1989年1月7日、昭和天皇が崩御した。 その際、日本のメディアは「平和愛好者」「慈父」「国民と苦楽を共に歩まれた昭和の象徴」というおどろくほどの 単一な昭和天皇像をに流し続けた。 戦争責任には一切触れず、「激動の昭和」という名の悲惨な歴史を導いた主体としての昭和天皇像は完全に消去された。 この“モノカラー化”は、戦後民主主義の地肌が剥がれ落ちた瞬間であり、 日本社会は「権威に従う心性」を再び露わにした。
この動きをワシントンは注意深く観察していた。 昭和天皇の死は、単なる元号の終わりではなく、 日本が「戦後民主主義の殻」を脱ぎ捨て、 再び“管理される国家”へと回帰する兆候として映ったはずある。
同じ1989年、ベルリンの壁が崩壊し、東西冷戦は終わりを迎えた。 1991年にはソ連邦が崩壊し、米国は唯一の超大国となった。冷戦の終焉は平和の時代の到来を意味しなかった。 米国防総省は翌1992年、ネオコン主導で「アメリカ単独覇権ドクトリン」を策定し、世界制覇を目指した。 日本には「日米安保の再定義」と共に「日米同盟基軸」を突き付けた。 その意味は明白だった。 日本は中国封じ込めの“要”として再編成される。
冷戦の終焉は、日本の対米関係の“第二幕”の始まりだった。
■湾岸戦争と「血を流せ」という罵声
1991年湾岸戦争。 日本は130億ドルを拠出したが、米国は「カネだけでなく血も流せ」と日本を罵倒した。 この事件は、米国が日本に求める役割を決定的に示した。
「日本は,米軍と伴に戦い、血を流す国になれ」
1970年代からアメリカの「安保ただ乗り」という対日批判は激しさを増し、ポスト冷戦で爆発した。
この要求を100%満たしたのが、 第二次安倍政権(2012–2020)である。
安倍政権は、集団的自衛権行使容認、新安保法制、秘密保護法、武器輸出三原則撤廃など 米国の要求をすべて政策化した。 米国は安倍を絶賛し、国賓待遇で迎え、ハーマン・カーン賞まで授与した。
米国の対日政策は一貫していた。
■高市政権の役割
高市政権の役割は極めて明確だ。 初の女性首相としてフィーバーを起こし、総選挙で大勝すること。 これは、米国が日本に求める「対中包囲網の象徴」としての役割である。
米国は、日本の国内政治を利用して「対中強硬の顔」を作りたい。 高市政権はそのための“演出”として最適だ。
しかし、ここで重要なのは、 高市政権は「象徴」であって、実務の中心ではない という点である。
米国が本当に求めているのは、 高市政権の後に続く「ポスト高市政権」である。
■米中協調的競争の時代に、日本はどう動くか
前回のブログ記事 「米中は“衝突回避”へ、日本はどこへ向かう」 で示したように、 米国は中国との全面対決を望んでいない。 中国も米国との衝突を避けたい。 両者は競争を続けながら、戦争だけは避けるという構造に入った。
この「協調的競争」の時代において、 日本はどのような役割を求められるのか。
米国は中国を封じ込めたいが、 経済的相互依存が深いため、全面対決は不可能である。
中国は米国の覇権に挑戦したいが、 軍事的衝突は避けたい。
この二つの力が拮抗することで、 米中は「協調的競争」という奇妙な均衡状態に入った。
-
経済では協調、安全保障では競争、技術では対立、気候では協力、台湾では牽制、アジアでは影響力争い――この複雑な構造の中で、 日本は“どちら側にも完全には寄れない”という宿命を背負う。
-
■ポスト高市政権の役割:米中の“調整役”
米中協調的競争の時代において、 日本に求められる役割は明確である。
-
日本は米中の間の“調整役”として機能する。
日本は米国の同盟国でありながら、中国との経済的依存を断ち切れない。
米国は日本の自主外交を警戒しながら、中国との橋渡し役を求める。
中国は日本を“米国の前線基地”と見なしながら、日本の経済力を必要とする。
この矛盾の中で、 ポスト高市政権は「二重の役割」を担うことになる。
-
■二重の役割
安倍政権が示したように、 米国は日本の首相の待遇を“軍事協力の度合い”で決める。
ポスト高市政権も、 この構造から逃れられない。
日本は中国との経済的結びつきを断ち切れない。 中国市場は日本企業にとって不可欠であり、 サプライチェーンの再編も容易ではない。
ポスト高市政権は、 米国の要求に応じながら、 中国との経済協調を維持するという 極めて難しいバランスを求められる。
-
■この二重構造は、日本の精神史の延長線
昭和天皇崩御報道で露わになった「服従の心性」。 戦後日本が抱え続けた「依存構造」。 安倍政権が体現した「対米従属の極限」。 高市政権が象徴する「対中強硬の演出」。
これらはすべて、 日本の近現代160年の精神史の延長線上にある。
ポスト高市政権は、 この精神史の“最終段階”に位置する。
-
■日本はどこへ向かう
米中は衝突を避け、協調的競争の構造に入った。 米国は日本に対中包囲網の“主要な駒”であることを求め、 高市政権はその役割を担う。 しかし、真に重要なのはその後に続くポスト高市政権である。
ポスト高市政権は、 米国への忠誠と中国との経済協調という 二重の役割を同時に担わされる。 これは、戦前から続く日本の「服従の心性」と「依存構造」が 現代において再び姿を現したものである。
日本は、米中の間で揺れ続ける。 この揺れこそが、日本の近現代160年の反映である。