を支えた社会の基盤は崩れ落ちた。

その結果、企業は利益を内部留保へと積み上げ、 賃金は30年上がらず、消費は縮小し、少子化は加速した。 企業は栄え、民は滅ぶ──この構造は、もはや不可逆である。

同じ時期、統一教会問題は対日政治工作の裏の回路として姿を現した。 CIAとKCIAが作った政治工作団体である統一教会は、 日本を「献金を吸い上げる経済部隊」と位置づけ、 日本で集めた資金は韓国経由で米国へ送られた。 岸信介から安倍晋三へ続く清和会の系譜は、 戦後日本政治の対米従属の中枢であり、統一教会問題は日本政治がどれほど深く米国の影響下に置かれていたかを示す象徴的事件となった。

2020年代、日本企業は国内市場の縮小を見限り、 総額80兆円の対米投資を進めている。 日本で蓄積された富が米国へ移転し、 国家より企業が先に生き残る構造が完成しつつある。 これこそ、21世紀型の新植民地主義である。

こうした流れを俯瞰すれば、日本の衰退は偶然でも政策の失敗でもない。 年次改革要望書、日本型システムの解体、労組弱体化、外資による企業支配、 統一教会を介した政治工作、富の米国移転、自衛隊の米軍補完部隊化、規制緩和の連続、 賃金停滞と少子化、GDP順位の急落── これらはすべて、米国による「第二の占領=日本再編」の結果である。 日本は制度、経済、政治、思想のすべてを縛られ、がんじがらめにされている。

では、どこからこの従属の歴史は始まったのか。 その起点は、会津藩士が見つめた「もう一つの明治」にある。 明治維新は、日本が自立国家を建設したわけではなく、 米英のユーラシアを締め上げる世界戦略に組み込まれた瞬間だった。 本書『会津藩士と探る日本近現代160年』は、 この「もう一つの明治」から現在までの長い波を描き、日本がなぜ自立できず、衰退しているのかを、 歴史の深層から解き明かす試みである。

日本の衰退は、歴史の必然である。 ならば、再生の方向もまた歴史の中にある。 読者には、本書とともにこの160年の大きな流れを辿っていただきたい。